第39講 歴女と王子と夢と冒険と『ジュール・ヴェルヌ』
第39講 歴女と王子と夢と冒険と『ジュール・ヴェルヌ』
朝の王宮。
ケイ王子が朝食を掻き込みながら、目を輝かせていた。
「なぁコヒロ! 次の授業、“冒険家”の話しようよ!」
「冒険家?」
「そう! 大海原とか、未知の島とか! そういうの! なんかワクワクすんじゃん!」
パンを口に入れたまま喋るなと思いつつ、私は小さく笑った。
「……そういうのなら、ちょうどいいやつがいる。ジュール・ヴェルヌ。」
「ジュール……だれ?」
「人に“夢”を与えた男だ。科学と想像力で、まだ誰も行ったことのない世界を描いた“SFの父”」
ケイ王子の目がきらきらと輝く。
「SF!? 魔法とかモンスターとか出てくるやつ!?」
「……まぁ、方向性は近いけど違う。魔法じゃなく、“科学で夢を叶えよう”とした人間だ」
*
『夢を科学に変えた男、ジュール・ヴェルヌ』
と、私は黒板に書いた。
「十九世紀フランス。
産業革命で蒸気機関が世界を変えつつあった時代、
“まだ誰も知らない明日”を描いた作家がいた。それが――ジュール・ヴェルヌ。」
私は黒板に大きく書く。
“夢を描き、科学が追いついた男”
「彼の作品を一つずつ挙げていこう。
――『海底二万里』、海の底を旅する潜水艦ノーチラス号。
――『八十日間世界一周』、当時不可能と言われた世界旅行。
――『月世界旅行』、ロケットで人が月に行くという空想。
これ全部、十九世紀に書かれたんだ」
「え!? でも今、どれも現実になってるじゃん!!」
「そう。ヴェルヌは、夢想家であると同時に“科学の予言者”でもあった。
彼は天文学や地理学、当時の科学書を読み漁り、
“まだできないこと”を“どうすればできるか”を真面目に考えた」
私は黒板に線を引き、「空想」→「構想」→「実現」と書く。
「ヴェルヌの凄さは、“夢”を“構造”に変えたことだ。
ただのファンタジーじゃなく、“原理”に基づいて物語を作った。
たとえば潜水艦ノーチラス号――電気エネルギーで動くと書かれてる。
実際に電力潜水艦ができたのはその数十年後。
“想像”が“発明”を導いたんだ」
「……つまり、“想像力”が科学を生むのか」
「そう。“夢を見る力”こそが文明のエンジンだ。
彼はこう言ってる――」
『人間が想像できることは、必ず実現できる。』
ケイ王子は小声で繰り返した。
「……想像できることは、実現できる……」
その目は、空の向こうを見ていた。
*
「――私が描くのは、夢の航路だ。
科学が進歩し、人が空を飛び、海を渡り、星へ向かう。
だが、最も偉大な航海は“人の心の冒険”だ!」
「きたーー! コヒロの憑依魔術・文学版!!」
ケイ王子が叫んだ。
(そろそろ慣れねえかな……)
講義が終わったあと、王子はずっと窓の外を見ていた。
「……僕もさ、空とか海とか、見て回ってみたいんだよな。
誰も行ったことない場所に行って、知らない人と会って……。
あ、あと未知の料理も!」
「お前は結局食い意地かよ……」
「いいじゃん! 夢があるって!」
そう言って、王子は立ち上がった。
「よし、今日は城下を探検する! 市民の声を聞くのも王の仕事だろ!」
「待て、勝手に出歩くな!」
「大丈夫! すぐ戻る!」
*
――三時間後。
「……おい、リョーキュー。王子、帰ってきたか?」
「いえ、まだ……」
私は嫌な予感がして塔を降りた。
ほどなくして、通りの向こうから衛兵が走ってくる。
「コヒロ様ぁぁ!! 王子殿下がぁぁ!!」
「今度は何した!?」
「城下のパン屋で道を聞こうとして……迷子に……!」
「……やっぱりか。」
その数分後、街角の噴水のそばで――
パン袋を抱え、涙目で座り込むケイ王子の姿があった。
「……王子。立て」
「コヒロぉ……! 地図が、読めなかった……!」
「夢見る前に、道覚えろ!」
「うぅ……でも、パン美味しかったよ……」
「知るか!!!」
私は襟首をつかんで引っ張りながら、思わず小さく笑った。
(……まったく。冒険ってのは、地図の外に出ることじゃない。
“迷っても戻る力”を持つことだ。
――まあ、こいつはまず“帰ってこれる勇気”を覚えるところから、だな)




