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「ミシュリーヌおじょ、ミシュ、ミシュリーヌお嬢さまぁ……!」
慌ててやってきたら侍女だが、かなり取り乱しているようで何を言いたいのかがさっぱりわからない。
ミシュリーヌが落ち着くようにしていると、侍女がお揃いことであることを告げる。
「レ、レダー公爵がいらっしゃいました!」
「──レダー公爵がっ!?」
「かなり焦っているというか、とても怖くて……」
「……っ!」
カタカタと小さく震える侍女たち。
もしかしたらレダー公爵は文句を言いにきたのではないだろうか。
しかしここで対応を間違えたらシューマノン子爵家に迷惑がかかっててしまう。
(何を言われるか怖いけれど、ここで下手なことはできないわ)
それにオレリアンは来訪の連絡もなくやってきたのだ。
(もしかしてもう婚約は解消したいと言われてしまうのかしら……)
ミシュリーヌは焦りを隠しつつ、侍女に問いかける。
自分とオレリアンの関係がどうなったとしても、クロエとの関係だけは守り抜かなければならない。
「お父様とお兄様は?」
「領地の視察に。夕方には帰ると言っておりましたわ」
「そう……なら、サロンに通してちょうだい。準備したらすぐに向かうわ」
「かしこまりました」
ミシュリーヌは緊張しているであろう侍女の手を握る。
「わたしたちで頑張って乗り越えましょう!」
「え……? は、はいっ!」
侍女は戸惑いつつも戻っていった。
それほどまでにオレリアンはミシュリーヌの要望に怒っているということだろうか。
(すべてはわたしのせいだもの。しっかり責任をとらないと)
謝罪をするためにミシュリーヌは足早で自室に向かう。
準備を終えて、クロエと共にサロンへ。
するとそこには信じられない光景が広がっていた。
(……ここ、うちのサロンよね?)
見慣れている場所なはずなのに、まるで別世界のようだった。
シューマノン子爵邸らしく植物や花に囲まれたサロン。
ソファに佇み、目を閉じて腕を組んでいるオレリアンが美しすぎて絵になる。
クロエと同じように空間を歪めてしまうほどの美貌を持っていることに感激していた。
(さすがレダー公爵……! クロエと同等……いえ、それ以上かしら)
侍女や侍従、執事たちまでもが手を合わせて、目の前の芸術に感銘を受けるような形でオレリアンを見ている。
ふと隣にいるクロエに視線を流すと、彼女は今まで見たことがないほどに顔を歪めているではないか。
「クロエ、大丈夫?」
「……!」
「もしかして具合が悪いの?」
「ミシュリーヌお姉様……わたくしは大丈夫ですわ」
こっそりとクロエに問いかけたミシュリーヌ。
声をかけたからなのか、にっこりと笑うクロエはいつも通りの表情に戻った。
二人のコソコソとした言葉が聞こえたのだろうか。
オレリアンは目を覚ますが、目の下のクマがひどく、とても疲れているように見えた。
顔合わせをした時よりもずっと具合が悪そうだ。
「お待たせして申し訳ありませんでした」
「……連絡もなしにすまない」
そう言いつつオレリアンは眉間を押さえて体を起こす。
「わたしは大丈夫です。あの、レダー公爵はもしかして……」
「……?」
そう言いかけて口をつぐむ。
また余計なことを言わないようにするためだ。
オレリアンは不思議そうにしていたが、すぐにポケットから手紙を取り出す。
「返事が遅くなってすまなかった」
「それは……」
オレリアンの手には一週間前に彼宛てに書いた手紙があった。
怒りか苛立ちからここに来たのだと思い込んでいたため拍子抜けしてしまう。
「公務で公爵邸を空けていたんだ」
「……!」
「今度からはミシュリーヌ嬢の手紙も届けてもらうように頼んだ。二度とこのようなことが起こらないようにする」
「い、いえ……」
「すまない。ミシュリーヌ嬢」
公務中はレダー公爵邸になかなか帰れないことはない。
大切な手紙は途中で届けて確認してこともあるそうだ。
だけどミシュリーヌが婚約者になったばっかりだ。
そのようなミスがあっても仕方ないだろう。
「そ、そんな大した内容ではないので……」
「いや、君の手紙は何よりも大切だと思っている」
「……!?」
ミシュリーヌの隣にいるクロエは思いきり目を見開いた。
それはお茶の準備をしていた周りにいる侍女たちも同じようになっ驚いているように見える。
カチャリと食器が擦れる音だけが響いていた。
しかしミシュリーヌだけはまったく違うことを思っていた。
(もしかしてレダー公爵は、クロエの前でいいところを見せたいのかしら……)
その思いを裏付けるようなことが起こる。
真剣な表情のオレリアンとクロエが見つめ合っているではないか。
二人は見つ目合ったままピタリと動かなくなってしまった。
(やっぱりそうなんだわ。二人は想いあっているのね……!)
残念ながらミシュリーヌには二人の間に走る火花と不穏な空気が見えてはいなかった。
睨み合っていることに気づかずに、ミシュリーヌの勘違いは着々と進んでいく。
ミシュリーヌはオレリアンの前のソファに腰掛けた。
目の前に並べられるティーカップやお菓子。
緊張しているのか侍女たちの手が震えている、というよりはオレリアンの美しさに目を奪われているといった形だろう。
オレリアンは淹れ直した紅茶を飲み込んだ後に口を開く。