ぼくとおねえちゃんのあいだ。
はじめてあったとき、おねえちゃんはチューガクセーだった。まだこいぬだったぼくは、いつもみたいに、けーじのなかでねむっていた。そしたらいつのまにか、ちがうばしょにつれていかれていたんだ。それが、いまのぼくのおうちさ。
びっくりだよね。だってぜんぶが、いきなりだったんだもん。
おねえちゃんは、ぼくになまえをつけてくれたけど、はじめはあまりぼくのことをかまってくれなかった。そんなことよりも、おねえちゃんはいつも、まっくろなめで、とおくのほうをみつめていた。おねえちゃんは、いつもおへやからでてこなかった。ぼくとおねえちゃんのあいだにあるこころのとびらが、めのまえにでてきたみたいだった。
それでも、ぼくがつめで、とびらをかりかりすると、ぼくだけに、ほんのすこしとびらをあけてくれたんだ。おねえちゃんのてのこうからは、たまにしょっぱいみずのあじがした。
おねえちゃんが、ずっとへやからでてこなくなったときがある。ぼくはなんどもとびらのまえにいってつめをたてたし、とびらのまえでよんだのに、おねえちゃんはとびらをひらいてくれなかった。そのすこしまえのひ、パパとママはおねえちゃんをよんで、とってもながいおはなしをしていた。
どのくらいだったか、もうおぼえてないや。ぼくは、ずっとまったんだ。しんぱいだったから。だっておねえちゃんは、ぼくのおねえちゃんだから。ぼくのなまえをよぶとき、おねえちゃんのこえはいつもやさしかったから。このきもちのなまえを、そのときぼくはまだしらなかったけどね。
まよなか。そうっと、とびらがあいた。ぼくはねぼけていたから、おねえちゃんのことがまっくろいゆうれいさんにみえた。おねえちゃんは、ぼくをみて、びっくりしたみたいだった。ぼくがいつもねるばしょは、ぼくのおかあさんのにおいがついている、となりのおへやのベッドだったから。
おねえちゃんは、ぽろぽろとないた。ごめんね。ありがとうって、なんどもいった。おねえちゃんは、ずっとぼくをだきしめていた。ごめんね、ごめんね、って、なんども、なんどもいいながら。
ぼくはそのとき、おねえちゃんのみかたになる、ずっとみかたになるって、きめたんだ。どんなにぼくがちいさくても、おねえちゃんとおなじことばがはなせなくても。
おねえちゃん、それからずっとがんばった。なんかいもさくらがさいて、なんかいもゆきがふって、ナツヤスミだってなんかいもきた。おねえちゃんは、ずっとへやにいた。パソコンっていうひかるはこにむかって、ずっとはなしかけたり、うなづいてなにかをかいていたりした。オンラインなんだけどね、って、ぼくがしらないことばをいって、ほんのすこしわらったおねえちゃんは、とてもきれいで、かわいかった。
ああ、ぼくがニンゲンだったら、ずっとすきになれちゃうのにな。
おねえちゃんは、ダイガクというところにいきはじめた。ぼくはうれしかったけれど、そのうちだんだんさびしくなってきた。おねえちゃんが、おうちにいないから。
かえってきても、こんどはバイトっていうのがあるからって、すぐにおうちからでていっちゃうから。
でも、ぼくはまったよ。おねえちゃんが、ぼくとのじかんをだいじにしてくれてるの、しってたから。おさんぽのじかん、だいすきだったから。ときどきとってもねむそうなかおで、とことこうしろをついてきてくれるおねえちゃんが、ぼくはとってもすきだった。
おねえちゃんがシューショクしたのと、ぼくのびょうきがみつかったのは、ほとんどおなじじきだった。おねえちゃんは、ぼくのしらないとおいばしょにいってしまった。おねえちゃんは、ひとりでがんばっていた。ぼくはおうえんしたくてしかたがなかったけど、ぼくとおねえちゃんのあいだには、とってもとってもながいきょりがあった。
おねえちゃんは、いっていた。ぼくはおねえちゃんにとって、ずっとあいどるなんだって。きみがいたから、がんばってこれたんだよって。だから、まけないでって。
ぼくはことばがはなせないから、おねえちゃんのみぎてにてをおいた。おねえちゃんはわらって、いってくるねっていっていた。
いつつのよるがおわると、おねえちゃんはまたかえってきてくれた。ふたつのばんがおわると、おねえちゃんはまたとおくにいってしまった。ながいあいだ、そんなひがつづいた。
ごめんね、またあいにくるからねって。ぼくは、まったよ。おねえちゃんはかならずあいにきてくれる。びょうきなんて、へっちゃらさ。いつかまた、おねえちゃんといっしょにくらすんだって。
いきなりだったんだ。うしろあしに、ちからがはいらなくなった。おなかもなんだかおかしくて、からだぜんたいがだんだんしずかになっていくかんじ。なんだかねむたくなってきて、けれどそのあとぼくはからだがガクガクふるえはじめた。おねえちゃんのママは、ぼくをいつものびょういんにつれていってくれた。そのあいだも、ぼくのガクガクはおさまらなくて、ベロをしまいたくても、しまえなくなってきた。
おいしゃさんとはなしたママは、いつかのおねえちゃんよりずっとおおくないた。
かえってきた、パパもないていた。ぼくは、パパがなくところをはじめてみた。
ママは、おねえちゃんにでんわした。
ぼくはだんだんねむくなってきてて、あさがきたからなんどもおきたんだけど、そのたびにみえるものがすくなくなってきて、あさもひるもよるもきてるはずなのに、ずっとひなたぼっこのつづきのようなきもちになっていった。
パパとママがなにかいっているけど、だんだんききとれなくなっていった。
おねえちゃんがかえってきたのは、まえにあったときからよっつめのよるがおわったひの、そのよるだった。おねえちゃんのこえはうっすらとしかきこえなかったけど、においでわかった。おねえちゃんはいま、とってもかなしいんだって。
ぼくはうれしかったのに、それをおねえちゃんにつたえることができない。
くやしいな。ぼく、ニンゲンになりたかったな。このあいだ、おねえちゃんがかえってきてくれたときぼくにくれたおやつ、またたべたかったな。
もう、ぼくとおねえちゃんのあいだにじかんがないこと、ぼくはわかったんだ。
だから、がんばった。うでのさきからしかうごかせなかったけど、おねえちゃんはそれでわかったみたい。おねえちゃんがぼくのてをにぎってくれたとき、ずっとがんばったぼくのからだは、おやすみすることをきめたんだ。
※
いま? いまね、ぼくはおねえちゃんのおへやにいるよ。なんかね、いまはぼく、ふぇれっとっていうらしい。よくわからないけど、いたちっていうやつのなかまらしいよ。ふーん、ってかんじ。だってぼく、いたちってみたことないし。
あ、ぼくがいま、いたちなのか。ふーん。
でね、ぼくのよこでぐーすかねむってるのが、ユースケ。おねえちゃんの、ダンナさんだってさ。いっつも、ぼくのちかくでねたがるんだよね。かわいいからって。おおきなおとこのひとなのに、へんなの。え?そんなことない?
でも、ユースケのこと、きらいじゃないけど、ぼくのいちばんすきなひとは、ずっといつだって、きまっているんだよね。そのあいだには、ユースケだって、いれてやらないんだから。
あ。おねえちゃん、かえってきた。あたらしいなまえ。おねえちゃんがまたかんがえてくれた、ぼくのあたらしいなまえ。こえがするほうへ、ぼくはいく。こんどだって、どこへだって。ねぇ、また、あのときのつづきだね。
分かる? これが、いまのぼくと、おねえちゃんのあいだ。
※最後の一文は、掛け言葉です。
ヒント なぜ、「分かる?」だけ漢字なのか。