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第14講 歴女と王子とリアルオオカミ少年と『周幽王』

 その日、王宮の西庭では、兵士が三人、全力で走っていた。

 召使いの女の子が泣いていた。

 衛兵詰所では、緊急警報の狼煙(のろし)用火薬が確認され、管理責任者が膝をついて天を仰いでいた。


「王子殿下が……! 王子殿下が“魔獣が城門を破った!”って叫んだのであります!!」

「しかし、門は無事では……」

「でも殿下が叫ぶと何かあるんです! 何度も……!」

「くっ、出撃の準備を! 詰め所に知らせ──」


「ストップ!!!」

 私はそこへ現れ、全力で叫んだ。

 あちこちで混乱していた兵士たちが振り向く。


「……またアホ王子です。今回は“演習”という名目の、ただの嘘です。はい、解散〜〜」

「え、またですか……」

「そろそろ部隊内で“アホ王子報”ってカテゴリー作りましょうか……」


 がっくりと肩を落とす兵士たちの間を、私はズンズン歩いていく。

 そして、花壇の陰で満足そうに腹を抱えて笑っている金髪の少年を、片手でむんずと引っ掴んだ。


「はははっ、見た? 全力で走ってたぞ! しかも一人、階段で転んで転がって……ってうわっ!? コヒロ!? ちょ、おいっ!」


 私の右手が王子の耳を器用につまむ。


「王子。そろそろ本気で殴っていい?」

「えっ!? 何で!? 演習だよ!? “危機管理能力を高めるための……”」

「周の幽王かよ……!」

「誰だよ!?」


 私は無言で王子の耳を引っ張りながら、石畳の廊下を教室へ引きずっていく。

 目撃した召使いたちが「またか……」という目で見送ってくる。


「ちょ、いってぇってば!! おい!! 僕王子なんだぞ!? え? なに? 誰の幽霊? おばけの話!? 違う!?」


「違う。お前みたいな、嘘で国を混乱させたバカ王の実話だよ。しかもオチは国滅亡だ」


「うわ……予告だけで後味最悪なやつだな」


「覚悟しとけ。今日のテーマは“リアル・オオカミ少年”、名を“周幽王”という──」


  *


 いつもの王宮教室。


 私はカーディガンの袖を捲り、片手を腰に、もう片方でホワイトボード(もどきの魔導黒板)を叩いた。


「というわけで、今回は“嘘をついただけで国を滅ぼした男”、周幽王(しゅうゆうおう)についてだ!」


「え、待って、最初からバッドエンド確定なの!? こわっ!」


「怖がってろ。そして肝に銘じろ。

 さて、舞台は紀元前8世紀の中国。“周王朝”の末期。幽王は、最も有名な“最後の王”だ」


 私はくるりと背を向けると、腕を組み、ひとつ芝居の空気を作る。

 次の瞬間──口調が低く、重く、そしてなぜか威厳たっぷりになる。


「――我は幽王。美しき后、褒姒(ほうじ)を得た。されど、この后、笑わぬ。いかに贈り物を与えても、舞を見せても、歌を聞かせても、微笑まぬ。……余は、悲しい……」


 王子が口を開く。

「……って、また憑依魔術だ……」


「集中しろ!! ここからが本題だ」

 私は再び、自分の声で説明を始めた。


「幽王は、美人の后・褒姒ほうじを溺愛していた。でも彼女は、めったなことじゃ笑わない。

 そんな中、ある時――戦争時に使う“烽火台(のろし)”に火を焚いたら、褒姒がクスッと笑った」


「……それだけ?」


「それだけ。でも幽王は“それだけ”に味をしめた。そこで、何度も何度も、嘘の烽火を上げては諸侯を呼び出したんだ」


「え、マジで!? 兵士とか諸侯とか、ガチの人たちが来るのに!?」


「そう。“戦だ!”と駆けつけた諸侯たちは、毎度のごとく“お妃が笑いました”で解散。

 当然、誰も信用しなくなる。

 そして──ある時、本物の敵が攻めてきたとき、誰も来なかった」


「……うわ、やっちまったな」


「ああ。敵は王都を攻め落とし、幽王は后ともども殺され、周王朝は実質的に滅びた。これが“リアルオオカミ少年”の末路。“嘘で国を遊んだ者”の、あまりに馬鹿すぎる歴史だ」


 私は黒板にでかでかと書いた。


『信頼は一度失えば、もう戻らない。』


「――王子」


 私は王子の方を見て、鋭く言う。


「兵士に嘘の魔獣通報。召使いに意味不明の“即時避難指令”。

 いいか、君がバカをやって笑ってるうちはまだいい。けれど、それが“慣れ”になったとき、誰も君を信じなくなる。そして、“本当に助けが必要な時”に──アンタは、孤立する」


 教室の空気が、静まり返る。

 王子が、ごくりと唾をのんだ。


 講義終了後、王子は妙に静かだった。

 ふだんなら茶化してくるところなのに、机に肘をついて考え込んでいる。


「……そのさ。周幽王ってさ……もともと、バカだったの?」


「うーん。記録上、思慮深かったとは言いがたいね。でも、決定的に“人の信頼”を軽んじたんだ。

 一度だけじゃない、繰り返した。あれはもう“癖”だったのかもね」


 王子はちらりと私を見る。


「僕、そこまでバカじゃないよな……?」


「まぁアホには変わりないが。多少自覚があるだけマシだ。

 でも、“嘘をついて楽しいと思ってるうちに、国が壊れる”って、実際にあった話だ。遊びと政治の境目、意外とあっさり超えるんだよ」


「……気をつけるよ」

 珍しく、真面目にうなずいた。


 お。今回はちゃんと響いたか? これは珍しい……と思った。

 が、私はその感心は早くも崩れ去った。


  *


翌朝・王宮厨房前


「ぎゃあああああああああああああああああっっ!! 毒ーっ!? 毒が盛られてるううう!!」


 召使いたちの悲鳴が響いた。

 私は呆然と立ち尽くす。


「……え? また何か起きたの?」

「アホが……王子殿下が、“このスープ毒入ってるかも! 僕、勘が鋭いから!”って言って回って……」


 衛兵や宮廷医が総出で味見し、調査し、厨房は大騒動。

 そして、コヒロは全力で走った。


  *


王宮裏庭


 芝生の上、例によって例のごとく、王子は木に登ってバカ笑いしていた。


「ははっ、だって面白いじゃん? 周幽王だってさ、“人が焦る顔”が面白かったんだろ?」

「お前……」


 私は無言でスニーカーを脱ぎ、王子目掛けて投げつけた。

 乾いた音を立てて王子の頭に直撃する。


「いったああ!? 暴力反対! 暴力教師!」

「バカ王子!! 二度とその名前出すな! 自分から幽王になりに行くな! コントじゃないんだぞ!」

「でもでも、ちょっとは“国の危機”っぽい反応だったし――」

「次は私がリアルで王国滅ぼすぞ!!!」


 こうしてまた一人、歴史を教わった王子は、

 それを活かすどころか変な方向にパクって爆走したのであった。

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