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第34講 歴女と王子と不思議の国の留学生と『吉備真備』


 王宮の謁見の間に、異国風の衣をまとった男が立っていた。

 額には奇妙な符号の刺青。手には星図と羅針盤。

 「遥か東の大陸から来た“星詠みの導師”」

――そう名乗るこの男は、占星術で未来を読むらしい。


「殿下の運命は……“学問に向かぬ星の下”!」


 ドゴォォォォン!

 背後で雷の幻術が炸裂。

 だが、王子の顔は真っ赤に染まった。


「な、なにぃ!? 僕が! 学問に向いてないだとぉ!? 撤回しろぉぉぉ!!」


 男は「星がそう申しております」とか言って涼しい顔。

 王子は玉座の前でじたばた暴れた。


「このインチキ星読み野郎! 捕らえろぉ!!」

 兵士が慌てて止めに入る。


 私はその騒動を廊下の隅から見ていて、思わず頭を抱えた。

(また朝から大暴走かよ……)


「ふん、あんなやつ信じるもんか!」

 そのあと、王子はパンをかじりながら廊下を歩いていた。

「でもさ、あの変な文字とか、丸い天球儀とか、なんかかっこよかったんだよな……」

「お? 珍しいな。星や異国に興味を持つとは」

「いや、だってさ、あんな変な国の言葉とか呪文とか、覚えたら強くなりそうじゃん!」

「お前、発想が完全にRPGの主人公だな……」

 私は苦笑しつつ、少し考えた。

「そうだな……じゃあ今日は、“異国に行って本当に強くなった”奴を紹介してやろう」

「異国に!? 本当に!? どこの魔法学校!?」

「……奈良時代の日本。名前は吉備真備(きびのまきび)だ」

「きび……まきび? なんか食べ物みたいな名前だな」

「それは言うな。本人は超エリートだ」


 *


「さて」と私はいつもの教室でアホ王子を目の前にカーディガンを翻す。何故か後ろにはあの王子絶対肯定イエスマンのリョーキューがいる。無視だ無視。


「時は八世紀、奈良時代。

 日本はまだ“律令国家”として体を作っている途中だった。

 そんな中、唐――つまり超文明国家が存在していた。建築、天文学、医術、音楽、哲学、政治、全部トップクラス!」


 私は黒板に“大唐”と書き、周囲に「天文」「音楽」「暦」「数学」と書き足した。


「その超大国に、当時の日本が送り込んだ留学生がいた。

 それが吉備真備。彼は20代で遣唐使の一員として海を渡り、唐の長安に留学したんだ」


「ふーん。どのくらい勉強したの?」

「十七年」

「じゅ、じゅうななねん!? 人生の半分じゃん!!」

「そうだ。だがその間に、天文学、暦法、数学、法律、音楽、詩――ありとあらゆる学問を学んだ。

 帰国したときには、“知識の化け物”になってた。まぁなんか噂では当時の皇帝の玄宗が才を惜しんで帰国を許さなかったとかあるが、まあ、彼は伝説の宝庫だからな……信じるか信じないかはお前次第だ」


 私はチョークを走らせ、線で唐と日本を結んだ。

「ただの勉強家じゃない。唐の学者たちとの論戦にも勝ち、“外国人なのに唐の大学で講師を務めた”って伝説まである」


「やっば……頭のバケモンかよ……」


 王子は腕を組んで唸った。

 私はうなずいて続ける。


「しかも、彼が持ち帰ったのは“モノ”だけじゃない。“考え方”だ。

 ――知識は力だ。学ぶことで、国を変えられる。

 それを日本に伝えたのが、吉備真備なんだ」


「彼は剣を持たず、書を携えて戦った!

 異国の言葉を覚え、星の動きを読み、帝に意見できるほどの学識を得た!

 ――そして帰国してからは、律令制度の整備、天文台の設立、暦法の改良……。

 “学者が国を動かす”という理想を、現実にした!」


 声がいつの間にか熱を帯びていた。

「その知識の深さゆえに、彼は“唐の妖術師・阿倍仲麻呂と文で戦った”という伝説まである。

 魔法でも剣でもない、“知恵”による戦いだ!

 これぞ本物の“知の勇者”!!」


「き、きたぁぁ! コヒロの憑依魔術・学者バージョン!!」

 ケイ王子が椅子の上でピョンピョン跳ねた。

 リョーキューがため息をつきながら羊皮紙を取っている。

「殿下、落ち着いてくださいませ……!」



「……なんかさ、コヒロ」

 講義が終わってもしばらく、王子は窓の外を見ていた。

「僕もいつか、他の国を見てみたいな。空とか、海とかじゃなくて、“人”を見たい」

「へぇ、珍しく詩的なこと言うじゃないか」

「だって、僕が見てるのは王都の中だけだろ。真備って人は“世界の形”を知って帰ってきたんだ。

 僕もいつか、そうなれるかな」


 私は少し笑った。

「なれるさ。お前が“知りたい”って思う限りはな」


  *


 翌日――。


 科学院の広間に、謎の布告が貼られた。

 タイトルはでかでかとこう書かれていた。


『王立留学使節団 設立』


「……殿下、これは一体?」とリョーキュー。

「決まってる! 異国の知を学ぶための派遣制度だ!」

「行き先は?」

「……まだ決めてない!」

「はぁぁぁぁぁ!?」


 しかも王子はドヤ顔で続けた。

「まずは学問と聖典の国“フルシェリア聖典国”へ派遣する! 誰か、行きたい者は!」

 誰も手を挙げない。

 しーん。

「おい、なんでだよ!」

「殿下……フルシェリア聖典国は現在、災害で封鎖中です……」

「な、なにぃ!? じゃあ他の国!!」

「殿下、行く国がございません……」


 私はこめかみを押さえた。

「……だから思いつきで制度作るなっての」

 それでも、王子の瞳はどこか遠くを見ていた。

 彼の中の何かが、確かに“この国の外”を見始めていた。


 ――学ぶとは、国を出ること。

 そして、見たものを“持ち帰る勇気”を持つこと。


 ペスタロッチが火を灯し、吉備真備が橋を架けた。

 その炎は、異世界の小さな王子の胸にも、確かに燃えはじめていた。

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