②② オレリアンside6
「ミシュリーヌ嬢、手紙の内容なんだが……」
食後の紅茶を飲みながら、オレリアンが言うとミシュリーヌはまたもや予想外の言葉を発する。
「その件ですが健康になってきてから出直してきてください!」
「お、おいっ、ミシュリーヌッ」
「何言ってるんだ!」
後ろからシューマノン子爵とエーワンが焦ったようにミシュリーヌの口を塞いだ。
子爵家の仲はレダー公爵家とは違ってかなりいいように見えた。
「いや、構わない」
オレリアンがそう言うと、エーワンはそっとミシュリーヌの口元から手を離す。
「体調を整えてから改めて誘わせてもらう」
「はい、そうしてください!」
にっこりと笑うミシュリーヌに気分が華やいでいく。
こんな気持ちになったのは生まれて初めてのことだった。
「それと一ヵ月後にもうすぐ王立記念パーティーがある。婚約者としてドレスを用意させて欲しい」
「わ、わたしにですか!?」
ミシュリーヌは大きく目を目開いている。
オレリアンは頷くとミシュリーヌは少し恥ずかしそうに「よ、よろしくお願いします」と言った。
彼女が婚約者だということが嬉しくて仕方ないと思ってしまう。
婚約者にドレスをプレゼントするということが、こんな気持ちになるのだと初めて知ったのだ。
「その時にオシカツの問題も解決できるといいが……」
「レダー公爵がいたらバッチリです!」
オシカツの話になると目をキラキラとさせるミシュリーヌが可愛いと思う。
オレリアンが無意識に微笑んでいると、何人かの侍女が何故か倒れてしまう。
その騒ぎで笑みが消えていつもの表情に戻る。
シューマノン子爵夫人が対応に動き出すと、それと同時にクロエが前に出た。
「レダー公爵、わたくしもご一緒してもよろしいでしょうか?」
「……クロエ」
ミシュリーヌはクロエの名前を呼ぶ。
その瞬間、周囲の空気が固くなったような気がした。
けれどミシュリーヌだけは、何故か納得するように頷いているではないか。
(クロエ嬢はミシュリーヌ嬢を俺から守りたいのだろう)
クロエがミシュリーヌが大好きなのだとよくわかっていた。
ミシュリーヌもそれがわかっているという頷きだろうか。
「俺はミシュリーヌ嬢が大丈夫ならば構わない」
「ありがとうございます。よかったわね、クロエ」
「えぇ、ミシュリーヌお姉様と一緒にいられることができて嬉しいわ」
『ミシュリーヌお姉様』と言う言葉がかなり強調されていたようだが、ここはスルーしていいだろう。
シューマノン子爵たちもエーワンもそれには青ざめている。
ミシュリーヌと玄関に向かった。
どうやら乗ってきた馬も手入れをしてくようだ。
「レダー公爵、ありがとうございます」
「いや……こちらこそありがとう、ミシュリーヌ嬢」
オレリアンはミシュリーヌの優しい笑みを見て、再び無意識に微笑んでいた。
「あ、そうだわ! 少々お待ちください」
何かを思いついたミシュリーヌが、子爵邸へと戻っていく。
慌てた様子で何か指示を出している間、オレリアンは馬を撫でながら空を見上げていた。
星が瞬いていてとても美しい。
(こんな風に空を見上げたのはいつぶりだろうか)
夜は恐ろしいものだ。眠ることも同じ。
だけど今日はオレリアンの常識が覆った初めての日だ。
「お待たせいたしました……!」
ミシュリーヌは顔が隠れるほどのラベンダーの塊を持ってきた。
その横からミシュリーヌがひょっこりと顔を出す。
「レダー公爵が夜もよく眠れますように!」
「……!」
その瞬間、オレリアンは何故だがわからないが涙が出そうになってしまった。
彼女の優しさがじんわりと心に沁みていく。
「…………ありがとう」
「お気をつけて!」
ミシュリーヌはオレリアンの姿が見えなくなるまで見送ってくれた。
愛おしい気持ちとさが込み上げてくる。
(今日から健康的な生活を心がけよう……)
しかし健康的な生活とはどういうものかわからない。
執事に聞いてみようと思いつつ、馬で駆けていく。
ふとした瞬間に、ほんのとミシュリーヌからもらったラベンダーの香りがした。
酔いが回ると本性が出るというが、オレリアンはミシュリーヌがずっと気になっていたのだ。
またすぐに彼女に会いたいと思う。こんな温かい気持ちになったのは初めてだった。