表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/31

第3話 最初のKGI(重要目標達成指標)

 翌朝、わたくしは埃っぽい領主の館の執務室で、引継ぎの老役人から領地の現状について最終報告を受けていた。羊皮紙に記された数字は、想像以上に悲惨だった。莫大な負債、来たるべき冬を越すには絶望的に不足している食料、そして王都へ納めるべき税の、長期にわたる滞納。


「このままでは、冬を越せずに領民の半数が死にますな」


 老役人は感情のこもらない平坦な声でそう告げた。長年、この絶望的な状況を見続けてきたせいで、感覚が麻痺しているのだろう。


「承知しました」


 わたくしは頷き、羽根ペンをインク壺に浸した。


「では、最初のKGIを設定します」

「けーじーあい……?」

「重要目標達成指標、です。三ヶ月後の冬期死亡率をゼロにします。そのためのKPI――重要業績評価指標は、越冬可能な食料備蓄量の確保と、住民の体温を維持する燃料の確保。この二点です」


 役人が呆然と口を開けているのを尻目に、わたくしは白紙の羊皮紙にマインドマップを描き始めた。中心に「食料問題」と書き、そこから三本の線を引く。「土壌改良」「短期栽培作物」「保存食開発」。それぞれの項目から、さらに具体的なタスクを枝分かれさせていく。


 問題は感情で嘆くものではない。分解し、分析し、具体的な数値目標に落とし込み、解決策を逆算して実行するものだ。それが、経営コンサルタントとしてのわたくしのやり方だった。



 その日の昼、わたくしは村の広場に全領民を集めていた。

 ざわめき。猜疑心に満ちた視線。彼らにとって、王都から来たお飾りの貴族令嬢など、新たな搾取者でしかないのだろう。その空気感を、わたくしは肌で感じていた。


「皆さんに、わたくしからの最初の施策を発表します」


 できるだけ通る声で言った。広場が一瞬、静まり返る。


「本日をもって、ノルドクレイ領における税の徴収を、一時的にですが、全面的に停止します」


 広場がどよめいた。信じられない、という表情。罠ではないか、と疑う目。


「ただし、無条件ではありません。その代わり、皆さんには全員参加で、この領地の土壌調査と、資源の探索を行っていただきます」


 まずはこの事業のポテンシャル――アセットを正確に把握する必要がある。そして何より、彼らに「自分たちの手で未来を変える」という当事者意識、プロジェクトへのコミットメントを植え付けなければならない。


 領民たちが半信半疑で顔を見合わせる中、長老のギデオンと目があった。


「……戯言だ。口先だけの甘言にすぎん。どうせ俺たちをただ働きさせて、何か企んでるんだろ」


 その言葉は、領民すべての心の声を代弁していた。わたくしは、壇上から降りると、ギデオンの目の前まで歩み寄り、その疑念に満ちた瞳をまっすぐに見据えた。


「ええ、その通りです。わたくしは、この領地を立て直すという壮大な事業を企んでいます。それはギデオン、あなたの言う『甘言』以外のなにものでもない」


 続けて断言した。


「結果で示します。それが、わたくしのやり方です」


 不信と反発の嵐。ヤジと暴言の渦。わたくしの態度のせいで、石が飛んできそうなくらい険悪な雰囲気になった。よし、成功。悪評だとしても、彼らはもうわたくしの一挙手一投足に注目するだろう。


 ヤンキー効果を狙いますわよ。


 辺境再生プロジェクトは、こうして第一歩を踏み出したのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作はじめました! 違うテイストで面白いのでよろしくお願いします‹‹\(´ω`)/››‹‹\(´)/››‹‹\(´ω`)/››
魂が響かない令嬢は、精霊の血を引く公爵様の『錨』となる ~偽りの婚約から始まる、たまゆらに縛られない本当の愛~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ