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第47講 歴女と王子と独立自尊と『福沢諭吉』

 朝の王宮は、やけに騒がしかった。


「だから! コヒロさんはもっと殿下に優しくすべきです!」

「優しくしてるだろうが! あんたが甘すぎるんだよ!全肯定イエスマンがよお!」


 ……まただ。

 王宮の食堂前で、私とリョーキューがやり合っていた。

 きっかけは“王子が朝食にケーキを要求した”という、どうでもいい話だ。


「ケーキはデザートだって何度言わせるんだ!」

「殿下のご機嫌が朝から良いことが国の安定に繋がるのです!」

「理屈が暴論だ!」


 そんな私たちを、椅子に座ってパンをかじりながら見ていたケイ王子が、首を傾げた。


「なぁ……二人とも、誰からそんなこと学んだんだ?」


 ピタッと、空気が止まった。


「え?」

「コヒロもリョーキューも、言ってることは全然違うけど、どっちも“自分の正しい”を信じてる。……誰かに教わったの?」


 その問いに、私は一瞬、言葉に詰まった。

(……ああ、こいつ。たまに鋭いとこ突いてくるんだよな)


「ま、普通に学校で――」と説明しかけたところで、

私の頭の中に、ひらめきが走った。


「……そうだ。福沢諭吉を教えるか。」


「ふくざわ……ゆきち?」

「そう。日本の“学問の父”だ。」


 私は王子の腕を掴んで立ち上がった。リョーキューも

「ちょ、ちょっと!!」

「いま、最高のタイミングなんだよ!」


「コヒロさん!! まだ話は終わっていません!」

 遠くでリョーキューの声が聞こえたが、私はガン無視して王子を引きずって教室へ向かった。


 *


「さて。お前、“お札の人”って知ってるか?」

「……お金の顔の人?」

「そう、それ。今は変わったけどな。長い間、私の国の一番高い紙幣に使われていたんだ。

 福沢諭吉ってのは、ただの学者じゃない。“日本を近代化させた思想家”だ。」


 私は黒板に大きく書いた。


 『学問のすすめ』――天は人の上に人を造らず

(という言葉がある)と諭吉の『学問のすすめ』の通りに書いた。


「……なんか、僕の世界にも似たようなことわざあるな」

「ほう? そうか。でもあれ、ただの綺麗事じゃないんだ。

 “人間は生まれながらに平等”――

 それを“理想”じゃなく、“社会の前提”にしたのが彼なんだ」


 私はカーディガンを翻し、

 「さて、福沢諭吉は、1835年、大阪の貧しい下級武士の家に生まれた。

 父は早くに亡くなり、母が女手ひとつで育てた。

 周囲は“身分のせいで一生出世できない”と諦めてたが、諭吉だけは違った。

 “学べば、どんな身分でも人は変われる”――

 そう信じて、独学で漢文、蘭学、英語を学んだ」


「独学? 先生なしで?」

「そう。塾にも行けなかったから、本を買って、ろうそくの明かりで一晩中読んでた。

 しかも当時の日本は鎖国中。英語の辞書も売ってない。

 だからオランダ語を先に学んで、その辞書を足がかりに英語を“自力で翻訳”したんだよ」


「うわ、バケモンだ……」


「諭吉が開国後に遣欧使節としてアメリカ・ヨーロッパへ渡ったとき、

 そこで見たのは“国民が自由に学び、議論し、発明し、政治を動かす世界”だった。


 日本では、殿様の機嫌一つで人が死ぬ。

 でも西洋では、“学問が人を守る”社会があった。

 彼はそこで気づいた。

 “国を強くするのは、軍でも金でもなく――学問だ”ってな」


 私は黒板に書いた。

『知識は、心の独立を守る剣である』


「諭吉の信条は、“独立自尊”。

 他人や権力に依存せず、自ら考え、自ら立つこと。

 学問とは、他人に従うためではなく、自分を自由にするためにある。


 つまり、“学び”は王子の特権でも、平民の義務でもない。

 “人間の尊厳”なんだ」


「……“学ぶ力”が、自由を作る?」

「そう。お前の国でも、字を読めない子がいたろ。

 福沢諭吉は、そういう子どもを救うために“慶應義塾”を作った。

 身分も宗教も関係なく、誰でも学べる学校をな」


「へぇ……あの人、学校作ったんだ」

「そう。日本で“教育は権利”になったのは、諭吉がいたからだ」


 私はふっと目を閉じて、彼の声を借りる。


「――我は言う。

 人の貴賎は血にあらず、知にあり。

 富も地位も、学問なき者の上には永続せぬ。

 人の自由は、学によって保たれるのだ」


「きた……コヒロの憑依魔術、思想家モード!」

「うるせぇ、静かに聞け!」



 私はごほんと咳ばらいをして、

「晩年の諭吉は、“独立自尊”を貫いて政治家たちから疎まれた。

 だけど彼は、何があっても“人を信じる教育”をやめなかった。

 “愚民”と呼ばれた民が“国を支える知の民”になる――

 それが、彼の夢だった」


 私は最後に静かに言った。

「お前が王として何を学ぶかも自由だ。

 けど“学びを与える側”になったら、忘れるな。

 人を導くのは“知識”じゃなく、“信頼”だ」


 *


 ケイ王子は、机の上で指を組んで黙っていた。

 やがて、ぽつり。


「……福沢ってさ、王様よりすごいな」

「おっ、どういう意味だ?」

「だって、王様は国を動かすけど、福沢は“人の心”を動かした。

 ……どっちが上か、わかんなくなる」


「……いい線いってんな」

「でも、“独立自尊”って言葉、かっこいいな。

 オレも覚えとく! “王立自尊”っての作ろうかな!」

「それはただの王様の自慢だ」

「うぐっ……」


 *


 その夜。

 リョーキューが教育報告書を抱えて部屋に入ってきた。


「殿下、今日のご講義の復習です。ご自身で“独立自尊”についての作文を――」

「書いた! もう書いた!」

「えっ、もう?」


 羊皮紙には大きな文字で書かれていた。


 “僕は自分で考える王になる!”


 リョーキューは目を潤ませて微笑んだ。

 私は王子の背を見送りながら、小さく笑った。

(――学びの火は、いつだってこうして誰かの中で灯るんだよ)

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