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第13講 歴女と王子と極地と『ロアール・アムンゼン』

 その日、私はちょっと驚いていた。


「コヒロ、今日はさ、探検家とか、冒険家の話をしてくれないか?」


 ……誰がこのアホ王子に“知的っぽい目”を装う技術を教えたんだ。


「え、なに。いきなりどうした。

 魔王のダンジョンでも探しに行く気か? それとも穴掘って“古代王国の秘宝”でも見つけたいとか?」


「ちげーよ! 昨日な、王宮図書室で子供向けの冒険記を読んだんだよ。“極地を目指した男たち”ってやつ! 氷の大地、空腹、仲間と支え合う旅路……読んでたら、なんか……燃えてきた!」


 そう言って、王子は拳を握る。


「僕も! 世界の果てに行って! でっかい旗を立てて! 名を残す! そんな王になりたい!」


 ……ああもう、目がキラキラしてやがる。

 こういう時のこいつは、だいたい危ない方向に走る。


 私は溜息をひとつついて、立ち上がった。


「よし、じゃあ今日はその熱が消えるくらい、“ガチな探検”の話をしてやろう。

 ――名は、ロアール・アムンゼン。人類で初めて、南極点に到達した、氷の英雄だ」


「おおっ! 面白そう! ……南極って、どこ?」


「私のいた世界で、寒すぎて、何もない極地だ。だからこそ、命を賭けて挑む意味があったんだよ」


  *


王宮教室──


 私はお馴染みのカーディガンを翻し、教壇に立つと、ピシッとチョークを黒板に走らせた。


『Roald Amundsen

1872–1928

――極地の勝者にして、沈黙の戦略家。』



「さて、王子。さっき“冒険に憧れた”って言ってたな。

 その気持ちは悪くない。だが、アムンゼンは“ロマン”だけじゃ極地を制せないって教えてくれた」


 私はゆっくりと視線を王子に向け、語気を強める。


「――ロアール・アムンゼン。彼はノルウェー出身。もとは医者になる予定だったけど、憧れたのは海と氷。

 彼が初めて名前を上げたのは“北西航路”の踏破。北極海を船で横断した最初の人類だった」


「北も南も攻めてたのかよ! 方向音痴だったのか?」


「逆だ。地図の白い部分をすべて埋めてやろうっていう、世界最強の執念深さだよ」


 私は机の上に立ち、いつもの“憑依モード”で声色を低く、鋭く変える。


「我が名はアムンゼン。南極を制するのは、我々ノルウェー人だ。

 極地を征するには、準備、研究、戦略、そして“沈黙”こそが鍵――」


 チョークの先で点を打つように言葉を区切る。


「彼は、当初“北極点”を目指すと言っていた。だが、直前で予定を変更。

 なんと、南極点に向かった。イギリスのスコット隊が目指していたところを。それを誰にも言わずに、だ」


「え、ズルくない? だってイギリスのスコット隊も目指してたんでしょ?」


「ズルい? 違う。彼は勝つために沈黙した。なぜなら――」


 私は黒板に大きくこう書いた。


『南極に“2位”は存在しない。』


「死ぬか、生きるか。到達するか、途中で凍死するか。

 “あっちの隊はどうする?”なんて配慮は、極地じゃ命取りなんだよ」


 私は身振りを交えながら言う。


「食料の配分、犬ぞりの訓練、衣服の設計、氷原の読み。

 アムンゼンは全部“科学”と“経験”で考え抜いた。

 一方で、スコット隊は理想主義で無謀な装備を選び、馬を連れて行ってしまった。

 結果は――」


「……アムンゼンの勝ち、か」


「そう。そしてスコット隊は、全滅した」


 教室が静まりかえる。

 ケイ王子は、珍しく姿勢を正して、私の顔をじっと見ていた。


「彼の偉大さは、“最初に着いた”ことだけじゃない。

 誰も犠牲にせず、仲間を一人も死なせず、完璧な撤退まで成し遂げた。

 それが、“ロマン”じゃなく“現実”の探検家。

 それが、“生きて戻る覚悟”を持った男、アムンゼンなんだよ」


「……ふーん、なるほどなあ」


 講義が終わっても、ケイ王子は珍しく黙り込んでいた。

 椅子に座ったまま、膝を抱えて天井を見上げている。


「……勝った方だけが、生きて帰って来れるんだな」


 おい、今日はやけにしみじみしてるじゃないか。成長したか? とうとう知性に目覚めたか?


 ……などと思ったのも、つかの間だった。


  *


 ――その日の夕方。


「よし! 我が冒険の初陣はここからだァッ!! 目指せ南極、王宮冷凍室!!」


 厨房の奥にある大型冷凍貯蔵庫。その奥深くに潜り込んだケイ王子が、氷の肉の間に毛布だけ持って立て籠もったと聞いたのは、その直後だった。


「なんだこれ……本当に寒っ……手ぇ……動か……っ……ぐぅ……す……す……スミ……ス……ちょ、まっ……ホント……凍……ぶる……」


 ──数分後、厨房メイドの叫び声とともに、完全に身体がカチコチになったケイ王子が、氷漬けのマグロと一緒に医務室へ搬送されていた。


「体温、下がりすぎてます!!」

「なぜ王子が冷凍牛の下敷きに!?」

「ちょ、これはアカンやつや!!」


 私は、その様子を廊下の隅から見ながら、深く息を吐く。


「……せめて冒険する前に“装備と準備”って言葉を覚えてからにしろよ……。あと冷凍庫を“極地”に見立てるセンスどうかしてる。アムンゼンの伝説も泣いてるわ……」


 そして私は、すっかり氷まみれになった王子が毛布にくるまれて運ばれるのを横目に、

 心の中で一言、呟いた。


「……今日の講義、やっぱり“届いたようで、届いてない”……アホの教育は大変だ……」

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