①② オレリアンside1
一方、オレリアンはというと──。
時を遡ること一日前。
オレリアンは去っていくミシュリーヌの背中を見送りながら額を押さえる。
俯きつつも自分の愚かさについて考え込んでいた。
執事や侍女、従者たちも心配そうにこちらを見ているのがわかったが、今は理由を説明できそうになかった。
これは『間違えた婚約』だ。
いや、正しくは『オレリアンが大きな間違いを犯した』婚約だった。
(……ミシュリーヌ嬢には本当に申し訳ないことをしてしまった)
こうなったきっかけは、珍しく第一騎士団団長のアントニオとレダー公爵邸にいた時のことだ。
たまには息抜きが必要だからどうしても、と言われて仕方なくアントニオを招いた。
彼の目的は他にあることはわかっていた。
本当は公爵夫人に『酒の飲み過ぎ』だと言われて監視されていたそうだ。
しかしアントニオは飲めなくなったことに限界を感じていた。
久しぶりにオレリアンとレダー公爵邸で食事の約束をしていると言うと、やっと許可がおりたらしい。
そんな彼は手にワインの瓶を大量に持っている。
『いやぁ……助かった。さすがオレリアンだな、信用が違う! 今日は浴びるほど飲むぞっ』
『アントニオ団長、あまり飲みすぎない方が……』
『固いことは言うな! それに今日はオフだ。団長と呼ぶ必要はない。久しぶりに飲む酒はうんまいぞぉ!』
久しぶりに飲む酒だからかペースはどんどんと上がり、アントニオの酔いが回るのが早いようだ。
しかし上の立場や皆をまとめる苦労や緊張感がある仕事内容を知っているため、オレリアンも強くは咎めることはできない。
折角、オレリアンを信頼してくれる公爵夫人には申し訳ないとは思いつつ、少しでもアントニオが息抜きができるようにと思ってしまう自分は甘いだろうか。
『ほどほどにしてください。また夫人に怒られても知りませんから』
『わかってる。オレに任せておけっ! さぁ、今日はお前も飲め飲めっ』
アントニオが心底楽しそうにしている姿をみているとオレリアンも嬉しくなっている。
途中まではほどよく飲んでいたが、アントニオのペースが上がるのと同時にオレリアンも巻き込まれてしまったらしい。
(しまった……ペース配分を間違えてしまった)
なんとか意識は保っていたものの、大分飲み過ぎてしまったようだ。
『お前もそろそろ結婚しなければ! わかるか? オレリアンッ』
『……そのくらい、わかっています』
『オレはお前が心配なんだ。幸せになってほしいんだよおぉぉ……!』
だんだん熱くなっているアントニオには申し訳ないが、自分が特定の女性と共にいることなど想像ができたことはなかった。
一番は魔法のこともあるが、オレリアンは女性関係に心底うんざりしていたため結婚など考えられなかった。
あまりそうは思わないが自分の顔が整っているそうだ。
力にも地位にも恵まれている。
貴族としての役割も理解していたつもりだが、どうにも積極的に相手を探す気にはなれなかった。
騎士団に入団して、表立った副団長として動いていることで悪化の一途を辿る。
自分は真面目で人見知り、面白みもない口下手な男だ。
それに加えて人との親しい関係を作るのが極端に苦手だった。
それはオレリアンが闇魔法を持っていることに関係していた。
闇魔法がもし子どもに引き継がれて、自分のように苦しませたらと思うとゾッとする。
この力の強大さと恐ろしさを誰よりも理解しているからかもしれない。
今まで闇魔法を持っていた人々がどうなったのか、オレリアンも知らないわけではない。
むしろそのせいで家族からも距離を置かれていたオレリアンは寂しい幼少期を過ごしていた。
家族というものがどういうものか知らない。
自分も幼い頃からいつ闇に飲まれるかと怯えて過ごしていた。それは周りも同じ。
暴走して終わる闇魔法使いに優しくしたところで無駄だと判断していたのだろう。
幸い、放置されることもなく世話はされたがただ恐れられて人間関係は希薄になった。
それがこのような性格になった原因だろう。
オレリアンにとっては毎晩訪れる夜がひどく恐ろしい。
暗闇と同時に大きくなっていくオレリアンの闇の力が増幅していくのが嫌でもわかった。
このままだといつか闇に飲まれてしまう。
そう思ったオレリアンはひたすら己を鍛えて力をつけた。
ふと気づいた時には、なぜか闇魔法に飲まれることなく普通に使いこなせるようになっていた。
それが史上初のことだと気がついたのだが、幼い頃の追い詰められるようや恐怖はオレリアンにしかわからないのかもしれない。
結婚するということは、子を残すということだ。
養子をとることも考えていたが、闇魔法という強大な力を重視しているのだろう。
できるだけ引き継がせたいとのことだった。
公務での護衛の際もベガリー国王にもさりげなく結婚を急かされていた。
アントニオに出会うまでは、誰ともろくに会話すらしたことがなかった。
噂が一人歩きしていたが、否定も肯定もしない。
それが口下手で人と距離を詰められない原因だった。
オレリアンとは真逆で男らしく体格がよく、無精髭で面倒見のいい彼のことを尊敬していた。
一人で孤立していたオレリアンを当然のように掬い上げてくれたアントニオは恩人だ。
彼がいなければ、オレリアンは今でも一人で孤独に苛まれていたかもしれない。