episode 9 懐かしい話
第九話目です!
「何をすれば、良いんです?」
凛は恐る恐る尋ねる。
まぁ、流石に皇帝も大人なのでバカな真似はしないだろうが…いや、結婚してくれといきなり言ってくる前科がある。
「最近、他の妃のところへあんまり行ってないもので欲求不満でね」
なら、他の妃の元へ行けよ。と言いたいところだが、黙って聞く。
「だから、そなたにはちょっと欲求不満を解消する手助けをしてほしいな」
「他の人でなされては?」
「お前じゃないとダメだ」
また、このセリフ。
私に他の人よりも良い面はないと思う。
ひとつ言えるなら、顔が平均よりも上かなぁと思わなくもない。
まぁ、他には歌が上手いとか。
なんてことは言えないので凛は静かに皇帝を見る。
皇帝は自分の襟元を緩ませた。
仕方ない。
妃になったからにはいつかしないといけないことなのだ。
覚悟を決めた凛だったが、そんな凛を見て皇帝は興味を失ったかのようにそっぽを向く。
「やっぱり、他の妃のところへ行く」
気分屋か。
皇帝は自由だなとつくづく思う。
だが、その自由を許されるのも皇帝だ。
今回の行動を誰かに言ったとて、咎められることはなかろう。
それが皇帝。
「私は帰る」
「はい」
皇帝は本当に帰っていく。
小さく安堵のため息をつく凛を尻目に皇帝はいきなり扉の前で立ち止まった。
「……___悪かった。お、俺も反省している」
振り向くことはなかったが本当に反省しているんだろうな、とその後ろ姿から分かった。
「…はい」
凛は小声でそう返した。
華羅国の皇帝、紫華はとても美しいと言われて来た。
だが、本人はあまり妃のもとへ行かない。
その理由は好みがいないからという何とも自分勝手な考えで通わないのだ。
そんな所に毎日でも会いたくなるような妃がいれば理性のたがも外れよう。
「好きかぁ」
この間、初めて“俺”という一人称を使えた。
かなりの進歩だと思う。
「強引にしてしまったから、今度は少し期間をあけて会いに行こう」
懲りない紫華という皇帝がいた。
「やっほー凛!」
「いきなり馴れ馴れしくならないで、ちょっと怖い」
やたらテンションが高い俊風に向かって言う。
俊風と話す時は大体、花が綺麗な庭の中にある東屋だ。
「良いでしょ。二人しかいないんだから。…でもそう言えば侍女は連れてないの?」
「うん。ついて来ないように言いくるめてる」
「それ、怪しむでしょ」
俊風の喋り方が随分変わったものだ。
何だか、気持ち悪い。
「皇帝と……してると思ってるんです」
凛は小声で俊風に囁く。
「…ん、それはなるほど」
頰を微かに赤らめて俊風は呟く。
二十歳くらいに見えるが中身はまだ未熟なのかもしれない。
「それよりも私、俊風と話したいことがあったんです」
「もしかして、子供ができた!?」
「なぜ、そうなるんです?」
未熟なのか何なのか分からない。
凛が話したいことというのは…。
「元いた世界の話について話しませんか」
「ほぉ、それはゲームとかスマホの話とか?」
「懐かしい単語…」
涙が溢れそうだ。
ここに来てから、こちらの話しかしていなかったので懐かしい話がしたかった。
「なら、何の話する?」
「スマホとか!」
「じゃあ、スマホの人気ゲームの話だけど…友達が___…」
それからしばらくその話で盛り上がった。
「この前、映画に行ったんだけど…」
「…あー、それ見る前にこっちの世界に来たやつ」
とても惜しいという顔をしていたので、内容を教えてあげた。
もちろんネタバレしても良いと言われたからである。
気がつけば、辺りは暗くなり烏が鳴いていた。
「久しぶりに話せて楽しかったよ。ありがとう!」
凛は満面の笑みを浮かべる。
「…あ、うん。こっちも楽しかった」
俊風の顔は夕陽に染まっていた。
いや、そう見えるようにしたのかもしれない。
「それでは、俊風さま。私はこれで」
妃モードに戻った凛はそのまま帰って行った。
「この世界で恋愛は向いてないって…」
その独白は、夕陽に燃えて行った。
「今日は静かな夜になりそう」
寝台の上に寝転んで、凛は脱力する。
久しぶりに皇帝が来ないので嬉しくてたまらない。
「湯浴みでもするか」
「鈴々さま。お湯の準備ができております」
ちょうど良いところに狼華が知らせに来てくれる。
「すぐに入るわ」
とろとろとした水質が肌に溶けるように染み込む。
温かい風呂に浸かれるだけでこの世界も結構良いものだなと思える。
手でお湯を掬い体にかける。
気持ちいい〜。
狼華が気を利かせて入浴剤を入れてくれた。
どうやら、柑橘系の皮を干したものを入れてくれたらしい。
爽やかな香りがする。
しばらく浸かった後、凛は風呂から上がり下着だけ身につけた姿になる。
ここの世界ではボディクリームの代わりに香油を使う。
体に塗った後、ドライヤーがないのでタオルドライで済ませた。
正直、ドライヤーがないのは不便だ。
「失礼します」
孫里の声がする。
「はい」
そう返すと孫里が扉を開けて入ってくる。
「どうしたの?」
「その、俊風さまから文らしき物が届いています」
綺麗な純白の手紙を受け取る。
昔の縦読みの文ではなくて洋風な手紙だ。
手紙を開くと、そこには綺麗な字でとんでもないことが書かれていた。
凛が絶句していると、孫里は不思議そうな顔をした。
中身は読まれていないらしい。
“皇帝の妻にならず、結婚してくれないか?”
読まれていないということは、ここで証拠隠滅が出来る。
こんな内容、誰にも見せられない!
「孫里、この紙…反故入れに入れておいて」
「良いのですか?」
「いらないわ」
こんな手紙…誰が素直に受け取るか。
確かに求婚されたことがないので、嬉しいといえば嬉しいがこの世界という複雑な事情が分かって行ってるんだろうか。この男は。
「それでは、夕餉の時間なので行きましょうか」
「えぇ。そうしましょう」
明らかに怒っている凛に少々、怯える孫里だった。
つづく
ありがとうございました。
また、よろしくお願いします。




