②③
『レダー公爵が夜もよく眠れますように!』
そう言ってラベンダーを渡すと、オレリアンは嬉しそうに見えた。
(レダー公爵は意外とお花が好きなのかしら……)
けれど初めて笑みを浮かべたオレリアンを見て思うことはただ一つだ。
(なんて神々しいのかしら。もしレダー公爵を推していたら、間違いなく侍女たちのように倒れてしまっていたわね)
白馬に乗って颯爽と去っていくオレリアンからはラベンダーの香りがした。
それにしても、健康のこととなると熱くなってしまい周りが見えなくなるのは昔からだ。
故にオレリアンにもかなり偉そうな言葉を吐いてしまったため、今になって後悔していた。
(お父様とお兄様に怒られそうだわ。大丈夫……じゃないわよね)
ミシュリーヌが今後に起こるであろうことを想像しながら、屋敷に戻ることに躊躇していると……。
「ミシュリーヌお姉様……」
「……クロエ!」
先ほど、オレリアンがミシュリーヌを誘った際にクロエも一緒について行きたいと言った。
(やっぱりクロエはレダー公爵のことが好きなんだわ。婚約者とはいえ二人きりにさせたくないということよね。次からは二人きりにならないようにクロエも誘わないと……)
推し活のためのタオルに発色のいい糸で名前を刺繍するためにはオレリアンの力添えが必須だろう。
たまたまオレリアンがパーティーのためにドレスを用意してくれるとはいえ、それはミシュリーヌのためではない。
間違えてしまった婚約。一年だけのものなのだ。
調子に乗ったり、図に乗ってはいけないことだけは確かである。
クロエは真剣な表情だ。
オレリアンが去って行った方に視線を送った後に、ミシュリーヌにいつもと同じ笑みを浮かべた。
ミシュリーヌはクロエの手を取る。
クロエは不思議そうにこちらを見ているではないか。
(クロエを安心させるために、わたしが伝えられることといえば……)
「クロエ、心配しなくて大丈夫だからね」
「…………!」
「わたし、ちゃんとうまくやるから安心して待っていて」
そう言うとクロエは大きく目を見開いた。
それから、泣きそうな表情で瞼を閉じてしまう。
ミシュリーヌは一年後にはオレリアンと共にいない。
そのことを直接伝えられないのは仕方ないが、クロエならばわかってくれるだろう。
「わかってます。わかってますわ……ミシュリーヌお姉様」
「クロエ……」
やはりクロエはミシュリーヌの気持ちを理解してくれたようだ。
ミシュリーヌはクロエを抱きしめる。
するとクロエは涙声で呟くように言った。
「わたくしだってミシュリーヌお姉様には幸せになってほしいもの」
ミシュリーヌは頷いた。クロエがオレリアンのことが好きなことはわかっている。
その上でミシュリーヌの幸せを考えてくれているのだろう。
(クロエは本当にいい子だわ)
だけどミシュリーヌの幸せを願っているのはミシュリーヌも同じだった。
クロエは涙を浮かべながら顔を上げた。
「でもね……わたくし、これだけは譲れないの! だって、本当に大好きなんですもの」
「…………!」
ミシュリーヌはクロエの気持ちに改めて驚かされていた。
(クロエはそれほどまでにレダー公爵のことを……!)
彼女はミシュリーヌのために自分の本当の気持ちを隠していたのだろうか。
ミシュリーヌができることは、二人がなるべくいい関係を築けるように支えることではないだろうか。
「クロエ、わたしに任せてちょうだい!」
「……え?」
ミシュリーヌは一年間、オレリアンの婚約者のふりを完璧にこなし、クロエに繋ぐことを目標に頑張らなければならない。
(クロエとレダー公爵の仲がもっと深まるようにわたしも頑張らないと……!)
ミシュリーヌのタスクに二人の距離がもっと近づくことが加わる。
クロエの涙を指でそっと拭ってから笑みを浮かべた。
「あなたの幸せがわたしの幸せだもの。大丈夫よ、クロエならば絶対にうまくいくわ」
「え……? ミシュリーヌ、お姉様?」