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それを可能とするジョゼフの素晴らしすぎる魔法。
最初、ミシュリーヌがこういうものが欲しいと提案した時はジョゼフに嫌な顔をされた。
しかしミシュリーヌの熱意に押されたのか話を聞いてくれたのだ。
けれど興味を引かれたのかミシュリーヌの話を聞いてが望むものを形にしてくれた天才である。
缶バッチは作れないため、白い布にたくさん転写してもらい大きなボタンで代用。透けるバックに敷き詰めて誰のファンかをアピール。
アクリルスタンドやキーホルダーはガラスを代用。
それにも転写魔法はかかせない。
ミシュリーヌのアイディアを元にアデールも推し活グッツの販売で大儲け。
もちろん本人への許可は忘れてはいない。
大半の第二騎士団の令息たちはオッケーを出してくれた。
彼らは邪魔にならない程度にしてくれれば問題ないと言ってくれたのだ。
騎士たちも国民たちからの支持で評価も変わるため、取り入れて損はないと判断したのだろう。
推し活グッズの開発は資金難で没落しかけていたティティナ伯爵家を救うほどの活躍ぶりだ。
暇を持て余していた貴族の令嬢や夫人に刺さったことも喜ばしいだろう。
ジョゼフはティティナ伯爵家の嫡男だった。
今まで魔法のことで周囲から馬鹿にされていたジョゼフ。
ミシュリーヌとの商会を立ち上げたことをきっかけに人生が大きく変わった。
その商会というのがオシカツ商会だ。
もちろん名前はミシュリーヌが付けた。
オシカツ商会では名前の通り、ミシュリーヌが考えてジョゼフが作り上げたこの世界で唯一無二である推し活グッズを販売している。
豊富なカラーバリエーション、斬新なデザインと手頃な価格はお揃いで買うにも重宝する。
最近では誕生日プレゼントや記念日などに大人気である。
花の鮮やかさは推し活でも大活躍。
うちわ的なものをリボンと花で飾り付ければ、令嬢のオシャレ心を刺激する推し活グッズの完成である。
次々に湧き上がるアイディア、それを形にするジョゼフ。
商会は今でも右肩上がりに成長を続けている。
ジョゼフはそのことでミシュリーヌに感謝してくれていて、友人兼ビジネスパートナーだ。
今となってはジョゼフがいなければ推し活はできないと言っても過言ではない。
それほどジョゼフの転写魔法は推し活にとって素晴らしいものなのだ。
貴族でなくとも買える手頃な値段は平民の女性たちにも大人気。
なんせ布に転写するだけの高コスパ。
今や第二騎士団の公開練習はアイドルコンサート並みに盛り上がっていた。
ミシュリーヌも公開練習では毎回、推しカラーのドレスを着ていく。
貴族たちは魔法属性によって髪や瞳の色が同じなので、推しカラーもわかりやすいのも乙女心をくすぐるため推し活を後押ししてくれている。
ミシュリーヌは推し活グッズを壊れないようにと梱包しながら、丁寧にバックに詰め込んでいく。
(ジョゼフにレダー公爵がスポンサーになってくれたって伝えないと……! きっと今までできなかったものが作れると大喜びでしょうね)
ミシュリーヌはどこまでもポジティブだった。
それは健康な体で自由な人生を楽しみたいという気持ちが大きいからだ。
後悔で押し潰されそうになっていた前世。
今世はご褒美なのかもしれない。悪役令嬢ミシュリーヌの過去は精算して自由に推し活を楽しもうではないか。
(ミシュリーヌの人生で絶対に後悔なんてしないわ!)
ミシュリーヌはドレスやワンピースなどよりも、推し活グッズでカバンがパンパンになってしまう。
「ミシュリーヌお姉様、明日はどのドレスを着ていくの?」
「オレンジとイエローと迷うけれど、明日はイエローにしようかしら」
ミシュリーヌはクローゼットに並ぶ濃淡が違うイエローとオレンジのドレスを眺めながら笑みを浮かべた。
もちろんモアメッドを意識してのことである。
「そうよね。わたくしはどうしようかしら……」
「クロエなら何色でも似合うわ」
「やっぱりわたくしはピンクにするわ」
「またピンク? 第二騎士団でピンクカラーの騎士はいないはずだけど……」
ミシュリーヌは首を捻る。
ピンクはネファーシャル子爵家くらいしかいない。
(クロエは第二騎士団に推しもいないのに、毎回第二騎士団の公開練習についてくるのよね……どうしてかしら)
推しカラーのドレスを着るのは定番なのだが、クロエはずっとピンクのもので揃えていく。
「ふふっ、わたくしはピンク推しですの」
「そう? もし推しがいないんだったら無理をしなくても……」
「いいえ、わたくしはミシュリーヌお姉様と一緒におります。ピンクが一番好きな色ですもの」
ミシュリーヌはたまにクロエの考えがわからないことがある。
クロエはミシュリーヌの髪色のピンク。
つまりミシュリーヌ推しなのだが、自分が推されているとは微塵も思わないため、好きな色なのだと勝手に納得することにした。
ミシュリーヌが頷いていると、クロエは手を包み込むように握る。
「ミシュリーヌお姉様、あのね……」
「どうしたの、クロエ」
「もしつらいことがあったら、すぐにわたくしに言ってほしいの」
突然、そう言われたミシュリーヌは首を傾げた。
「レダー公爵のマリアンヌ様たちが、ミシュリーヌお姉様に何かしてこないとは限らないでしょう?」
「あー……」
ミシュリーヌはオレリアンを慕う過激な令嬢たちの姿を思い浮かべていた。
マリアン・ディリナはオレリアンの再従兄妹にあたる。
アクアブルーの髪とブルーの瞳、強力な水魔法を使うそうだ。
『レダー公爵に相応しいのはわたくししかいない』
いつもそう豪語している。
つまりマリアンこそが、オレリアンと結婚するべきではないかと言っているのだ。
しかし予想もしないミシュリーヌとの婚約。
彼が隣国に公務に行っている間に手続きのほとんどはすんでしまって、まったく実感はないが婚約者である。
マリアンにとって、ミシュリーヌとオレリアンの婚約の件が面白いわけないではないか。