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第4講 歴女と王子と予言と『ミシェル・ノストラダムス』

 王宮北塔、魔導院の回廊から、今日もガヤガヤとうるさい声が響いてくる。


「滅びの日は近いぞ!」

「預言書に記されし“黒き月の年”が、まさに今年……!」

「大地が裂け、天空から“恐怖の王”が降りてくる……! これは確定的未来だ!」


 ローブ姿の魔導師たちが、書物を手に押し問答している。

 なにごとかと覗いてみれば、どうやら「スラムス」という昔の大魔導師が遺した預言の日が近いらしい。

 曰く、千年に一度の大災厄。曰く、空より“恐怖の王”が降臨し、世界は闇に包まれる——とかなんとか。


「終末だの、大王だの……こっちの世界でもあんのかよ……アホらし……」


 私は呆れて呟いた。

 その横で、ケイ王子は目を輝かせていた。


「え、マジ? この国、滅ぶの? すげーじゃん、僕、最後の王様じゃん! 伝説じゃね?」

「いや、お前まだ王じゃなくて王子だろ。あと伝説っていうか黒歴史になるぞ、それ……」


 ケイ王子は、長机の上に座って足をぶらぶら揺らしながら言う。

「でもさ! 魔導院の連中があれだけ騒いでるんだぞ? まさか全部ウソじゃないだろ? 預言書とかめっちゃ本格的だったし!」


「……ふーん。じゃあ、王子。今日は“予言”ってやつが、いかに“都合よく信じられて”きたか、教えてやろうか……魔導院の預言書のせいで私が誤召喚されちまった恨みもあるしな」


「えー、怖い話!? 聞きたい!」


「違う。怖くもない、ただの“トンデモ話”だよ。

 主役は、16世紀フランスの“最強の予言者”——ミシェル・ノストラダムス」


 私は薄いカーディガンを翻し、教室へと歩き出す。

 背後から王子の声が聞こえた。


「……“ノスケノ・ドラムス”? なんだそれ、響きは強そうだけど」

「……この異世界にも“聞き間違いの予言”が起こりそうだな」


  *


王宮内 教室──


「さーてでは、講義を始めようか」


 私は教壇に立ち、チョーク代わりを手に取った。

 黒板はなぜか魔導院製の“光る板”なので、書いた文字が浮かぶ。よくわからん技術だけど、やっぱ変。


 王子は椅子にふんぞり返り、机に足を乗せていた。


「……ねぇ、予言ってほんとに当たるの? だって“未来が見える”ってことだよね? カッコよくない?」


「ではまず、王子。質問だ。

 “1999年の7の月、空から恐怖の大王が来る”って言われたら、何が起きると思う?」


「え? とんでもないヤツ空がドカーン! とか、魔王降臨とか……うーん、王国爆発?」

「うんうん、その反応が、すでに“歴史の過ち”に近づいてる。それじゃあ、この人——ミシェル・ノストラダムスの人生からいこうか」


 私は胸に手を当て、ゆっくりと語り始める。


「さて、1503年のフランス。ミシェル・ノートル=ダム、のちのノストラダムスは、ユダヤ系の家系に生まれた。占い師じゃない。彼の本業は“医者”。しかも、ペストという、当時、とんでもない流行病と闘う“疫病の専門家”だった」


 王子が目をぱちくりさせる。


「……え、魔法使いとか魔導師じゃなく?」


「そう。星の動きや薬草の効果を研究しながら、ペストの治療法を編み出そうとしていた。

 まぁそういうのはこの国の魔導院のやり方と似てるっぽいな……それに対して科学院のほうがわりとマトモらしいのが不思議だよ」

「コヒロ、お前いちいちこの国に文句言うよな〜」


 私は息を整え、続ける。

「さーてさて、その活動は多くの人に感謝されたし、薬剤師としての腕も優れていたんだよ」


 私は黒板に、

『医師』『占星術師』『詩人』と書き、三本線で囲む。


「だけど、ある時から彼は“未来”を書き始める。それが、後世で有名になる詩集……」


 私はは黒板にさらに三字を書いた。


諸世紀(しょせいき)



「詩? えっ、未来の出来事を、詩で書くの?」


「そう。“四行詩”で、ちょっと古風なフランス語とラテン語混じりで。そして意味は曖昧。さらに時代も明記されていない。“千年の九百九十九の年”みたいな、曖昧な表現ばかり。でも、だからこそ“どんな出来事にも当てはまる”ように読めてしまったわけよ」


 私は急に背筋を伸ばし、両手を掲げ、語調を変え演技っぽくなる。


「“千年の九百の九の年に、空から恐怖の大王が降ってくる……! アンゴルモアの大王を蘇らせるだろう”——!」


「う、うわああ……コヒロの憑依魔術だ……なんか来そう……!」


 王子が思わず椅子を引く。

 私はふっと笑って、現実に戻る。


「いい加減慣れろ。魔術じゃないよ、ただの演技」


 そう言ってから姿勢を戻し、

「でも、実際の“1999年7月”に何が起きたと思う?」


「……滅びた?」


「いいや。なーんも起きなかった。

日本では色々が重なってオカルトブーム真っ盛り、テレビも本も面白おかしく“地球滅亡”って騒いでいたが……」


「……えっ、うそでしょ!? だって、それっぽかったのに!」


 私は黒板に一文を書いた。


『なぜ信じられたのか』


 そして、私は指を立てる。


「“それっぽい”ってのが一番危険なんだ。特に未来が不安な時、人は“予言”にすがる。でも、予言は未来を当てているんじゃない。読んだ人が“当てはめてる”だけ」


 私は静かに言った。


「ノストラダムス自身は、“人の心に警鐘を鳴らす詩”を書いたつもりだったのかもしれないし、おふざけで書いたかもしれないし、何かに目覚めちゃって書いたかもしれない。でも後世の人間が、“自分の信じたい恐怖”に重ねて、それを拡散した」


 王子が、ぽかんと口を開けた。


「……つまり、みんな“勝手に盛った”ってこと?」


「ああ。解釈って、暴走するんだよ。戦争が起きるたびに、“これはノストラダムスが言ってた!”って騒ぐ人が現れた。でも、ノストラダムスが書いたのは“ヒント”でも“暗号”でもなく、ただの——」


 私は小さく笑って言った。


「“読み手の不安を映す鏡”だった」


「……つまり、ノストラダムスが“すごい予言者”だったんじゃなくて、“都合のいいように読まれ続けた”ってことか……」

 ケイ王子がぽつりと呟く。

 私は、その通りと頷く。


「特に、二十世紀末。“ノストラダムスの大予言”って言葉が流行ったのは、あるひとりの作家がきっかけだったわけよ」


「作家? 誰?」


五島勉(ごとうべん)ってヤツ。1973年に出した彼の本が“ノストラダムスが人類滅亡を予言した”って解釈を広めた。しかも時期がちょうど社会不安の詰め合わせ状態だったってのもあって、すごく売れた。シリーズで累計数250万部。即映画化。まぁ一大ブームを起こしたトンデモだ」


「えっ、すご……! でも、その予言って外れたんでしょ?」


「ああ。ノストラダムスも五島勉も当然外れた。

 でも、そこがまた“予言の怖さ”なんだ。

 外れても、“当たらなかったのは警告が功を奏したからだ”って言い出すヤツが出てくる。

 ちなみに五島勉は儲けた印税とかで土地を買って家を建てていた。本人は全然滅亡しないって分かりながらも大袈裟に解釈して書いた本のおかげでな」


「……うわー、ずるっ」


 王子が素で引いた顔になる。


「でも、当時の日本では“もうすぐ世界が終わる”って信じて、本気で怖がった子どももいた。自由研究で“地球滅亡の予言”をまとめる子までいたんだよ! 更にもう滅亡だからって有り金をギャンブルに溶かしたヤツもいた! 冗談じゃなく!」


「えぇ……」

 王子の顔が引きつる。


 私は、黒板にこう書いた。


『不安は、解釈を歪めるーー』


「未来は、誰にも読めない。でも、人は“読める気になりたい”んだ。その欲望が、“予言”を危険なものに変えていくわけだ。しかも、何故か最初はちょっとした四行詩から伝言ゲームのように日本崩壊、日本滅亡、人類滅亡、地球滅亡……ってだんだん話がでかくなっていた。これは、予言話や怪談や笑い話なんかでもよくある事だ。人はふしぎと話を盛っていく……」


 王子の顔はポカンとしたままだった。

 話聞いていたのか……?


 最後に私は肩を落として、とある言葉を引用した。


「"私は人間であり、間違うかもしれないし、しくじるかもしれないし、騙されるかもしれない"」


「誰の言葉?」


ケイ王子が首を傾けながら訊いた。


「ノストラダムス」


「はああァァァ!?」


 ケイ王子の呆れた驚き声が教室全体に響いた。



 *



 そしてその日の午後。


 私は聞いた。アホ王子が、民衆に向けて“予言”めいたことを口走ったと。


「僕は予言する! 明日の夜、王宮の塔に“黒き鳥”が止まったら、空から黄金が降ってくるんだー!」


 それを真に受けた少しの民が集まり、塔の周りは黒い鳥を追い払う者、黄金を受ける準備をする者で大混乱。

 魔導院は総動員動で解釈会議が行われ、文書化された。

 一方、科学院は、

「それは詩的比喩表現で、明日の夜は満月であるし、黒い鳥はカラスかなにかであろう。それは予言というより予報では……?」

 と、頭を抱える事態に。



 ――その夜。



「……で、王子。アンタ、私の話から何を学んだの?」


 私は呆れ顔で訊いた。

 王子は悪びれもせず、こう言った。


「“言葉は使いようで民を操れる”。あ、これも“予言”で使おっかな? おもしれー!」

「バカ言ってないで反省しろ! それじゃあ五島勉と同じだぞ。いや、あれはまだ“警鐘”のつもりだっただけマシだ」


 人は、不安になると“意味のありそうな言葉”に飛びつく。

 曖昧な表現に“意味を足して”、勝手に確信し、広めてしまう。


 ノストラダムスの詩は、ただの詩だった。

 でも、それを“未来からの警告”と信じる者が増え、やがて時代の空気を作った。


 それは、魔法よりも強い“集団暗示”という心理現象だ。


 私はこう思う。

 “予言”は未来を語ってはいない。語られているのは、いつだって人間の“心の中”なのだ、と。

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