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第17講 歴女と王子と繁栄の王と『エリザベス1世』


 王宮の庭、午後のティータイム中。


 私はいつものようにカーディガンを羽織って、優雅にミルクティーを飲んでいた……だが……。

 私の優雅なティータイムは、しなやかに現れたはずの一人の女性の"怒声"によって、まるで"ドンドンドン!"と大砲のような音を立てたかのように、あっけなく破られた。

 キッと眉を吊り上げ、目の前に立ちふさがったのは、あの王子に帝王学を教えている厳しい教育係、アシュリー氏。同じ教育係だが、あまり話したこともない。だが、たまにあのケイ王子が逃げ出すほどの厳しい王としての礼儀作法教育などをしているのを見かける。

 品のあるドレスに身を包み、整った巻き毛を揺らしてこちらを睨む姿は、まさに"正統派家庭教師"といった風情。


「もう……最近は"プロレタリア"だの"噴水池で沈没"だの、"変な予言"だの、"新聞で煽動"だのコヒロさんの教育は過激すぎでケイ王太子殿下にとっては悪い事ばかり……!

 ケイ王太子殿下に必要なのは、正しい国王としての教養です!」


「いやいや、むしろ全部、歴史人物からのちゃんとした教訓を教えてるつもりなんですけど?」


 私はむしろ自信満々に言い返すが、アシュリー氏は呆れたようにため息をついた。


「あなたは預言書のとおり、異邦から王子と、このトラディア王国を救う者として召喚なされたのですから、賢者らしく教師として、ケイ王太子殿下へ"正しく素晴らしい王になるための教養"を、しっかり教えなさい!」

 などと、厳しく叱られる。


 いや……私は、誤召喚されたただの歴史オタクの女子大生で、賢者でもなく、教師でもなく勝手にアホの教育係にされただけなんだが……


「でも……」

 アシュリー氏はすかさず、

「でもじゃありません!!」

 と、容赦なく、ばっさり斬り捨てられた私は、心の中でぐらっときた。

 そして──


「ぷっ」


 背後から、笑いをこらえる声。


 ふと振り返れば、ビスケットを食べていたケイ王子が肩を震わせていた。


「……ぷははっ、"正しく素晴らしい王になるように"なんて、コヒロに言っても無駄無駄!!」


「……おい、王子……いや、ケイ……。今、笑ったか……?」


「いやいやだってさ、"新聞王"とか"リアルオオカミ少年の王"とか教えてる奴だよ! 急に"優れた王になるための帝王の道"って言われてもさぁ〜、このコヒロにはわかんね〜よ〜!」


「……ほぉ……。じゃあ今日は、ちゃーんと"王国を繁栄させた王"の話で教育してやんよ!!

 波乱万丈! 国家を背負って、信仰も政治も戦争も全部渡りきった、孤高の女王の話をな!!!」


「は? だれ?」


「決まってんだろ! "エリザベス1世"だよ!

 ケイ、てめーが"王になるとは何か"を知りたいなら、彼女を見習え!」


「はぁ? 女王なんか教えて何にする気だよ? 僕は王様になるんだぞ。女王なんかそんな強くないだろ?」


 ケイ王子の発言に私は更にブチギレた。


「……こいつっ、あのエリザベス1世をバカにしやがってえ!!」


 私は、ティータイム中のケイ王子を抱え、急遽、講義室へ強制連行を開始。


「おい! コヒロ、何をするんだ! 降ろせ! ティータイムは大切な時間だぞ! 僕の大切な安らぎの時間が!」


「うるせえ! いっつも遊んでるじゃないか! 私の元いた国にはティータイムなんかない! エリザベス1世並みに24時間戦えますかだ! そもそもなんでフランスっぽいのにイギリス風なんだよこの国!! 今日はじっくりエリザベス1世で"教育"だ!!」

「うわあああ!!! 意味わかんない!! 助けてアシュリー先生ぇ!!」


 強制連行していくその後ろで、アシュリー氏はまたため息をつき、疲れたような顔をしていた。


  *


 王宮教室にて――



「さーて! 今日の特別講義は、真面目に"正しく素晴らしい王になるとは何か"についてだ。しっかり聞けよ、ケイ王子。絶対逃げるなよ? 逃げても捕まえるからな?」



 そして、私は黒板にでかでかと、

『エリザベス1世』

 と、書きなぐる。

 勢い余ってチョークがバキッと強い音をたてて折れた。


「い、いきなり怖ぇよ……て、てか、なんでそんなに怒ってんだよ……コヒロ……」


「お前がエリザベス1世に対して"女王なんか大したことねえだろ"って言ったからだよ!!!  

 あと、アシュリー氏から理不尽にめちゃくちゃ叱られたから!!!!」


「最後はもうただの八つ当たりだろ……!アシュリー先生に当たれよ……!」


 王子がビクビクと肩を震えている。

 だが私は止まらない。むしろ加速する。


「エリザベス1世はな、どんな状況に生まれたか知ってるか!? 

 母のアン・ブーリンは王の愛人からのし上がってついに王妃になったもののエリザベスを産んだが王女……つまり女。

 男は産めず流産を繰り返す……アンは王の寵愛……つまりひいきされていないとか思ったり……。まぁ、いろいろあったんだよ……!

 それを良い機会だと敵どもの陰謀でアンの弟ジョージ・ブーリン達が逮捕!

 そして王と結婚してたった2年の王妃アン・ブーリンも反逆、姦通、近親相姦及び魔術とかいうトンデモな冤罪で死刑判決を受け、ロンドン塔で処刑! つまりエリザベスは王女として誕生したが、2年半後に母を失った!

 そんな離婚してまでアンと結婚して平気でアンを見捨て翌日に別の女と結婚した、エリザベス1世の父であり王は暴君のヘンリー8世! ちなみに、このやばいってもんじゃないヘンリー8世はアン・ブーリン含め6人と結婚、離婚を繰り返している……。

(……この人達もいつかちゃんと教えたいな……)

 そして継承権も剥奪され、一時は牢に入れられた。兄王も、姉王も早くに死に、ようやく回ってきた王位だったの!」


「……なんか、この人……最初から重くない?」

 ケイ王子は少し悲しそうな表情になっている。


「さて、ここからが本番だ。女王エリザベス1世の戦いが始まる──。

 国は宗教で真っ二つ!

 プロテスタントとカトリックという、元は同じキリスト教だがこれも複雑な理由があって対立し、血の雨が降るレベル!

 ヨーロッパの列強国はどこも"女王だから弱い"って舐めてかかっていた。

 その状況で、彼女はどうしたと思う!?」


 ケイ王子は焦りながら頭を抱え、答えを絞り出す。


「せ、戦争を起こす……?」


「違う……"政治"さ。

 舐められたら終わり、信頼されなきゃ国は割れる。エリザベスは徹底的に“女王としての強さ”を演出した!

  婚姻も外交カードとして持ちつつ、どの国にもなびかなかった!

 通称"ヴァージン・クイーン"──"処女王"という神聖な存在として国家と結婚したってわけ!」


「国家と結婚って……そんなのあり!?」


「ありなんだよ!

 彼女の最大の武器は“孤独を受け入れて、国家を背負った”こと。 

 側近には優秀な部下を揃え、裏切り者は冷徹に処刑し、敵国スペインの無敵艦隊には、英仏連合に頼らず自力で勝利した!」


「え、あの“無敵艦隊”って、マジで無敵だったんじゃないの?」


「舐めるなよ。あれを倒したのが"彼女の統率力"だ。

 この時の彼女についた連中も英雄、偉人だらけだ。これらも後々教えるからな!

 さて……このときの名演説、聞くか? いや聞かせる! 本物の"国を導く王の声"を!」


「うわあっ! またコヒロのあのよく分からない憑依魔術だぁっ!」


 ケイの戯言を無視し、私はテーブルに立ち上がり、カーディガンの袖をまくり、エリザベスのごとく芝居がかった口調で演説を始める。


「私は、弱き女の身体を持っている。されど、我が心と胃袋は、イングランドの王としてのそれである――

 我が祖国を侵す者があれば、たとえ兵士と共に、戦い、死ぬことも厭わぬ!」


 私は一旦落ち着いて、

「……これが女王の覚悟だ。威厳も戦略も信頼も、全部、自分の身一つで勝ち取った……。

 結果、エリザベス1世の治世――いわゆる"エリザベス朝時代"は、イングランド史上でもっとも輝かしい黄金時代とされ、文化も芸術も貿易も全部伸びた……。

 つまり、"理想の王"なんだよ!!!」


 拳で机を叩く私に、ケイ王子はいつも通り、口をポカンと開けていた。


「……す、すげぇ……。てか、そんな王、いたのか……。しかも女の人で……」


「そうだよ。王の資質に性別なんて関係ない。大事なのは"国家を背負う覚悟"なんだよ」


「……なんか……なんか僕、すごくちっちゃく感じてきた……」


「ああ、実際ちっちゃいからな。身長も器も。……けど、だからこそ、学べるんだろ?」


「ぐぬぬ……ムカつくけど……なんか悔しくてカッコいい……!」


「素直でよろしい! さて……次は"絶対にやらかすなよ王子"のお時間だが……! 今回はフラグを立てさせてたまるか! また叱られるからな!!」


 まだ、エリザベス1世の講義は続く……。


  *


「……エリザベス1世は私掠船制度を利用して、海賊行為を公認してまで、スペインの無敵艦隊などを打ち破った。なお、この時に活躍したのが有名な海賊で提督で世界一周したりした航海者フランシス・ドレーク船長などが活躍した……。彼もいつか教えなきゃな……。

 そして、名実ともにイングランドを世界に誇る海洋国家へと押し上げた。ここまでが"戦い"の女王エリザベス、だ」


 私はひと息でそこまで言い切り、黒板にチョークで勢いよく線で引っかくと、とんでもない音が鳴る。


 キィイイイッッ!!


「ぎゃあああ!! その音やめろおお!! てかまだ続くの!?」

「ダマらっしゃい! まだまだエリザベス1世の凄さ……"経済と文化"の話が残ってんだよ!!!」


「おい!? な、なんで今回こんな長いんだよ!? いつもならこの辺で僕の感想言うって流れだろ!?」


「甘えるなぁぁ!! これは教育だ! 王になるってのはな! "耐えて長い長い講義に耐える"ってことでもあるんだよ!!! エリザベス1世の人生のようにな!!!」

「えええええっ!?!?」

 ケイ王子が絶叫する中、私は黒板に新たな項目を追加した。



『黄金時代の創出──文化と貿易』



「エリザベス1世の時代、ただ戦いに勝っただけじゃない。彼女は"内政"もめちゃくちゃ強かったんだよ! 商人たちを支援して海外との貿易を拡大、国庫を豊かにして国民を潤した。イングランド商業の黄金時代!」


「こ、国民まで……!」


「さらに文化! ウィリアム・シェイクスピア、クリストファー・マーロウ、ベン・ジョンソン……名前聞いたことないだろうが、これ全部“演劇界の大天才”たち!──彼らも後々教えるからな……ちゃんと覚えとけ──そう、エリザベス1世の支援で"エリザベス朝演劇"という文化の黄金時代が生まれた!」


「ま、まさか演劇まで……!? あの人、全部やってんの!? てか今回後々教える奴多くね!? なんなんだよ!?」


「全部だ!!!

 信仰の分裂も、貴族の陰謀も、疫病の流行も、借金の山も、全部受け止めて、国を繁栄させた!!」


 私は机をバンバン叩き、ぐっと身を乗り出す。


「彼女の治世は44年! 処刑も、陰謀も、裏切りも、戦争も、粛清も、ぜ〜んぶ乗り越えて! 死ぬまで"国家の象徴"であり続けた! これが国を背負う王の覚悟だよ!!」


 ケイ王子は、もはや椅子の背にのけぞりながら呟いた。


「……ながっ……今回……長くねえか……? なんなんだよ、マジで……」


「うるさい!! しっかり聞けぇぇッ!!!」

「うわああああああああああ!!!」

 講義室に、王子の絶叫がこだました。



 しばらくして、私とケイ王子は落ち着いた。


「……でも、すげぇな。ほんとに……全部、やったのか」


 ケイ王子がぽつりと、真顔で呟いた。


「そう。全部だ。生涯独身、寝る間も惜しんで、国を見つめ続けた」


 私はカーディガンの袖を直しながら、そっと言った。


「"王になる"ってのは、"全部を背負う"ってことだ。王子、お前は覚悟、あるか?」


 王子は、ほんの少しだけ目を伏せた。


「……ちょっとだけ、怖くなった。だけど、ちょっとだけ、かっけぇとも思った……」


「その感覚、忘れんな。尊敬と畏れの両方を知ったとき、人は"本当のリーダー像"に近づく……」


  講義室の空気が、しんと静まり返っていた。

 あれほど騒がしかったケイ王子も、今は妙におとなしい。


「……ねえ、コヒロ」


 その声はいつもより小さく、けれど、確かに熱を帯びていた。


「そのさ……その、エリザベス1世と周りの人とかエリザベス1世が女王の時の人たちの話……なんか、もっと……知りたくなった。

 なんでそんなに強かったのかとか、どうして全部を背負おうって思ったのかとか……」


 私は少し驚いて、王子の顔を見つめた。

 茶化すでも、呆れるでもなく、ちゃんと「誰かを尊敬する」顔をしていた。

 ……まいったな。

 この反応は、私の想定よりもずっと……まっすぐだった。


「いい心がけだな、王子。じゃあそのうち"ヴィクトリア女王"も教えてやるよ。エリザベス1世と並ぶもうひとりの"大英帝国の象徴"……そして最長在位のエリザベス2世……」


「えっ、また女王?」


「そう。あの大英帝国ってさ、なぜか“女王のときのほうが繁栄したり安定したりする”って言われてんだよな……──あっ、それ、ヴィクトリア女王のときに言われたやつだったな──なんか皮肉だろ? “女のほうが王国回すのうまい”ってね……」


 私はちょっと鼻で笑いながら、チョークを置いた。


 その瞬間、ケイ王子がピンと何かを思いついたように立ち上がった。

「よし……!」

「は? なに急に立ち上がってんだ」


「僕、ちょっと行ってくる!」

「おい、どこに!?」

私がは嫌な予感がして止めようとしたが、その予感を裏切って、

「決まってんだろ! 王になるための教養なら、アシュリー先生にもちゃんと聞かなきゃじゃん!」


「……は?」


「僕、今までアシュリー先生の授業、堅苦しいとか言ってサボってたり途中で逃げたりしてたけど……。その……今になって思うと、ちゃんと話聞いた方がよかったのかもなって。……思ったから」


 少し恥ずかしそうに目をそらしながら、それでも王子は言った。


「だって……エリザベス1世だって、優秀な家庭教師が何人もいたんだろ? その……"キャサリン・アシュリー"ってのも」


「あ、あれ私、家庭教師の話したっけ……?」


 私は少し先ほどまでやっていた熱血講義を思い出して、そして、ちょっとだけ笑った。


「……ケイ、お前今ほんのちょっとだけ、王子っぽかったぞ」


「は? 何だ!? 褒めてんのか? 馬鹿にしてんのか!?」


「褒めてんだよ。よし、行ってこい。

 でもアシュリー先生の前で"革命だー!"とか言うなよ? 絶対だからな?」

「わかってるってば!」

 ケイ王子は軽く手を振って、いつもより背筋を伸ばして教室を飛び出していった。

 その背中が、ほんの少しだけ……"未来の王"に見えた気がした。

 私は、ふぅ、と深く息をついて眼鏡をくいっと位置を戻し、

「……今日は私がブチギレて熱くなりすぎてやらかしてしまったな……反省反省……」


 午後の強い陽射しが、窓から差し込んで私には目を細めた。

「西陽が眩しい……。大英帝国(イギリス)……。太陽の沈まない国ってのはかなり色々やらかしてるんだけど……まぁ、それはまだだな……」


 私は乱れたカーディガンを整え、書き殴った黒板を少し眺めてから全部綺麗に消して、講義室から出ていった……。

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