第53講 歴女と王子と走る鉄道と『ジョージ・スチーブンソン』
リカード貿易大臣が、分厚い帳簿を抱えて青い顔をしていた。
「供給が追いつきません……。農作物も鉱石も布も、地方から王都への輸送が遅れに遅れています」
僕――ケイ王子が首をひねる。
「じゃあさ、馬車を五台ぐらい“まとめて”馬一頭で引けばいいじゃん!」
「殿下……馬が倒れます」
「なんで!? 僕、ニンジンいっぱいあげるって!」
「それは“待遇改善”ではなく“無茶振り”です!!」
私はため息をつきながら黒板を引き寄せた。
「……荷車を繋ぐ……力で引く……うん、出たな。
王子、今日は“世界の物流を変えた人”の話だ」
「物流変える? そんなヤベーやついるの?」
*
王宮内教室。
私は黒板に名前を書いた。
『ジョージ・スチーブンソン ――鉄道を生んだ技師』
「スチーブンソンはね、イギリスの炭坑で生まれた。
家は貧しくて、読み書きができなかった。でも、彼には一つ才能があった」
「何? 頭が良かったとか?」
「違う。“壊れた機械は直せる”才能だ」
「へえ……技術屋か」
「彼は炭坑のポンプや機械の修理をしながら、“どうして動くのか”を自分で学び続けた。
夜は灯りをつけて勉強。字も後から覚えた」
「大人になってから文字覚えたのかよ!?」
「そう。実際この時代の識字率は低いから仕方ない。彼は“知識は手に入れればいい”って考えた。
だから貧しくても諦めなかった。この姿勢が“鉄道の父”の原点だ。」
「産業革命が始まると“蒸気機関”が登場してくる。石炭を燃やして水を沸騰させ、蒸気の圧力でピストンを動かす“火の力の機械”だ」
「火で動く……馬の代わりか!」
「そう。スチーブンソンは炭坑の中で蒸気機関を見て、“これを地上で走らせればいい”と思いついた」
「思いつくのは簡単だけど、できるのか?」
「そこがすごいところ。彼は仕事の合間に自分で蒸気機関車を組み立てはじめた。
材料は炭坑の廃材や使い古した部品。まさにゼロからの挑戦だ」
「彼が最初に作った機関車は、正直言うと“重すぎて”線路を壊した。でもスチーブンソンは諦めなかった。
鉄の質、車輪の幅、線路の材質……全部を改善していった」
「努力型天才じゃん」
「そう。そしてついに――1814年“ブリューワリー号”が誕生した。
炭坑から石炭を引き出すための機関車で、これが後の“鉄道”の原型になる。」
「鉄道って“線路が大事”なんだよ」
「道つくるほう?」
「そう。スチーブンソンは“レールをどう作るべきか”を考えた。木じゃ弱い。石じゃ割れる。だから――鉄のレールにした」
「鉄道の“鉄”って、そこからか」
「さらに彼は“車輪の幅”も統一した。
これがいま世界中で使われている 標準軌 1435mm の原型」
「世界中!?」
「そう。“世界の輸送の基準”を作ったのがスチーブンソンなんだ」
「そして1829年、“ロケット号”が誕生する」
「名前かっけー!」
「軽いパーツ、効率的なボイラー、強い車輪。
彼の開発した技術の集大成だ。
スピードは時速40km――当時の馬車の2倍以上」
「うわ、めちゃ速いじゃん!」
「そう。“人と物を短時間で大量に運べる”って革命だった。
スチーブンソンはこう言われる。“世界を走らせた男” だって」
私は姿勢を伸ばし、深い声で語る。
「――“火の力で国をつなげる。人が歩くより、馬が走るより、この鉄の馬は未来を駆けるだろう”」
ケイ王子は息を呑む。
「“道があれば、どこへでも行ける。
道がなければ、つくればいい。
道とは、国そのものの血管である”」
「……かっけぇ……」
「“輸送を制する者は、国を制す”
スチーブンソンはそう信じて線路を敷き続けた。
彼の鉄道は、街を変え、産業を変え、人の暮らしを変えた」
*
「つまり!」
ケイが勢いよく立ち上がった。
「僕が“鉄の馬”を作ればいいんだな!!」
「違う!!」
その日の夕方、悲鳴が響いた。
「こ、コヒロさぁぁぁん!!」
リカード貿易大臣と宮廷技師が走り寄る。
「あのバカ……王太子殿下が、巨大な馬の形の鉄塊に“蒸気ボイラー”を詰め込み“鉄の馬1号”を走らせようと……!」
「死ぬってそれ!!」
中庭には白煙を噴きながら暴走寸前の鉄馬。
そして、満面の笑みの王子。
「見ろコヒロ! 僕の“未来の乗り物”だー!」
「未来じゃなくて爆発だよそれは!!」
私は全力で止めながら言った。
「……王子。鉄道は“馬の代用品”じゃない。“国を動かす仕組みそのもの”なんだよ」
王子は黙って鉄馬を見つめ、ぽつりと呟いた。
「……僕もさ、“国を動かす仕組み”を作ってみたい」
私はふっと笑った。
「王子、お前ちゃんと成長してんな」




