第3話 元公爵令嬢、辺境再生(と結婚)はじめました
翌日の執務室。
わたくしの手元には、レオンハルトから提示された「誓約書」が広げられていた。
その内容は、驚くほどに緻密で論理的だった。
第一条、目的。
両名は互いの安寧と、ノルドクレイ領の永続的な繁栄を、共同の最優先目標と定める。
第二条、責務。
エリアーナは領地の発展を、レオンハルトはその守護を、それぞれの第一の責務とし、互いの領分を尊重し、協力するものとする。
第三条、相互扶助。
いずれか一方が心身に苦痛を負った場合、もう一方は、これを自らの責務として、最大限の支援を行うことを誓う。
その下にも、ずらりと条項が並ぶ。その数、全百八条。
馬鹿げている。
馬鹿げているが、完璧だ。
これは世界で最も誠実で、最もロマンチックな、結婚契約書だった。
顔が熱い。
心臓がうるさい。
この契約を受け入れることのリスクとリターンを、冷静に分析しなければ。
リスク。わたくしの平穏なワーカホリック生活が、この男によって乱される可能性。
リターン。……計り知れない。
顔が熱い。
コン、コン、と扉がノックされる。
入ってきたのは、レオンハルトだった。その手には朝露に濡れた一輪の野の花。
「誓約の追加条項だ」
彼はその花を不器用な手つきで、わたくしの机に置いた。
「……毎日、君に花を贈る。これも俺の責務だ」
もう限界だ。
わたくしの思考回路は完全に焼き切れた。
「……その条項、魅力的ですね。相互扶助の精神も悪くない。リスク管理も万全のようですし……」
顔を上げられない。きっと今、わたくしは人生で一番、締まりのない顔をしている。
「……この契約、謹んでお受けいたします」
*
翌朝。ノルドクレイの一番小高い丘の上。
眼下には活気に満ちた領地の姿が広がっている。畑は整然と区画され、新しい家々の屋根からは、白い煙が立ち上っている。
わたくしの隣には、レオンハルトが立っている。
彼の視線は、わたくしと同じように、発展を続ける領地へと向けられていた。
「見てください。わたくしの最高の『推し』です」
わたくしが誇らしげに言うと、彼は、ふっと、穏やかに微笑んだ。
「ああ。だが、俺にとっての『推し』は君だ」
その言葉にまたしても心臓が跳ねる。
もう、この非効率なバグを分析するのはやめた。
感情のまま、この男と共に、この愛すべき事業を育てていこう。
元公爵令嬢。わたくしは辺境の地で最高のパートナーと共に、新たな人生という名の、壮大なプロジェクトを今、本格的に始動させた。
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
不器用と不器用の恋路がうまくいきますように。
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( ˘ω˘ )
後味のわるーい、シャーリーざまぁホラーエンド短編もご用意しておりますので、よろしければどうぞー
(^ω^三^ω^)
7/29/11:00に投稿(短編ホラー)
男爵令嬢、シャーリーは笑わない
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