表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

47/56

第46講 歴女と王子と数式の魔術師と『レオンハルト・オイラー』

「いやもうムリっ! 数字とか意味わかんねぇ!」


 王宮の廊下を、ケイ王子が叫びながら全力疾走していた。

 その後ろを、アシュリー先生が優雅に(でも本気で)追いかけてくる。


「殿下、授業中に逃げ出すとは何事ですか!」

「だって算数とか頭痛くなるんだもん!」

「おや、頭を使うと痛むという新しい病気でしょうか?」

「ちょっと毒舌すぎない!?」


 ――廊下の角を曲がった先、たまたま書庫にいた私の前で、王子がドタッと転んだ。


「……痛っ」

「おい、廊下を全力疾走する皇太子とか前代未聞だぞ」


 アシュリー先生がため息をつきながら近づき、私に視線を向けた。


「古尋さん、お願いできますか。殿下に“数学に興味を持たせる”ように」

「え、無茶ぶりすぎませんか?」

「あなたの“歴史語り”なら、少しは伝わるかと」

「……いや、私も数学は苦手なんですけど」


 アシュリー先生は静かに微笑み、「ではよろしくお願いします」と言い残して去っていった。

 残された私は、王子を見下ろして小さくため息をつく。


「おい、何で逃げた」

「だって! “微積分”とか“虚数”とか、言葉からしてもう怖い!」

「まあ、気持ちは分かる。……けどな、世界を“数字”で解いた天才もいるんだよ」


「えっ?」


「――レオンハルト・オイラー。

 数学史上、最も多くの数式を生み出した“数の魔術師”だ」


 *


『レオンハルト・オイラー――「神の代わりに世界を計算した男」』

 黒板に仰々しく書いた文字にケイ王子は多少驚き気味である。


「十八世紀のスイス。バーゼルという学問都市に、ひとりの天才少年がいた。

 彼の名はレオンハルト・オイラー。

 神学者の父を持ちながら、“神より数字に魅せられた”変わり者だった。」


「……それ、怒られない?」

「実際、怒られた。けどオイラーは止まらなかった。

 “世界の仕組みは数で書ける”と信じたんだ。」


 私は黒板に書く。


 e^(iπ) + 1 = 0


「これが彼の代表的な式――“オイラーの等式”。

 たった一行の中に、**数学の5大要素(1, 0, e, i, π)**がすべて入ってる。

 “世界で一番美しい数式”と呼ばれてる。」


「えっ、なにこれ……。見ただけで頭が爆発しそう」

「わかる。でもな、オイラーにとってこれは“音楽”だったんだ。

 数字と記号が、完璧な調和を奏でる――

 彼にとって“神”は、数式そのものだった。」


「オイラーは何でも数で考えた。

 流体、天体、航海、建築、機械、地図、音楽理論、視覚の仕組み……。

 彼の式は宇宙のすみずみまで届いてた。

 しかも一生で書いた論文、800本以上。

 生涯で2万ページを超えるってんだから、まさに“人類の関数”だな。」


「……え、そんなに? 一人で?」

「しかも、後半は失明してたんだよ」


 ケイ王子が目を丸くする。


「えっ!? 目が見えないのに数学できるの!?」

「彼は“頭の中で見てた”んだ。

 数式の構造も、図形の動きも、全部暗記してた。

 まるで、脳が数の宇宙そのものになってた。

 盲目のまま計算を続け、最後までペンを握り続けた。」


「オイラーはね、あらゆるものに“数の裏側”を見てた。

 “神は数学で宇宙を設計した”と信じてたんだ。

 だから、彼にとって数字は退屈でも難解でもなく、“世界の言葉”だった。」


 私はチョークを置き、王子の目を見た。


「お前も言ってただろ。

 “空を飛びたい”とか、“光を作りたい”とか。

 それを可能にしたのも、全部“数”の力なんだよ。

 数字は世界の設計図。理解できた奴が、未来を作るんだ。」


 ケイ王子は腕を組みながら、しばらく考えこんでいた。

 そして、ぽつり。


「……つまり、数字を制する者が、世界を制す?」

「だいぶ中二っぽいけど、まあ正解だ」


「よーし! じゃあ僕、数字マスターになる!」

「いや、まず九九から復習しろ」

「うぐっ……」


 *


 数日後。

 アシュリー先生が私の執務室に現れた。


「古尋さん、あの……殿下が……」

「え、また逃げた?」

「いえ。数式を黒板一面に書き連ねてます。止まりません。」


 慌てて教室をのぞくと――

 ケイ王子が全身チョークまみれで黒板に向かっていた。


「この数字とこの数字をこうして……あっ! なんかすごいのができた気がする!」

「殿下、それは“円の面積”の式です」

「えっ!? 偶然だけど当たった! 僕すごくね!?」


 私は頭を抱えながらも、思わず笑ってしまった。

(……ま、これが“興味を持つ”ってことだよな)


 *


 その夜。

 王子の机には、チョークの粉が舞っていた。


 羊皮紙に震える字で、こう書かれていた。


 “数は、神が残した手紙”


 私はそれをそっと見つめて、

「こいつはこいつなりに頑張ってんだな……お疲れ。ケイ王子」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ