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第11講 歴女と王子と自由すぎた天才 と『ヴォルフガング・モーツァルト』

 王宮の音楽室。


午前中の講義は終わり、楽器が整然と並ぶ部屋で、ひとり王子がピアノ(クラヴィコードに似た異世界楽器)に向かっていた。


「……できた!!」


 自信満々にそう叫ぶと、ケイ王子は自作のメロディ(?)を鍵盤で披露しはじめた。


 ♪ ズンチャカズンチャカドーーン! ポローン、パッカーン!


 あまりの不協和音に、私は眉間にしわを寄せる。


「…………」

「ふふん! どうだコヒロ!! 天才のセンス、聴かせてやったぜ!」

「……えーと、それ、どこの戦場の音?」

「は?」

「……ごめん、褒めてほしかったの? 残念だけど、それ“音楽”じゃなくて“事故音”だったわ」

「なっ……!? 音楽は自由な表現だろ!? 好きなように作って何が悪い!」


 私はため息をつき、カーディガンのポケットからスマホを取り出した。


「いいか王子。“自由に作った”のに、聴く人の心に響く。それが“本物の天才”なんだよ」


 私は久々にスマホを開き、音楽フォルダからモーツァルトの曲を探し、再生ボタンをタップ。

♪ ──モーツァルト《ピアノソナタ第11番「トルコ行進曲」》が流れる。

「……な、これ……」


「モーツァルト。5歳で作曲。6歳で宮廷で演奏。でも、そんな彼ですら“自由”を貫いた結果、世界から浮いて、苦しんだ」


 私はスマホを置いて、指を胸元に当てる。


「よし。今日は話そう。“自由を愛しすぎた天才”――アマデウス・モーツァルトの物語を!!」


  *


王宮教室にてーー


「ちょっ……! 待てコヒロ! 腕ひっぱんなって!」

「口で言ってわからんやつは物理で連れてくしかないんだよ!!」

 私は抵抗するケイ王子を容赦なく教室の椅子に叩き込むと、チョーク片手に黒板へ向かう。

「さて、王子。今日はその調子に乗りすぎた耳に、“本物の天才の音”ってやつを教えてやる」


 チョークを走らせ、黒板にこう書く。

Wolfgang Amadeus Mozartヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト


「こいつが、今日の主人公だ。天才にして奇才。世界が認めた“音の魔術師”だよ」


 私は手をパンと叩き、声色を一変させる。


「さあ始めよう。“天才”の人生ってやつをよお!」

「もうまた憑依魔術だよ……」


 呆れてるケイ王子をガン無視し、私は、いつものように芝居がかった口調で語り出す。

「彼は、わずか5歳で作曲。6歳でヨーロッパ各地を巡る音楽ツアー。演奏する先々で“神童!”と叫ばれ、王侯貴族に絶賛されたのだ」


「え、マジで? それって……僕が昨日思いついた“王子ラップ”よりすごくない?」

「比べるな。お前のはアホの音頭だった」

「ひでえ!!」


 私は無視して続ける。


「でもな、モーツァルトは“可愛い子ども”として扱われたのは子どものうちだけ。

 成長していくと、周囲は“神童”に幻想を抱きすぎて、ただの天才青年を受け入れきれなかった」


「うわ……急にリアルなやつ来た……」


「彼は自由を愛しすぎた。だから、宮廷音楽家の規律や制約を嫌った。ハプスブルク家のウィーンでも揉めたし、上司と口論してクビにもなった」

「ま、まぁ僕もちょっと似てるかもな……上に従うのって苦手……」

「けど彼は、そんな“生きづらさ”を全部、音楽にぶつけた。

 クラシックでありながら遊び心満載。ふざけたリズム、予想外の転調、でも心に残る旋律。

 “軽さと深さ”を同居させた奇跡の音楽家、それがモーツァルトなんだよ」


 私は黒板に大きく書く。

『軽薄さと深遠さは、同じ魂から生まれる』



「王子。モーツァルトの凄さは、才能や音楽だけじゃない。その“ぶっ飛び具合”も、別格なんだ」


「ぶっ飛び……?」


「たとえば、貴族の前でも平気で下ネタ満載の手紙を書いて、ふざけ倒したり。大真面目な演奏会の直前に、犬の真似して吠えて走り回ったり。でも、演奏が始まった瞬間、神がかりの集中力で超絶技巧を披露する。

 “おふざけ”と“神域”の間を、平然と行き来できた男だった」


「……バカなのに天才って、一番ムカつくやつじゃん!!」

 私は即座に指をさして言い返す。

「お前も天才級のアホだし、だいぶムカついてるけどな?」

「ひでぇ! でもちょっと納得しかけた自分がさらに悔しい!」

「黙って聞け。天才の音を。彼の音楽を聴けば、“ああ、やっぱりこいつは天才だ”って、誰もが黙らされる」


 私はカーディガンのポケットからスマホを取り出す。

 もちろん異世界では通信などできないが、音楽フォルダの中には名曲が数曲保存されている。


「……さて。百聞は一見にしかず。王子、アンタの“戦場ピアノ”とは、桁が違うってこと、耳で確かめな」


 私はプレイリストから、モーツァルトの代表作を順に再生する。


♪ ピアノ協奏曲第21番 第2楽章──

 柔らかな旋律が、空気のように静かに部屋を包み込む。


♪ オペラ『フィガロの結婚』序曲──

 元気に駆けだすようなリズム。幕が上がる高揚感を音で表したような序曲。


♪ レクイエム ニ短調──

 死の間際に書かれた、魂の音楽。闇と光の狭間を漂うような旋律。


♪ そして……《トルコ行進曲》──

 軽やかに、力強く、跳ねるような躍動感。

 遊び心と技巧が絶妙に融合した、誰もが一度は耳にしたことのある名曲。


 王子はじっと耳を澄ませていた。

 笑わない。茶化さない。途中で口を挟まない。

 モーツァルトの音楽は、王子の知ったかぶりすら、一時停止させてしまうだけの力を持っていた。


「……なにこれ。なんか……身体の奥がゾワゾワする。なのに、気持ちいい。変な感覚」

「そう、それが“モーツァルト現象”ってやつさ」

「それはお前が今、思いつきで言ったやつだろ!」

「……まぁ、だいたい合ってる。でも本当に、彼の音楽には“脳を整える効果”があるって研究もあるんだよ。ふざけてるのに繊細で、軽そうなのに深い……。それがモーツァルト……」


 私はスマホをしまいながら、ぽつりと呟いた。


「……音だけが、“死”を超えて届く。モーツァルトは、それを証明した天才だった。自分の死をも曲にして、世界に残したんだ」


  *


翌朝──王宮の中庭にて


 モーツァルト講義の翌朝。

 私は中庭のベンチで紅茶をすすりながら、のんびりした時間を味わっていた。


「昨日は珍しくまともに響いたな……王子も少しは成長したか……」


 と、そこへ——

「ふふふ……さあ皆の者、聞けい! これが天才・ケイ・D・チャールズ17世の音楽であるぞ!!」


 ドンッ! と何かが転がる音とともに、芝生の向こうからケイ王子が登場。

 上半身裸でマントをたなびかせ、肩には妙な鳥の羽飾り、腰にはキッチン鍋の蓋をぶら下げていた。


「何だその格好!? どこで拾ってきたの!?」


 その姿のまま、王子は王宮備品の鍵盤楽器(クラヴィコード的なやつ)に駆け寄ると、


「“軽やかで深い調べ”を、僕なりに再現するぞぉぉ!!」


 ──ドチャチャチャチャ〜〜ン、ズゴォン、チャッチャッポ〜ン!


「モーツァルトをなめんなああああああ!!」


 私はベンチを蹴って立ち上がり、全力で王子に飛びかかる。


「ぎゃっ!? 暴力反対!! アートには自由が!!」

「その自由には責任ってもんがあんだよ!!」


 衛兵や使用人が、遠巻きにざわつくなか、

 私は王子のバケモノ即興を止めようと本気で格闘していた。


天才の音楽は、心を動かす。

けれど、それを履き違えるとただの迷惑になる。

……まぁ、それでも。

ほんの少しでも「本物」に触れて、自分なりに“何かを作ろう”としたってことは——

進歩なのかもしれない。いや、多分、たぶん、きっと。……たぶん。


……それにしても、

王子、お前……モーツァルトより奇行の才能ありそうなんだよな……。

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