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第0講 間違えたかも?〜異世界召喚と歴女と魔導師の預言書と獅子~

 ……目が覚めたとき、まず思ったのは「あっ、飲みすぎた」だった。

 頭は重いし、口の中は金属みたいな味がするし、背中が石。っていうか、ここ石?


「ん……っつー……え?」


 私、確か昨日——じゃなかった、もう今日?

 ゼミの飲み会で、誰とも会話せずに隅で一人黙々と資料読みながら酒煽って……そのまま帰ったと思うんだけど。

 なのに今、私が寝転がってるのは、明らかに地下牢か儀式場っぽい場所で。

 ……しかも、私をぐるっと囲むように、まるで世界観が違うローブをまとった怪しい老人たちと、鎧を着た兵士たちが、固まったように見ていた。

 そして、一人——装飾過剰でやけに重そうな王冠みたいもんを被った白髪の男が、ゆっくりと歩み寄り、口を開く。


「……その者が、預言の“導師”か?」


 しばしの沈黙。誰も答えない。

 ただ、杖を持った一人の魔導師風の老人が、一歩前に進み、咳払いした。


「こ、これは……想定外の姿にございますな。だが、たしかに召喚の術式は完成しておりましたぞ、陛下」

「……見たところ、女か? 女に見えるが……」

「陛下、性別にこだわることは……預言書には、“性に依らぬ”と……」

「だがこの者、服装も奇妙だ。異界の者にしても、妙にこう……浮かれておるというか、力強さが……」

「陛下、まずは……まずはその者に、名を問うてみては?」


 そのやりとりを、私は黙って見ていた。

 ……いや、いやいやいやいや。

 あなたたち今、全力で“間違えたかも”って顔してますよ!?

 しかもなに? さっきから“導師”? “予言”? “術式”?

 えっ、ちょっと待って、これって、まさかだけど——


「……あの」


 全員が、ピシッとこちらを見た。


「とりあえず、私、あんまりこういうロールプレイには慣れてないんで、わかりやすく説明してもらえます?」


 その瞬間、杖の魔導師が小さく叫んだ。


「しゃ、喋った……! 召喚体が……意思を持ち、言葉を理解している……! 異界の、知の器が……!」


 そして、周囲の魔導師たちが一斉にどよめいた。

 なんかもう、ラボで珍しい細胞反応が出たときの研究員みたいな反応だった。

 過剰装飾の王が、重々しく、

「……異界の者よ。汝の名を申せ。汝、我が王国の王子に“智”を授け、未来を導く宿命を持つ者なりや?」


 ……うわ、出たよ。典型的な“世界を託すパターン”。

 「なりや?」って人狼ゲームでしか聞いたことないよ。やったことないけど……。

 しかも、確認の前に託す方向で話が進んでいる。危ない。歴史上、このタイプの国、だいたい滅びているんだよ。


「えーと、はい。猪俣古尋いのまたこひろ。二十歳。大学二年。文学部歴史学科。ただし、“未来を導く”とか、“世界を救う”とか、そういう就活はしてませんが……」


 王と魔導師たちが、再びざわざわと混乱する。


「“しゅうかつ”……? 何の話だ?」

「“れきし”という言葉が出たぞ……! 預言書に通じておるかもしれん!」 


 ちょっとした言葉が、謎の解釈フィーバーを起こしている。

 マジでこの人たち、大丈夫? 異世界の知識以前に、読解力が心配になってきたぞ……。

 そして、魔導師の一人が私の目の前に、重厚な古文書を広げて見せた。


「ご覧ください、“預言書”にございます! “異界の歴史を知る者、異なる文を読むべし”と……!」


 差し出されたそれを、私はちょっと首を傾げながら覗き込んだ。

 ラテン語と、崩れた英語が入り混じった、めちゃくちゃな文章。

 しかも文法構造が、明らかにGoogle翻訳初期バージョン。


「……うわ、雑。動詞の活用も時制もガタガタ。主語どこ行った。冠詞迷子じゃん」

「な、何を言っているのだ?」

「……まさか、読めるのか?」


 私は、肩をすくめて言った。


「読めるも何も、これ……中世ヨーロッパの“神秘系キメラ文書”ってやつでしょ。構造からして偽書の系譜。たぶん、真面目に書いたつもりの人がいたんでしょうけど、文献史的には“ぶっ飛び迷作”扱いっすね。ここはナーロッパか? いや、昨晩の飲みすぎで迷い込んだ新型の大人向けキッザニアか? それにしてはいい加減な預言書……。何故か西暦だし……」


 魔導師たちが、息を呑んで後ずさる。

 王は、明らかに眉をひそめている。

 私は、淡々と付け加える。


「……要するに、こんなもん信じて私を喚んだんだったら、相当間違えてますよ」


 静まり返る王宮地下。

 そして、間を破ったのは、一人の少年の声だった。


「——ふーん。じゃあアンタ、ハズレ召喚の賢者もどきだったってこと?」


 声の主を見やると、そこには——まだ幼さの残る、金の髪の少年。

 軽薄そうな笑みと、鋭い緑色の目をした子どもが、石の階段に座りに膝に頬杖をついて、私を眺めていた。

 ああ。こいつが、「王子」か。

 その瞬間、私の中で、何かがぶちんと切れた。

 大学の教育演習で、空気を読んで全てを引っ込めてきた私。

 大学のキャンパスの端や、大学図書館の目立たぬ場所で静かに本を読み耽っていた私。

 “おとなしくしてればいい”って我慢してきた私。

 今、この小生意気のガキの王子の一言で、それら全部がまとめて火にくべられた。

 思い知れ。教育の力を。歴史のカオスを。

 私は、すっと目を細めて、ゆっくりと言った。


「じゃあ、まず教えてあげてやろう。クソガキ王子」


 兵士が怒り前に出て、

「無礼者! ケイ・チャールズ王太子殿下に向かってなんという言葉を!」


 ケイ王太子殿下と呼ばれたこの生意気なまだ小学生ほどの王子は、兵士を下げ、

「いいんだよ。この者を話を聞いてやるのも、僕が王になるための試練なんでしょ? で?」

「じゃあ、まずお教え差し上げよう。ケイ・チャールズ王太子殿下。“無知な権力者がどれほど危険か”を、歴史で」


 王子が、鼻で笑った。

「へー。じゃあ僕は何? その“危険な権力者”ってやつになんの?」

「ええ、その態度を改めないで進むと間違いなく」


 私は、眼鏡を整え、崩れたカーディガンの裾を翻して一歩前へ出た。

 周囲の兵士が身構える中、魔導師たちがざわめく。


「……何をする気だ、この者は……!」

「“講義”だよ。召喚の理由が“教育”なら、始めるしかないでしょう?」


「な、なんだよ! お前は!」

 私の威勢に少し怯んだガキンチョ王子をまっすぐに見据えて、言った。


「ふっふっふ。じゃあ、ケイ王子。まずひとつ教えてあげる。“権力者の無知ほど、歴史にとって危険なものはない”……by ウィンストン・チャーチル」


 王子が、きょとんとした顔で私を見る。

「チャーチル?」


 そうして、私は胸に右手を当て、低く、響くように語り出す。

「――1940年、ヨーロッパ。国を滅ぼす寸前まで追い込まれた一国に、一人の男が立った。誰からも嫌われ、罵られ、それでもなお前に出た。そう、その男こそ、ウィンストン・チャーチル」


 私は、静かに笑った。

 王や召喚した魔導師たちも引き気味なのは分かっている。こういうのも慣れている。


「ふふっ……あのチャーチルも存在しない本当の異世界だとは……。まあ、いい。だったら教えてあげよう。さぁ……喚ばれたからには、最初の講義だ。政界一の嫌われ者にして、国家の命運を背負った——世界を救った“最後の演説家”の話をよお!」


 異世界の空気に染まりつつある私の演技ががった大声が、石造りの空間に反響する。さながら獅子の咆哮のように響く、響く。

 響きすぎな気がする。

 さて、この異世界の間違って召喚されただろうが、やってやろうじゃないの。

 魔法でも、剣でもなく。

 歴女なりの言葉の魔術師のごとく、“言葉”でこの王子の心を動かす講義が、今、この異世界で開講である。

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