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第9講 歴女と王子と化石と『メアリー・アニング』


 王宮・中庭──。



 今日は珍しく、ケイ王子が地面にしゃがみこんでいた。

 掘ったばかりの花壇の片隅、なにか手のひらほどの石を拾い上げて、じっと見つめている。


「コヒロー! 見ろよ、これ! なんかぐるぐる模様ついてる! これ、もしかして……伝説の石かも!」


 私は、その石を覗き込み、即答した。


「それ、アンモナイトの化石。たぶんレプリカ。園芸用によくあるやつ」

「……はぁ? なんでお前そんなことまでわかるんだよ」

「ていうか、伝説の石ってなんだよ。どこのRPG脳だお前は。ここ異世界だったな……」


「えー! だって石ってすげぇのとかあるだろ? ……それを見つけたら、やっぱ名を残せるじゃん!」


 私はため息をひとつ。


「名を残したいなら、まず“見る目”を養え。じゃないと、本物の“すごいやつ”を踏みつけてスルーする人生になるぞ」

「ふーん。じゃあその“すごいやつ”を見分けられたやつって、どんな人だったんだよ」


 私は、すっと片手で前髪をかき上げて、カーディガンの裾をなびかせる。


「そうだね。じゃあ今日は――

 “本物の見る目”で時代の常識を変えた発掘者、メアリー・アニングについて、語ってあげようか。

 ……よーく聞け、王子。ここ、試験に出るぞ!!」

「試験!? ないけど!? ってかまたノリで決めたな!?」



  *



 王宮内、いつもの教室ーー



 私は教室の机の上にすっと立ち、まるで演壇のように足を開き、語り始めた。


「時は18世紀末、場所はイギリス南部の海沿いの町、ライム・レジス。海風が吹きすさび、崖が崩れ、石が落ちる。だがその崖の中には、“過去”が眠っていた――」


 私は目を細め、指をぐるりと円を描くように回す。


「メアリー・アニング、誕生。家具職人の父と母のもとに生まれ、兄とともに暮らす。家は貧しい。教育も受けられない。けど彼女には、ある“特別な力”があった」

「え? 魔法?」

「バーカ。観察眼だよ。物の形を見抜く目。そして、“わからないものを調べたい”っていう、止めようのない好奇心」


 私は身を屈め、まるで少女メアリーになりきったように、芝居を続ける。


「……ねえお父さん、この石、貝の形してる。これ、なんの“あと”なの?」


 その質問が、すべての始まりだった。


「父親が言った。“これは、はるか昔の生き物の形。石になった化石だよ”と」


「ほう、そこから化石マニアになったと」


「そう。まだ幼かったメアリーは、父と一緒に崖のふもとで化石を拾いはじめる。

 アンモナイト、ベレムナイト、奇妙な骨のかけら……。

 だけど、父が病で亡くなったあとも、彼女は一人で掘り続けた。少女の手で、風と崖と時間を相手にして」


 私は机の上にしゃがみこみ、小さな手で何かを掘り出すような仕草を見せた。


「そして――1811年。12歳のとき。彼女は、見つけてしまう。世界初の“海竜”の全身化石、“イクチオサウルス”を!!」


「えっ!? 12歳!? そんな僕と同じくらいの女の子が!?」


 ケイ王子が思わず叫ぶ。


 私は、そのまま得意げに続けた。


「本物の“見る目”ってのは、年齢や立場じゃない。

 彼女の目は、歴史を掘り起こしたの。王子、お前にできるか? ただの石から、太古の生命を見つけ出すことが」


「う……うるさい! 僕だって頑張ればできるし!!」

「じゃあまず、化石と排水管の違いを見分けられるようになってからな」

「くっそぉ〜〜!」



 私は椅子の背もたれに片足をかけ、腕を組んでふっと笑う。


「さて。彼女が発見した“イクチオサウルス”は、学会を震撼させた。だがな。手柄を取ったのは――貴族の男どもだった」


 私は低く、静かに言葉を続ける。


「発見したのはメアリー。でも、化石を買い取って“発表”したのは上流階級の男。

 女性で、しかも学歴もない庶民。

 その彼女の名前は、学術論文に“載らなかった”。」


「……ズリぃな、それ……」


 王子が、珍しく真面目に呟いた。


「そうだな。ずるいし、不公平だし、腹が立つ。でも、メアリーはそれでも掘り続けた。“見たいから”“知りたいから”“気になるから”」


 私は自分の胸をポンと叩いた。


「彼女にとって、名誉も名声も関係ない。ただ、“見えない世界”を知りたい。その一心だったんだ」


「……化石に命をかけるって、ほんとにあるんだな……」

「あるさ。“本物の知識欲”は、飢えにも差別にも負けない。王子、お前にそれがあるか? 評価されなくても、やりたいって思うことがあるか?」

「……僕は……まだ、よくわかんねぇけどさ」


 王子は天井を見上げて、しばらく黙っていた。


 しばしの沈黙ののち、ケイ王子がぼそりと呟いた。


「……なんかさ、石ころ拾ってただけなのに、“歴史を変えた”って……。ずるいよな、カッコよすぎる」


「“拾ってただけ”って言うな。血と泥と崖まみれだったわ」


「でも……なんか、いいなって思った。

 誰にもすごいって言われなくても、自分で“すげぇ!”って思えたら、それだけで続けられるって……。

 ちょっとだけ、羨ましいかも」


 私は思わず口元をほころばせた。


「ふーん。意外とわかってんじゃん、ケイ王子」


「ふふん。僕だって成長してるからな!」



 “知の探究”は、名声や権威のためにあるんじゃない。

 “気になって仕方がない”という欲望の延長線にある。

 それを教えてくれるのが、教室でも王宮でもなく、海辺の崖っぷちで石を拾い続けた、ひとりの女の子とその愛犬だったりする。


「……まぁ、問題は“お前がそれをどう使うか”ってとこなんだけどな……」



  *



 翌朝。王宮の中庭。


「掘れー! 掘れ掘れ掘れーッ! 王子の命令だァ!!」


 衛兵や召使たちがスコップを持って庭をぐちゃぐちゃに掘り返している中、指揮を執る金髪の少年がいた。


「今日ここで! 新種の恐竜が出る予定なんだ!!」

「いや出ないよ!?!?!? 何を根拠に化石発掘始めてんの!?!?」


 私は駆け寄って王子の首根っこを引っ張りあげた。


「いてててっ! ちょっと! 知の探求ってそういう話だったろ!? “気になることをやれ”って言ったじゃん!!」

「“考えてからやれ”とは言ったが、“王宮の芝生を全力で掘り返せ”とは一言も言ってねぇ!!」


 私は天を仰いだ。

 遠く、庭師の悲鳴が聞こえた。


 ……この調子じゃ、“新発見”より先に“失脚”されそうだな、このアホ王子。

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