第33講 歴女と王子と槍をふるう演劇の父と『ウィリアム・シェイクスピア』
第33講 歴女と王子と槍をふるう演劇の父と『ウィリアム・シェイクスピア』
王宮の大広間。
今日はケイ王子の命令でつくられた王立奇術師団による演劇公演――らしい。
舞台の上では、マントを着た俳優たちが大袈裟に叫び合っている。
「貴様は裏切ったなあぁぁ!!」
「いや違う! 運命がそうさせたのだぁぁ!!」
火花が散り、雷光の魔法が炸裂。
観客席の兵士たちが「おおっ」とどよめいた。
……が、主催者であるケイ王子の顔は、どんどん曇っていく。
そして、演者が大げさに剣を突き立てて「愛とは幻……!」と叫んだ瞬間――
「退屈ッ!! 面白くないッ!!」
王子の絶叫が、広間中に響き渡った。
王立奇術師団長が真っ青な顔でひれ伏す。
「で、殿下……! まだ二幕目にございます!」
「二幕目まで見たけどもう無理っ!! テンポが悪い! セリフが長い! 誰が悪いかもわからん! しかも最後、愛とか言ってごまかしてるし!!」
兵士も役人も凍りつく中、私はこっそり隣でうなずいた。
「……確かに。役者もまだ素人集団だが、脚本も演出もひどいなあ。ツッコミどころ満載だ」
「だろ!? コヒロもそう思うだろ!?」
「うん。まぁ、よくこれで初公演に踏み切ったなって感じだな」
王子は不満げに椅子にもたれ、パンをもぐもぐかじりながら言った。
「もっと面白いのねぇの? 笑えて、泣けて、途中で寝ないやつ!」
「……それなら、やっぱり“シェイクスピア”からかな」
「しぇい……何?」
「ウィリアム・シェイクスピア。演劇の父であり、“名作しか書けない男”さ」
「名作しか書けない!? そんなやつ本当にいんの!?」
「いたんだよ。十六世紀のイギリスにね。王も平民も、みんな彼の芝居に夢中だった」
*
「ウィリアム・シェイクスピア。
十五六世紀のイギリス・エリザベス女王の時代に活躍した、世界一、いや人類史上最も有名な劇作家だ」
ケイ王子が反応した。
「なんか前の授業で聞いた覚えがある!!」
「ほほう。エリザベス女王回だな。よく覚えていたな。感心感心」
私は黒板に名前を書きながら言う。
「彼の芝居は全部で三十七作。悲劇・喜劇・歴史劇と何でも書いた。
『ロミオとジュリエット』、『ハムレット』、『マクベス』、『リア王』、『オセロ』、『真夏の夜の夢』、『ジュリアス・シーザー』『ヴェニスの商人』……他にも数えきれない名作がある。
タイトル聞いただけで、私の世界に後世に与えた影響のデカさがわかるんだ」
「へぇ……そんなに? どんな話なの?」
「例えば『ロミオとジュリエット』は、敵同士の家に生まれた男女が恋をして、悲劇の結末を迎える。
『ハムレット』は、父を殺した叔父に復讐しようとする王子の話だ」
「王子!? それ、僕と同じじゃん!」
「まぁ、あの王子は頭脳派で皮肉屋だけどな。お前とは逆方向だ」
「ひどっ!」
私はチョークを持ち直す。
「でもな、彼がすごいのは“人間の心”を描いたことだ。
それまでは神や英雄、聖人の物語が主流だったのに――
彼は“普通の人間”を舞台に立たせた。
怒る人、裏切る人、愛する人、迷う人。
人間のすべての感情を、芝居で描こうとしたんだ」
「へぇ……なんか、コヒロの授業っぽい」
「だろ? だから好きなんだよ。
彼の登場人物は、みんな悩んでる。
愛か義務か、理性か感情か。答えのない選択を迫られる。
それが“人間の本質”なんだ」
私は黒板に一文を書いた。
“世界は舞台、人は皆役者にすぎぬ”
「これは『お気に召すまま』という作品のセリフだ。
人はそれぞれの舞台で、役を演じて生きている。
王も平民も、結局は“人生という芝居”の中の登場人物。
……つまり、演劇は“生きること”そのものなんだよ」
ケイ王子は口をぽかんと開けて聞いていたが、やがて笑って言った。
「じゃあ、僕の役は“最高に自由で、誰よりも王様らしい王子”だな!」
「いや、たぶん“ツッコミ待ちのアホ王子”だと思う」
「ちょっ、それどういう意味だよ!!」
私は思わず熱が入る。
「シェイクスピアはね、王の前でも笑いを恐れなかった!
彼の劇団《国王一座》は、エリザベス女王にも上演してたけど、容赦なく人間の愚かさを描いたんだ!
それこそが“真実”だと信じて!」
「コヒロ、顔が怖い!」
「そして、彼は貧しい家庭に生まれながら、台本一本で国を動かした。
“言葉”の力で、だ!
剣も魔法もいらない、たった一枚の紙で!」
「うわぁ……なんか、かっけぇ……」
「……言葉で国を動かすか。僕もそれ、やってみたいな」
王子は真剣な顔で呟いた。
「法律とか演説とかじゃなくて、みんなが笑って泣いて、“明日を生きよう”って思うやつ」
私はほほう、と頷き、
「それはいい。お前の“王立劇団”、そういう劇を目指せばいいんじゃないか?」
「おおっ! “王立シェイクスピア劇団”!!」
「やめろ、それ著作権引っかかるぞ……いや著作権はもうとっくに切れてるか……」
*
数日後。
王都の広場には即席の舞台が建てられ、“新作劇”が披露された。
「――タイトル、『ハムレット・リローデッド』!」
「ちょっと待て! 誰が書いたそれ!」
「僕!!」
「やっぱりか!!!」
ゆっくりと恥ずかしそうに出てきたのはケイ王子推しのイエスマンの女官・リョーキュー。
「殿下、私も少々、戯曲を……」
「リョーキュー、お前もか」
舞台では、剣を構えた少年役の兵士が叫ぶ。
「生きるべきか! 食べるべきか! それが問題だぁ!!」
「台無しだよォォ!!!」
私は頭を抱え、リョーキューは静かに拍手していた。
――それでも、観客は笑っていた。
王子が創った芝居が、人々を笑顔にしていた。
(……まぁ、これもシェイクスピア的っちゃシェイクスピア的か)
王子が満足げに言う。
「なっ、面白かっただろ!? ねぇコヒロ!」
「……お前、本当に将来“王”より“劇作家”のほうが似合ってるかもな」




