寿命売り・7
「そんな顔をなさらなくても、売れなければ売り主様方はずっと生きられるわけですし。売れたとしても相場はまあ長くても5年程度のお客様がほとんどですので、今も生きている売り主様の方が多いくらいで。ただ海外にまで販路を広げるとなりますと、今の手持ち分ではすぐに底をつくかと」
困った顔で肩をすくめる男に、明子は落ち着いた声で言った。
「……つまり、売り主を増やして少しずつ寿命を寄せ集めれば、誰も死なずに売ることができるのね」
「そうです」
「明子さん!?」
ロウソクの実態を知ってもまだ売ることを諦めていない明子に野木は驚いた。
「止めましょう!人の命ですよ!?」
明子は軽く手を上げ野木を遮り男に訊く。
「そもそも彼らが寿命を売ろうとする理由をあなたはご存じなの?そんな彼らをどこから探してくるの?契約はどうやって?あなただけでやっていることなの?」
冷静だが矢継ぎ早に訊く明子に、男はたいして困ってもなさそうな顔で大袈裟に眉を下げた。
「今、それを訊きますか」
そして両手を膝に置くと姿勢を正し、柔和だが油断ならないほほ笑みで話始めた。
「売り主様が寿命を売られる理由はさまざまです。お金が入用な方、病気を苦にされている方、何らかの理由で生きているのが辛くなられた方、100人いらっしゃれば100通りの理由がございます。そんな売り主様たちが命を絶つ寸前、私は交渉をさせていただいています」
男は真っ黒な瞳で、明子を捕らえた。
「『今ここで死のうとしても、死ねませんよ。残りの人生、病院で管に繋がれ、寝たきりのまま終わりますよ』と」
明子も野木も、息を呑んだ。
「敢えてご家族に迷惑を掛けたいとか言う方ならそれも本望なのでしょうけど、たいがいの方はそこでいったん死ぬのを躊躇されます。ですがそこまで思いつめていらっしゃる方々なので、簡単には死ぬことを諦め切れずにおられます。なので代替案として寿命を売ることをご提案させていただくわけです」
男はさらにほほ笑んだ。
「多くの方は寿命を何十年も残して無理にこの世を去ろうとされる。だから残りの何十年を無為にベッドの上で過ごすことになる。だったらお金をもらって元気に寿命を迎えた方が、幸せです。今死に損なうより、いつになるかわからないですけど、お金をもらって死期を迎える方がいいと考えられる方がほとんどです」
男はずっと穏やかである。明子も野木も相槌ひとつ打てなかった。
「早急にお金を必要とされる方を優先して寿命の斡旋はさせていただいております。一度に40年分や50年分まとめて売れることは稀なのですが、ある程度お金が入れば落ち着いて余生を送られる売り主様は多いです。それからご病気の方。こちらは買い主様が見つかることで気持ちに余裕ができるのか、その後は穏やかな日々を過ごされます。それ以外の方たちも、1年2年寿命が短くなったところで、お金が手に入ったことで生き方の選択の幅が広くなるのですから、その後は落ち着いて生活されます」
聞けば聞くほど、寿命を売ることは良いことばかりのような気がする。
父親の延命が他人の寿命を使っていたことを知ってかなりの嫌悪を感じた明子であったが、聞けば聞くほど相互利益としか思えない。
限界まで寿命を売らず、小出しにすればいいことなのだ。つまり提供者が死ななければいい。
「今まで最高何年の寿命を希望した人がいるの?」
「100年」
男の目がきらりと光った。
「ですがさすがに100年の寿命をお持ちの方はいらっしゃらなかったので、80年でご納得いただきました」
男はまた目を細めてほほ笑んだ。
80年の寿命。それを提供した売り主はいったい何歳だったのか。野木も明子も喉の奥に何かが詰まって訊けなかった。
「売り主様とは運ばれた病院でお話させていただくこともありますが、間に合わないことが多いので、陸橋や駅のホーム、屋上、ロープの下なんかでお探しすることが多くなりました。あらかじめ場所がわかるわけではありませんよ。行けばいるんです。ああいったところは、行けば誰かしら、いらっしゃるんです。なぜ周りの方たちはお気づきにならないのか不思議なくらい、たくさんいらっしゃいます。ですが残念ながらこの仕事は私ひとりでやっているものですから、なかなかこれ以上提供者を集めることができなくて。まあ、それでも5000年分ほどストックはありますし、提供者も毎日増えることはあっても今後も減ることは無さそうですし、どうします?試しにやってみますか?」
男は頬骨とくちびるの両端を三日月のように引き上げた。