②① オレリアンside5
「うん、熱は下がりましたかね」
「……っ!」
ミシュリーヌは安心したように微笑んでいる。
次第に頬が赤くなっていくのが自分でもわかった。
信じられないほどに気分が晴れやかで驚いてしまう。
こんな感覚になったことは今まであっただろうか。
するとミシュリーヌは心配なのか「レダー公爵、大丈夫ですか?」と、問いかけてくるではないか。
それに距離が近いことでオレリアンの方が戸惑ってしまう。
すると、勢いよく扉が開いた。
「──ミシュリーヌお姉様!」
部屋に飛び込むように入ってきたのはクロエだった。
オレリアンなどまるで視界に入ってはいない。
ミシュリーヌの方まで一直線だ。
オレリアンとミシュリーヌの間に無理やり入り込んできたかと思いきや、ミシュリーヌを体全体で覆うように抱きしめてしまった。
そしてオレリアンに向けられる凄まじい殺気。
まるでミシュリーヌに触るなと言いたげである。
(威嚇されている。ミシュリーヌ嬢には近づくなということか?)
ミシュリーヌは苦しいのか、腕をバタバタと動かして解放を訴えかけている。
それに気づいたクロエは、一瞬でいつもの表情に戻った。
「ごめんなさい。ミシュリーヌお姉様と離れるのが寂しくて……」
「もう……クロエは甘えん坊よね。でもレダー公爵の前よ。離れてちょうだい」
「……はぁい」
わずかに低くなった声とこちらを責め立てるような視線に居心地の悪さを感じていた。
どうやらオレリアンは知らぬ間にクロエに嫌われていたらしい。
だが、オレリアンも彼女に苦手意識を持っていた。
彼女は明らかにミシュリーヌを好いているようだ。しかも過剰に。
侍女が何かをミシュリーヌに耳打ちしていたが、オレリアンは迷惑をかけたことが申し訳ないと思い、すぐに起き上がった。
「ミシュリーヌ嬢、すぐに……」
「はい、大丈夫ですよ。安心してください」
すぐにここから出ていく、迷惑をかけてすまなかったと言おうと思っていたのに返ってきたのは予想外の返事だった。
何が大丈夫なのか、何を安心していいのかわからずに固まっていた。
こんな時、すぐに言葉が出てこない自分が嫌になる。
「レダー公爵もお腹が空いたんですよね? わたしもです!」
「え……?」
「お父様やエーワンお兄様も視察から帰ってきたみたいなので、お口に会うかはわかりませんが夕食をいかがでしょうか?」
ミシュリーヌの背後に立っているクロエからは『帰れ』と言わんばかりの殺気のこもった視線が届いていた。
だが、長い時間眠ったせいかしばらくちゃんと食事をしてなかったからかお腹が空いていることに気づく。
そしてタイミングよくぐぅーとお腹が鳴り、ミシュリーヌが微笑みつつも声をかけてくれる。
「レダー公爵、行きましょう」
「……ありがとう、ミシュリーヌ嬢」
包み込むような優しさにオレリアンは安心感を覚えていた。
ミシュリーヌとクロエと共にダイニングへと向かう。
子爵家の侍女たちから注がれる舐めるような、絡みつくような視線。
常にこういう感情を向けられているオレリアンにとって、ミシュリーヌやクロエののような反応が珍しく思えた。
ミシュリーヌに『普通』に接してもらえることが嬉しいのだ。
それにクロエのように嫌悪を滲ませることも滅多にないため、それすらも新鮮だった。
こちらにしか見えないようにクロエが険しい顔でオレリアンを睨みつける。
彼女が結局何がしたいのかオレリアンにはよくわからない。
ダイニングでシューマノン子爵に改めて挨拶をして、いきなり婚約を申し込んできたことを謝罪する。
しかし彼は「とんでもありません!」と、頭を何度も何度も下げていた。
シューマノン子爵夫人もミシュリーヌ同様に柔らかい雰囲気を持った女性だ。
エーワンも最初は緊張した面持ちだったが、打ち解けるうちに「レダー公爵、尊敬しております!」とキラキラとした視線を向けてくる。
誰もがオレリアンを普通に受け入れてくれていることが不思議で仕方ない。
ただ一人は除外して……。
オレリアンにはクロエからは針のように殺気がチクチクと刺さり続けるが、ここはスルーするしかないだろう。
(シューマノン子爵邸は落ち着くな……)
賑やかだが、まったく不快ではない。
穏やかな時間にオレリアンの心は癒やされていく。
しかし本来の目的をを忘れてはいけないと思い立つ。
本来はミシュリーヌの要望を叶えるためにここに来たのだ。