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寿命売り・9


 世界屈指の長寿国は若い世代がいびつな谷底のように消え、人口が減った。


 特別な病気が流行った形跡もない。


 むしろ自殺率は減り、寝たきりのまま病院で一生を終える人の数も減っていた。


 ただ老人の寿命だけがむやみやたらに長くなり、40代50代で亡くなる人が多くなった。


『寿命のロウソク』との関連を訝しむ者が出てくるもの当然の流れだった。




「もう、やめましょう」


 野木が言い続けて10年になる。


 だが明子はやめなかった。


 たしかに人口、特に壮年層は減ったが、出生率が極端に下がったわけではない。老人の寿命は長くなったが、寝たきりの老人はほぼいなくなった。


「このままだと国が無くなります。国民がいなければ、国は成り立たないんですよ!」


「もう少しなの」


 明子は落ち着いた声で野木を諭した。


「ロウソクを買い漁った世代がもう少しでいなくなる。そうすれば社会も、政治も、若い世代に交代できる。新しい世代になれば多少時間はかかっても国力は回復できる」


「その交代できる若い世代がごっそりいないじゃないですか!」


 野木は悲痛な声を張り上げた。


「会社でも政治でも、社会に出たばかりの若者を育てて支えるはずの40代50代がなぜこんなに少ないかわかってますか?若いときに寿命を売ってたからですよ!?社会に絶望して、逃げ場も無くて死のうとして、ギリギリのところで思いとどまって売った寿命を誰が買ったと思います?年寄りですよ!生き汚く権力にしがみついた年寄りが若者から寿命を買い取って、未だに目の上のたんこぶよろしく居座ってるんですよ!」


「だからもうすぐその人たちは!!」


 明子も声を荒げる。しかし野木はひるまなかった。


「結局自分の権益を守りたい年寄りばかりが居座り続けるこの世にどんな希望を持てるんですか、若い世代が。自殺率が下がった?数字の上で自殺じゃないだけで、実際は死んでるじゃないですか。『死のう』と決心してから20年後に!40代50代の極端な人口比率の低さはこれからもずっと変わりませんからね!」


 野木は肩で息を整えてから言った。


「このあいだ男が持ってきたロウソクは10歳の子供のでしたよ」


 明子のこめかみがピクリと動いた。


「親が突然死んだそうです。20年分預かりました。それでも、その子の寿命は、長くはないそうです」


 野木は静かに語りかけた。明子の眉間は険しく寄っている。


「寿命は一律80歳だとでも思っていましたか?自殺さえ思いとどまれば、病気もせず、事故にも遭わず、みんな平等に80歳90歳まで生きられるとでも思ってたんですか?」


 野木は切実に明子に訴えた。


「もうやめましょう、明子さん。皆んなも気づき始めています。各国の権力もいつ手のひらを返してくるかわかりません。人の寿命を売買してたなんて知られたら、明子さんだけじゃない、この国そのものが批判の的になるかもしれない」


「……私……?」


 明子は怪訝な顔をした。


「どうして私が批判されるの?」


 野木は呆然とした。


「どうしてって……、明子さんがロウソクを売れと……」


「何を言ってるの。ロウソクを売っている会社はあなたの物でしょう」


 当然とばかりに言う明子に、野木は言葉を失った。






 野木は家族を持たなかった。


 取締役なりの収入はあったが、まったく金を使う気になれず、狭いマンションの5階に住んでいた。


 ベランダでたばこを吸いながら車の流れを見ていると、いつのまにか横に男がいた。


 野木は驚きもしなかった。


「ここから落ちても死なないのかね」


「そうですね。人によりますけど、死なない方の方が多いですね」


 男はにっこりと答えた。


「首吊りの方が確実かな」


 ひとり言なのか男に言ったのか。だが男は答えた。


「首吊りもなかなかに難しいですね」


「俺はどっち?」


 うっすら笑いながら訊く野木に、男はほほ笑んだまま答えた。


「どちらでも」


 野木は声を立てずにちょっとだけ笑った。


「金はいらないから、俺の残りの寿命は誰か若いやつにやってくれ」


 タバコを消しながら言う野木に、男は困ったように言った。


「申し訳ないのですが、野木さんの寿命はもういくばくも残っておりませんので、お譲りしようがありません」


 野木は瞠目して男を見た。


「残ってない……?」


「はい」


 男はあいかわらず穏やかにほほ笑んでいた。


 乃木は力無く笑った。


「はっ。ちょうど潮時だったってわけか」


 男は「いえ」と言った。


「野木さんの寿命を名指しで買い取られた方がおりまして」


「なんでだ!?本人の了承無しに寿命は売れないはずだろう!?」


 驚愕し掴みかかる野木に、男はほほ笑みを崩さずに言った。


「良心に則った契約ですから。野木さん、変だと思わなかったんですか?あれだけ売れてるのに、私が契約する人たちだけで賄えていたと本当に信じていらしたんですか?」


 男を見る野木の目が揺れていた。男はゆったりと言いつのる。


「最初に言いましたよね?悪い奴に知られたら、大変なことになる、と」


 震える野木の手が男の襟から外れ落ちた。


「……誰が……」


 力なく呟く野木に、男は言った。


「本来ならご依頼主さまの情報はお伝えできないのですが…、特別ですよ」


 男はくちびるの前に人差し指を立てると、囁くように言った。


「もう少しでお志が遂げられると仰ってるその方は」



            終

 


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