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第21講 歴女と王子と真のスパルタ教育と『レオニダス1世』

 王宮・朝──


「コヒロ~~~!!」


 まだ紅茶一口目にも至っていない朝の静寂を、バン!という扉の開音が打ち破る。


「最近のコヒロ、アシュリー先生並みに厳しい!! てか、無理やり引っ張って授業とか、悪魔!! あの先生が“杖”なら、コヒロは“無言のロープ”だよ!!」


 ケイ王子が、もはや恒例のように床でジタバタしていた。

 ベッドの羽根布団から抜け出したばかりらしく、寝癖の王冠が横向きだ。


「一この前はエリザベス1世でブチギレて講義、この前は国民運動会なのに王子の僕が参加した言ったら何故か、50種目出場させられて! そもそも“夏季ゴリンピアード”って誰が名前つけたんだよ!」


 私は涼しい顔で、

「ああ、それ。レオン16世陛下……お前の親父だよ。なんか『今まであまり触れ合ってこなかった息子があんなに頑張ってる姿に感動した!』と。

 今度は他国も巻き込んで壮大なオリンピアーにする予定らしいぞ? 四年に一度開催そう。なお冬季もあるっぽい」

「なんだよ!! それ僕が強制参加させられる未来しか見えない!!」

「いいだろ。他国の姫とかにも頑張ってる雄姿を見て『王子様~♡素敵な雄姿でした~結婚したいです~♡』と言ってくるかもしれんぞ?」

「!!! 僕、運動頑張る!!」


 相変わらず単純なアホだ。

 そして私は紅茶を啜りながら、内心で静かに回想する。


 ──まぁ、私が厳しくする原因はだいたいお前なんだけどな。


・エリザベス1世を「ババア」と言いかけて火がついたり

・「観戦だけなんて退屈」と言い出して王様まで巻き込んで出場許可引き出したり。

・そもいや最初にスライダーで滑って怒られたのも……。


 ああもう、キリがない。


 私はそっと襟を正し、眼鏡の位置を整えた。


「そうか……“厳しすぎる”と感じてるわけだな」

「そうだよ! もっとこう、遊びとか自由とか……! “やさしい教育”が必要なんだよ!」

「なるほど……。じゃあ、“本物のスパルタ教育”ってやつを教えてやろうか、王子」

「えっ……?」


 私は手帳を手に取り、教室へと向かって歩き出す。


  *


 王宮教室ーー


チョークが走る音が教室に響く。

黒板には大きく──



『レオニダス1世――スパルタ、命を懸けた教育』



ケイ王子が席でふるふる首を振る。


「うそでしょ……名前からして絶対やばいやつじゃん……」

「やばいどころか、“生き残るための教育”じゃない。“死ぬために耐える教育”だ、スパルタは」

「なんで死ぬ前提なんだよ!!」

「さあ、ウェルカム地獄の戦士学校へ──今日から君も“アゴゲ”体験入門だ」

「ひいいいい!!」


  *


王宮教室──


私は、黒板にチョークを走らせながら静かに言った。


「“スパルタ教育”って言葉、聞いたことある?」


ケイ王子は机に突っ伏していた顔を上げ、気怠げに答える。


「コヒロが何度か言ってんの聞いたことあるけど……そのスパルタ教育ってコヒロの授業のことじゃねぇの……?」

「甘えるな、小僧。私はまだ優しいってもんじゃない。じゃあ教えてやるよ……本物の“地獄”ってやつを!」


 私は眼鏡を押し上げ、黒板にその名を書く。


『レオニダス1世――スパルタの誇りと、死を選んだ王』



「今日はレオニダス1世。古代ギリシア・スパルタの王だ。

 今でこそ“鬼軍曹”みたいな意味で“スパルタ”って言われてるが、本来は国家の名前。しかも──軍事国家だ」


「軍事国家……?」


「そう。スパルタでは、国民全員が“兵士”だった。

 男子は7歳で母親から引き離され、“アゴゲ”と呼ばれる地獄の訓練施設にぶち込まれる。

 殴られ、飢えさせられ、寝る時間も削られ、服も与えられず……。それでも負けたら叩き直される。

 なぜか? 一人でも多く、“最強”の兵を育てるためだ」


ケイ王子が思わず震える。


「鬼だ……」


「その通り。だがそれは、“自由を守るため”だった。

 スパルタは数では敵わない。だからこそ、“少数精鋭”に徹した。

 誰もが同じ訓練を受け、誰もが戦える。

 その象徴こそが──レオニダス王だったんだ」


 私は教壇の前に立ち、レオニダスの魂が降りてくるのを感じながら、語り始めた。


「──ペルシア帝国が、ギリシア全土に攻め込んできた時。

 スパルタは悩んだ。“戦うか、服従するか”を

 でも、レオニダスは立った。わずか300人の近衛兵を率いて、"ある戦い"へ向かった」


 そこで一旦息を整え、黒板に、

『テルモピュライの戦い ――そして、最期の矜持』

 と、書いた。


 私は、教室の空気が十分に張り詰めたのを感じてから、ゆっくりと語り出した。


「紀元前480年。ペルシア帝国・クセルクセス1世が、ギリシアを征服するため、兵数およそ数十万――スパルタを含む、自由都市国家連合に牙を剥いた!

 だが、それに対し、立ち上がったのは──」


 私はチョークを止め、教壇の前で両手を広げて叫ぶ。


「レオニダス王! そして、わずか300のスパルタ戦士たち!!」


王子の喉がゴクリと鳴る。


「戦場は“テルモピュライ”──“狭き門”と呼ばれる、地形が狭く、崖と海に挟まれた要衝。

 狭い道に敵を誘い込み、数を封じて持久戦に持ち込む。

 王はそれを選んだ。自ら先頭に立ち、兵とともに、盾を掲げて進んだ」


 私は黒板に書き込む。


『一歩も退かず、三日三晩、守り抜いた。』


「ペルシア兵はその間、突破できなかった。スパルタ兵の戦列は崩れなかった。

 それほどに彼らの訓練は徹底していた。

 だが──悲劇は、裏切りから来た」


 私は目を伏せて言った。


「地元の男・エフィアルテスが、敵に“山道の抜け道”を教えた。  スパルタの背後は取られた。挟撃され、万事休す。

 その時、レオニダスは全軍に言った。"撤退せよ"と──」


 私は眼鏡を整え、静かに歩きながら語る。


「だが、彼は残った。自分の死を、戦意を焚きつける“炬火”とするために。

 そして、選ばれし者300名もまた、それに続いた

 矢が空を覆い、剣が尽き、盾が砕け、肉体が倒れても──彼らは退かなかった

 レオニダスは、最後の一人となるまで戦い抜いた。

 死して、ギリシアの自由と、戦士の誇りを焼きつけたんだ」


 私は黒板に、静かにこう記した。


『レオニダス、死してスパルタを鼓舞す』


 そして振り向き、王子の方を見て、静かに言う。


「これが、王として死ぬことを選んだ男だ。

 "教育"とは、戦場に立たせる準備だ。

 "生き残る"より、"何を選ぶか"が問われる時代だった」



 ケイ王子は、しばらく黙っていた。

 相変わらず肘を机についたままだが、ぽつりとこぼす。


「……ちょっとだけ……わかったかも」

「何が?」

「いや、その……僕が"王子だから特別"とか、"教育がうざい"とか、言ってたけどさ……。

 その、300人の兵士にとっては……レオニダス王の背中そのもんが、教育だったのかもなって」


 私は思わず、ふっと目を細めた。


「……わかってきたな、王子」

「……でも、やっぱ死ぬのは無理だわ」

「それでいい」


 私は立ち上がって、王子の頭を軽く叩いた。


「でも、"逃げずに立つ"くらいは、できるようになれ」

「……うん」


  *


午後・王宮訓練場──


「300人! 揃ったな!!」

 ケイ王子が、運動場の真ん中で誇らしげに仁王立ちしていた。

 王宮警備兵たち──いや、強引にかき集められた近衛隊員や訓練兵、果ては厨房の荷運び係まで、ざっと正規兵+非戦闘員=300名がなぜか整列している。


「我らは、これより"テルモピュライの門"を守る!! 敵の矢を掻い潜り、三日三晩、此処を死守せよ!!」

「……王子殿下、失礼ですが、トラディア王国やその周辺には、テルモピュライの門という門はありませんが……」

「だまれぇい!」


「うわぁ……本気だあのバカ……」


 私は王宮のテラスの縁、少し離れた日陰で腕を組みながら、その様子を眺めていた。


チョークを持つでもなく、説教するでもなく、ただ「……やっぱりな」と思っていた。


「第一陣、槍を構えろ! 楯は捨てるな! 勇気と誇りを忘れるな!」

「王子、これはただの訓練ですし、しかも我々炊事班なんですが……」

「黙れ! 今日からお前たちもスパルタ市民だッ!」


 その時、その声は雷鳴のように轟いた。

「やかましいわァ!!」


 現れたのは、王国軍総司令──シバール・ジョシュア将軍。

 甲冑の胸板を震わせながら、悠然と歩いてくる。


「……王子殿下、これは、何のつもりでしょうか?」


「シバール将軍!! いやこれは、その、訓練の一環というか……コヒロが言ってた! スパルタは体験してナンボだって言って……」


「私はそんなこと言ってない」


 私はぼそっとつぶやいたが、王子には届いていない。


 シバール将軍の鋭い目が、王子の前に立ちはだかる。


「王子殿下。戦場に立つには、まず"命令"を聞く訓練から始めるものです。

 勝手な集団行動は──叛意とみなされますよ?」


「ひっ……」


「今すぐ解散。

 訓練場は軍のものです。王子殿下の"ごっこ遊び"に使う場所ではありません」


 怯える王子はぼつりと、

「……ご、ごっこじゃないもん……」



夕方・王宮へ戻る途中──



 私は王子の隣を歩きながら、何も言わなかった。

 でも、王子はぽつりと口を開いた。


「……やっぱレオニダスって、すごいな」

「300人をまとめるってのは、言葉じゃない。"背中"で語る人間だ」

「……僕、まだ背中が小さいかな」


 私はふっと笑って答えた。


「まずは、誰かに迷惑をかけない'勇気"から学べ、な? ケイ王子」


「うぐ……はい……」


 王子がシバール将軍にも厳しく叱られたからなのか、素直に頭を下げた。

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