第44講 歴女と王子と光と影と『トーマス・エジソン』
夜の王宮。
ロウソクの火がちらちらと揺れている。
ケイ王子が天井を見上げながらぼやいた。
「なあコヒロ……夜って、暗すぎね?」
「それが夜だろ」
「いやでもさ! 本読もうと思っても目が痛いし、ロウソクすぐ溶けるし!」
「……お前まさか、明かりをどうにかしようとしてんのか?」
「うん! “夜を昼にする魔法”がほしい!!」
その無邪気な目を見て、私は少し笑った。
「……それを本気でやったバカがいるよ。
――いや、“天才”か。“努力の化け物”か。
今日の題材は、発明王トーマス・アルバ・エジソンだ」
「発明王!? 王!? 僕より偉い!?」
「黙れ。お前のは“生まれつきの王”。あいつのは“積み重ねた王”だ」
*
『トーマス・アルバ・エジソン――努力と執念の発明王』
私は黒板に書きながらため息をついた。
「十九世紀のアメリカ。
少年エジソンは耳が悪かった。
でも、それを言い訳にしなかった。
列車で新聞を売りながら、自分で活版印刷機を作って新聞を発行した。
――十歳そこらでな」
「は? 新聞!? そんなの作れるの?」
「彼は“できるかどうか”じゃなく、“やるかどうか”で動いてた。
夜中に薬品実験をして列車を爆発させたこともある。
失敗? いや、“学び”だ。彼にとっては全部が実験だった。」
私はチョークを取り、黒板に書く。
“天才は1%のひらめきと99%の努力でできている”
「この名言、聞いたことあるだろ?」
「おお、それ知ってる! 努力の人だ!」
「そうだ。けどな、この言葉、誤解されがちなんだ。
彼が言いたかったのは、“1%のひらめき”を掴むために“99%の努力”を続ける執念が必要だ、って意味だ。」
「つまり、ひらめくだけじゃダメで、掴み取るまでやれってことか」
「正解だ。……お前、たまにいいこと言うな」
「“たまに”って言うな!」
「さて、エジソンのすごさは“発明数”だけじゃない。
彼は発明を“仕組み”に変えた。
研究所を会社のように動かし、仲間を雇って次々と発明を生み出す“発明工場”を作った。
いわば、“産業化した天才”だな。」
私は黒板に数字を書いた。
『特許件数:1093件』
「記録的な数だ。
電球、レコード、蓄音機、映写機、発電所、電信、電話改良……。
つまり“文明の音と光”の多くが、あいつの頭から生まれた。
……そして、その裏には“夜を昼にしたい”という、子どもの夢があった。」
私は静かに息を吸い、声を低くした。
「――わたしは、ひたすらに働いた。
眠る時間も惜しかった。
火花が散り、煙が上がっても、
“まだ何かできる”と思った。
“失敗じゃない。うまくいかない方法を一つ見つけただけだ”。
それが、私の哲学だ。」
「きた……! コヒロの憑依魔術、エジソン編!!」
ケイ王子が嬉々としてノートを取り始める。
だが、今回はその声もどこか落ち着いていた。
私は一呼吸置いて、語調を変えた。
「でもな、エジソンは“善人”じゃなかった。
競争相手を容赦なく潰した。“ニコラ・テスラ”って知ってるか?」
「知らん」
「じゃあ次の講義で教えてやる。
彼はエジソンの会社で働いていた天才だった。
けど、交流電流の研究で意見が分かれて、エジソンに敵視される。
エジソンは“交流電流は危険だ”って世間に喧伝して、
テスラの評判を潰そうとした。――見事なまでの策略家だ。」
「……それ、悪役じゃね?」
「そう。発明の裏には、常に“金”と“名誉”があった。
エジソンは理想家というより、“現実主義者”だったんだ。
善悪よりも、結果を選んだ男だ。」
私は黒板にもう一つ書く。
“光を作るには、闇が要る。”
「それでも、彼は“人類を明るくした”功績を残した。
だから“発明王”と呼ばれたんだ。
――彼は神じゃない。けど、人類の夢を“実現させた”男だ。」
講義が終わると、ケイ王子はしばらく黙っていた。
そして、小さく呟く。
「……なんかさ、ゴッホと真逆だな」
「ん?」
「ゴッホは優しくて報われなかった。
エジソンは冷たくても成功した。
どっちが正しいんだろうな……」
その言葉に、私はしばし考えた。
「正しさは時代が決める。でも、残るのは“光”だけだ。
優しさの光か、努力の光か――どっちでもいい。
暗闇で誰かを照らせるなら、それで十分だ」
ケイ王子は頷いた。
「……僕、努力する方の光になってみたいな」
「おう。まずは宿題な」
「現実的すぎるよコヒロぉ!!!」
*
その夜。
王宮の庭に、無数のランプが灯った。
「これ、なんだ……?」
「殿下が一晩中作らせてた“光の庭”です!」とリョーキューが答える。
「“光を見てると、人間ってちょっとだけ強くなれそうだろ”って……」
私は思わず苦笑した。
「……あいつ、まさか寝てないな」
塔の上では、ケイ王子が椅子に座り、ぼんやりと灯りを見下ろしていた。
その光はまだ小さいが――
確かに、夜を押し返していた。
(……努力と執念の光。
人を照らすだけじゃなく、時々自分をも焦がす。
けど、それでも前を向く奴が“発明王”なんだろうな)
そう呟きながら、私は夜空を見上げた。
――その空には、昨日よりも少しだけ星が少なかった。




