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第7講 歴女と王子とSSR級宰相と『晏嬰』

 ――王宮のバルコニーにて。


 窓の外から、城下の喧騒が聞こえてくる。

 今日は朝から兵士がやけに走ってると思ったら、案の定だった。


「……へぇ、辞めたんだ。史上最速か。レタスよりもたなかったな。一度も会ったことはなかったが。記録更新、おめでとうございま~」

 といった感じに私は、紅茶を啜りながら、差し出された新聞をペラリとめくった。


『リデルス・トラズ宰相、就任から三週間足らずで不信任決議案成立。正式辞任。理由は“経済運営の混乱と信任喪失とスキャンダル”。支持率5%不支持率70%』


 まぁ、予想通りすぎて驚く余地もなかった。


(教育大臣上がりで、財政知らずに国政任された時点で詰んでたな……)


 私は肩をすくめて、となりの金髪の少年を見る。

「ケイ王子、聞いてる? この国、なんか“一時無政府期間”に突入したってよ」

「へぇ〜。じゃあ僕が臨時で“王子兼宰相”ってことで……」

「んなことさせるか!! ちゃんと決まるわ!! ほら! "2代前のウォッター・ディ・ビルス元宰相(78)が再び議会一致で選ばれるだろう"って新聞に書いてあんだろ!」

 勢いよく紅茶を吹きそうになって、私は即ツッコんだ。


「なにさ……僕、もうちょっと評価されてよくない? ビルス爺さん、めっちゃ安定してるんだけど歳がさあ……」

「うーん……でも今のアンタ、“景公”感すごいよ?」

「誰それ?」


 私は軽く目を細めて、懐から手帳を取り出す。

「春秋時代、(せい)の王様。“高慢・暴走・見栄っ張り・突っ走る”で、政策はズレてるのにプライドだけは皇帝級。部下が優秀だからなんとか国が回ってたけど、王としては歴史的に悪いやつじゃないが暗君、アホ扱いされてるよ」


「ちょっと待て! 僕そんなにアホじゃないぞ! ……多分」


 私は立ち上がり、ゆっくりと椅子に片足をかける。

「でもね、王子。そんな景公を“なんとかした”名宰相がいたんだよ。小柄で、地味で、でも圧倒的に聡明で、国を、主君を、民を、全部考え尽くした男。……SSR級・名宰相。晏嬰(あんえい)だ」


 ケイ王子が、少しだけ興味を示した顔になる。

「その人がいれば、王様がバカでも国が回ったの?」

「そう。景公がやらかしても、彼が止めた。見栄を張っても、理屈で返し、国の為に尽くした。つまり、“国がぶれなかった”。それが、真の宰相の力」


 私は静かに手帳を閉じた。

(……とはいえなあ。現代の世界でも晏嬰クラスの指導者はまず出てこないし、こんな中世より近世寄りの異世界でそんなSSR人材が転がってるわけもないしな……)

 思わず心の中で嘆息する。


「王子がアホでも国が回る世界線、存在するなら見てみたいわ……」

「ん? なんか今すっごく無礼なこと言った?」

「事実を言ったまでだ。さあ、今日も“歴史の補習”といくぞお!」



  *



王宮内教室ーー


 私は、教室の片隅に立ちながら、ケイ王子に語りかけた。


「ちなみに景公ってのはね、もともと王になる予定じゃなかったんだよ。

 兄が王位を継ぐはずだったのに、政争で追い出されて……結果、本人も半ば巻き込まれる形で即位した」


「……あれ? なんか、僕とちょっと似てる気がする……」


 王子がぽつりと呟く。そういえばこいつは元々優秀な兄がいたが病死で早逝。繰り上げで急に次期国王になった奴だったらしい。

 私は目を細めて頷いた。


「でしょ? 本人の資質云々より、“周りの都合で引っ張り上げられた”ってとこは、似てる。それに、景公も好奇心旺盛で、何でも“自分でやってみたい”タイプだった」

「わかる! 僕もこの前、詰所の衛兵の訓練勝手に混ざったらシバール・ジョシュア将軍に“邪魔です”って言われたし!」

「ああ、それが“思いつきのアホ行動”ってやつなんだよ……あの堅物将軍、マトモな部類のお方か……」

「……えー!?」


 私は首を傾げて言う。


「でも、景公の時代に晏嬰がいたから、国は滅びなかった。むしろ、黄金期になった。つまり、“アホの王様”を見捨てずに、“生かした”んだよ、あの宰相は。」


 王子が少し、目を伏せる。


「……じゃあ、僕がほんとに王様になったとき、そういう人が……隣にいてくれたら、国ってちゃんとやってけるのかな」

「いてくれたら、ね。でも」


 私は目を伏せ、苦笑した。


「晏嬰クラスのSSR人材、あんたの国にポンと現れてくれると思うか?」

「…………うーん?わかんねえ」

「じゃあ今日は、“あんたの人生で出会えるかどうかも怪しい”レア宰相の話、してやろうじゃないか」


 私は、カーディガンの袖をキュッとまくり、机の上に片足を乗せると、ふっと目を細めた。


「さあ、王子。今日“降りてくる”のは、地味だけどヤバい人……景公のアホさに一歩も引かず、国を知恵で支えた鉄の頭脳……」

 私は胸に手を当て、声色を低く、静かに、鋭く落とす。


「――斉の宰相、晏嬰。ただし、身長は五尺(約150cm)」

「ちっさ!? 僕よりちっこいの!?」

「静かに聞けえい!」


 私は一歩、教室の床を踏みしめた。


「彼は若くして賢く、清貧を好み、贅沢を拒んだ。国のことを第一に考え、動いた。そして主君・景公が王位についたとき、すでにその器の限界を見抜いていたかもしれない。でも見捨てなかった。“この男でも、国は守れる”と考えた」

「……ホント、コヒロの好きなヤツって貧乏とか秀才系ばっか……」

「それがロマンなのだよ!」


 私は目を伏せ、再び声色を変える。

 まるで本当に晏嬰がそこに立っているかのように、低く穏やかに――だが、芯のある声で。


「——主君が善ならば、臣も善であれ。主君が誤れば、臣は正すべし。それが忠義というもの」


 王子が目を見張る。


「あるとき、景公が酒に酔って宴を開いた。踊り子を侍らせて、騒ぎに騒ぎ、民の疲弊も忘れて馬鹿騒ぎ。それを見て晏嬰は、何も言わず、黙ってその場を去った。すると景公は慌てて、宴を中止した。なぜか? “晏嬰が怒った”からだよ」

「……え、言葉じゃなくて?」

「そう。普段から忠義に厚い晏嬰だからこそ、彼が“黙る”ことは最大の抗議になった。

 “忠臣が去る”という行動が、どれだけの意味を持つか、王も知っていたんだよ」


 私は手を背中に回し、また一歩、足音を響かせる。


「あるいは、外交の場。楚の王が、“晏嬰を自国の使者にしたい”と嘯いてきた。晏嬰はすぐに言い返す。

 “犬が欲しければ、犬をくれと頼め。人を欲しければ、人として扱え”、と」

「うわ……なんかめっちゃ痺れる」

「そう。彼は“言葉”と“論理”で相手を制した。小柄な身体で、大国の君主と対等に渡り合った。それも、“自国の王に恥をかかせない”ために、だ」


 私は、最後にゆっくりと右手を胸に当て、声に力を込めた。


「そして彼は、生涯、地位も富も望まなかった。ただただ、国のために。主君のために。民のために、冷静であり続けた」


 私は、カーディガンの裾を払い、いつもの口調で王子に向き直る。


「どうだい、王子。“王のアホさ”を跳ね返す知恵と胆力。“名宰相”ってのは、こういう人のことを言うんだよ」

「………………」


 王子がぽかんと口を開けて、固まっている。


「……なに? 何怖がってる?」

「いや……なんか……僕、晏嬰さんに“王としての資質ゼロ”って言われた気がして……ちょっとお腹が痛い……」

「正解。お前、バッチリ自覚できてんね」


  *


 翌朝――


 王宮の正門前、なにやら騒がしい。


「殿下!? なぜそのような……っ!?」

「うるさい! これは忠臣の儀だぞ!!」


 怒鳴り声とともに、ケイ王子が正門の前に正座していた。

 しかも、真冬に薄着で、目の下にクマ作って。


「……これは……いったい……?」


 私が通りかかったとき、近侍が泣きそうな顔で説明してくれた。


「“民の苦しみを知るには、自分がまず質素に暮らすべきだ”と仰られて……朝食抜きで謎の自己修行に……。しかも、“民の苦労を感じるまで謁見禁止”だと……」


 あーあ。

 やっぱりやったなコイツ。

 私は、額を押さえて王子に声をかける。


「なぁ王子。あの講義、どこでどう解釈をミスったら、寒空で断食正座に行き着くの?」


 ケイは青い顔で震えながら、なぜか誇らしげだった。


「……ぼ、僕、あ、晏嬰になるって決めたから……まずは小柄な人間としての痛みを……体に……刻もうと……」

「お前は身長の真似から入るな!!! あとお前はどうしても景公の立ち位置なんだよ!!」


 家臣が慌てて羽織をかけ、私は深いため息をついた。



「歴史を学べば、少しは賢くなる……と思っていた。

でもこの王子、学べば学ぶほど、“真似しちゃいけない方向”に全力で突き進むのはなんでなの……?」


 それでもまあ……

 晏嬰の存在が、“アホ王子でも国がなんとかなる”という僅かな希望をくれるのは、確かだ。

 ……問題は、“晏嬰級のSSR人材”、この世界に存在しないかもってことだけどね……。

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