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第1講 歴女と王子と演説の力と『ウィンストン・チャーチル』

 王宮のとある部屋──


 そこにいるのは、この異世界に召喚された私と、生意気なケイ王子だけ。 


「さーて! 第一講、『ウィンストン・チャーチル』について!!」


 私は勢いよく指を天に掲げてみたが、王子は机の上に頬杖をついて、怠そうな目をしていた。


「そのテンション、授業ってより……なんかの呪術でも始まりそうだな」

「残念。これは教育という名の祝福だ!」

「……どっちにしろ逃げられなさそうで怖いぞ」


 やれやれと王子が呟くのを無視して、私は真面目な顔で、

「まず訊いておきたい。今のこの国の宰相は?」


「ん? ……前のやつが議会で喧嘩して辞めた。今はリデルス・トラズっていう女が、教育大臣から繰り上がって十日くらいで宰相やってる。まぁ議会じゃ“臨時代理”って言われてるけど?」


「……レタスより先に終わりそうな名前だな……。経済政策で失策しそうだ……」

「え?」


「ああ! いや! なんか似た感じの奴を知ってたから、ちょっとデジャヴっただけ! 気にしないで!」


「……ぜってぇバカにしてるだろ」


 王子が鋭く睨むが、私は咳払いひとつで流す。


「さて、大英帝国の第61、63代首相……サー・ウィンストン・チャーチルとは! 一言で言うと——」


 私は、カーディガンを翻し、両腕を大げさに広げてから、片手を胸に、もう片方を高く掲げた。


「“政界一の嫌われ者にして、国家の命運を背負った、伝説の演説家である!”」


「……なんで演劇っぽくなるんだよ」


「“歴史を語る”ってのはね、ただ事実を述べるんじゃない。“人間を憑依させる儀式”なんだよ」


「こえぇよ! お前、もしかしてそういう魔術師か!?」


 私は、ちらりと王子を見やって、不敵に微笑む。

「それくらい本気で語らなきゃ……王子様の耳には届かないだろう?」


「…………チッ。やってみなよ」


 上等。

 私は深呼吸し、声色を低く、渋く、重々しく落とす。

 まるで別人のように、チャーチルの霊が降りたかのような芝居で。


「まずチャーチルの幼少期は——勉強嫌いで! 落ち着きがなくて! 兵隊のおもちゃを蹴散らすやんちゃっぷり!」

「……僕になんか似てる気がする」

「そう思うのも、今のうちだぞ」


 私は指をピッと立てる。


「彼は貴族の家に生まれて、エリートコースを用意されていた。けれど、肝心の勉強は嫌い。学校じゃ成績ビリの常連、落第ギリギリ、通知表は真っ赤っか」

「うわ、ますます僕っぽい」

「聞け。そこからが違うんだよ」


 私は机の上に立って、芝居の調子で語り出す。

 石造りの天井に声がよく響く。


「彼が夢中になったのは“戦争”。軍事学校へ進み、サーベルを振って馬に乗り、世界中を駆け回る。キューバ、インド、南アフリカ……若きチャーチルは前線を渡り歩く報道将校となり、銃弾飛び交う戦場で武勲を上げた!」

「え、戦場に行ってたの? 本物の兵隊?」

「そう。そして捕虜になって脱走して、新聞の一面を飾った。なんなら英雄扱いされたんだ。若干二十代で」

「めちゃくちゃアグレッシブじゃん!」


 私は、にやりと笑った。


「それを武器に、彼は“話術の天才”として政界に打って出る。下院議員になってからは、言葉の力で次々と相手を論破。罵倒。炎上。変節。失言。失脚。そしてまた復活……」

「なんか……波がすごいね?」

「まぁ、そう。チャーチルの人生はね、常に“起き上がりこぼし”。転んでも、殴られても、嫌われても、言葉の力で何度でも立ち上がった。……でも、そのせいもあって、政界一の嫌われ者になったんだよ」


「なんでだよ、活躍してるんでしょ?」


「活躍しすぎて煙たがられた。人の意見に従わない。言いたいことはズバズバ言う。間違っても折れない。しかも皮肉屋。結果——」


「……嫌われた?」


「見事にね。で、ついたあだ名が、“落ちてる時にだけ正しい男”」


「うわぁ……かっこいいのか、かわいそうなのか、わかんねぇ」



 私は胸の前で腕を組み、少しだけ口調を落とす。


「けれどね、そんな彼に、ある時、“国の命運”が託されることになるのだよ。

 それが、1939年。第二次世界大戦の開幕。

 ナチス・ドイツがヨーロッパを飲み込み、フランスが落ちた。

 そんな中、唯一抵抗する気概を見せたのが——“あの嫌われ者”だった」


「………………!」 

 王子が黙る。

 私は、ゆっくりと、芝居の導入から、次の“伝説の演説”へとギアを上げていく。


 私は、王宮の石造りの床に一歩踏みしめ、声色を低く、重々しく落とす。

 王子も思わず背筋を伸ばした。


「私は、我が国民に与えられるものが何かを申し上げる。

 それは——血と、労苦と、涙と、汗だけだ」


 王子がぴくりと眉を上げる。

 私の目は鋭く、声には火が宿る。


「我々には、最も苦しい戦いが待ち構えている。

 海で、空で、陸で、我々は戦う。全力をもって。

 問われるだろう。何のために戦うのか、と。

 答えよう。

 それは、自由を守るため。

 それは、この世界が暗黒に飲まれぬためだ」


 私は、指先を高く掲げ、まるで国民の前に立つように言葉を打ち出す。


「我々は問われている。今こそ、困難に立ち向かう勇気があるのか。

 今こそ、孤独でも信じ抜く力があるのか。

 そして——我々は、勝利を信じるに足るか」


 静まり返る部屋。

 ケイ王子は、声もなくじっと私を見つめている。

 そして、私は最後に、低く、響く声で言った。


「我々の目的は——勝利である。

 どんな代償を払ってでも。

 どんな恐怖があっても。

 勝利でなければ、生き残る価値はない」


 長い沈黙。

 そして。

「……わーお」

 ぼそりと王子が呟いた。


「……それ、実際に言ったの? 本当に? 演説で?」

「ええ。その通り。1940年。イギリスの議会で、首相として」

「すっご……こいつ……マジで世界救っちゃったの……」


「まぁ決して演説だけじゃないけどね。言葉の力が、国民の心を繋ぎ止めたのは事実。圧倒的不利な状況で、“戦おう”って国民に思わせたのは、間違いなくチャーチルの声だった。ケイ王子、この王国が魔王に飲まれそうなら、こんな言葉が必要になるかもよ?」


 ケイ王子が目を細める。

「……魔法で心を操るのと同じ?」

「違う!  魔法じゃなく、心を動かすんだよ!」


 ケイ王子は、腕を組み直し、少しだけ真面目な顔になっていた。


「じゃあ僕も、兵士の前で演説して、国をまとめてみようかな」

「やめとけ。お前が言ったら国が笑い死にする」

「なんだよ!」


 私は、はあっと一つため息をついた。

 けれど、少しだけ。

 ほんの少しだけ。

 この王子の瞳に、“智の火”が灯った気がして、悪くない授業だったと思った。

 しかし私は頭を振った。こんなクソガキ王子のことだ。どうせ別の火事を起こすんだろう。それでも、まぁ悪くない。教えがい(あそびがい)のある生徒だ。


 その後、誇張しすぎたかな、確かあの演説ってダンケルクとかそこらへんだったっけ……と不安になりスマホを取り出すも圏外だった。

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