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寿命売り・6


 無理難題な条約は撤回され、両国はますます友好な関係を築いていた。


 着の身着のまま窮地に見舞いに駆け付けた明子と奇跡の復活を遂げた大統領は、まるで本物の親子のようだと世界中にアピールされた。


 そして商売にも精通したその大統領は明子にそっと耳打ちした。


 そのロウソクを欲しい人は世界中にいるよ、と。




「賛同しかねます」


 あの男を呼んで来いと言う明子に野木は即答したが、聞き入れられなかった。


 病院で男を見つけられなかったことに野木は安堵したが、駅へ向かう陸橋で会ってしまった。


「こんにちは」


 男は野木を見て、いつもの怪しいほどの笑顔を見せた。


「私をお探しですか?」


 嘘もごまかしも通じないであろう男を、野木は明子のもとへ連れて行った。




 ロウソクを輸出したいと明子は言った。きっと貿易交渉の要になると。


「そうですねえ……」


 男は顎に手を当て上を見上げ考えるそぶりをした。


「でも、数に限りがありますので……」


 男は眉を下げ、困ったように言う。


「どれくらいあるの?生産数は増やせないのかしら?」


「今のところ1億2千万本ぐらいですかねえ。とは言っても、長いのも短いのもありますし。生産数は、そちらの頑張り次第ではないでしょうか」


「こちらの?増産のための予算を出せということ?」


「ん~、まあ、それだけじゃないですが、それもあります」


「わかったわ。その辺のところは鋭意努力させていただきます」


「それはよかった」


 男はにっこりとほほ笑んだ。


「その1億2千万本のロウソクはすぐに取引可能かしら。できるだけ早くこちらに渡していただけると助かるのだけれど」


「明子さん!」


 辛抱堪らず野木は叫んだ。


「全部お渡ししてしまうと、増産どころか輸出もできなくなってしまいますが、よろしいですか?」


 驚いて野木を見つめる明子に、男はおっとりと言った。




「なんでもっと早く言わないの!!」


 明子は一度立ち上がると、どさりとソファーにへたり込んだ。深く背中でもたれかかり、両手で顔を覆う。


「うそでしょう……」




「ロウソクの数は確かに1億2千万本ありますが、そのうち販売契約をいただいている方の物は100本程度でして、とても大手を振って輸出できる量ではないかと」


 肩をすくめる男に、明子は力なく独り言のように言う。


「数の問題ではないでしょう……」


「まあ、でも、100本とはいえ年数に換算すると、ざっとですが5千年分はありましたので、まあまあ商売できない数ではないと」


「5千年分!?」


 野木も明子も驚いて身を乗り出した。


「昨今、お若い方の売り手希望者が多くて」


 これもまた男は眉を八の字に下げる。


「でもこの方々が売ってしまわれると、増産がますます追いつかないことになります」


「寿命を売りたいような人間が子供なんか作る!?」


 吐き捨てるように言う明子に、男はにっこりと言った。


「いらっしゃいますよ。1年分が売れて1000万円が手に入るとそれを元手に生活を立て直される方がいらっしゃるんです。そして生きる希望を見出されてパートナーを得られます」


 野木と明子は神妙な顔になった。一度は自暴自棄になっても、きっかけさえあればやり直せる人はやはりたくさんいるのだ。失ったものが1年分の寿命であっても、手にした1000万円が寿命を売って得たものであっても、生きる希望を持てるのだとしたらまんざら悪い話でもないのかもしれない。


 たぶん『先生』を1年分の寿命で救ってくれたあの人も、今頃は仕事も立て直して家族と幸せに過ごしているに違いないと野木は思った。


「ただ、順調に寿命は減っていきますけどね。買い手様が見つかれば」


「え?」


 野木と明子は間抜けな顔で同時に男を見た。


「一度契約してしまえば売買契約は一生続きますので、買い手様が見つかれば1年分なり2年分なり寿命はお譲りいただきます。ですから、ある日突然ぽっくりなんてこともありうるわけでして」


「それは……」


 野木の手が震えていた。


「そうそう。以前こちらからご依頼いただいたときの売り主様は、去年亡くなられました」


 明子が息を呑んだのが野木にもわかった。


「こちらでご購入いただいた1年分のお金でなんとか生活の方も立て直されてたのですが、大口のお客様がいらっしゃいまして。最後の代金をお持ちしたときに売りたくないとずいぶん懇願されて、私も参ってしまいました。ご契約はご契約ですので反故するわけにはいかないものですから」


 たいそう残念そうに男は肩を落とす。だがすぐに笑顔を取り戻すと晴れ晴れと言った。


「まあ、最後の3年間は随分とお幸せそうでしたので、私も微力ながらお力になれて嬉しく思っております」


 野木は指先も肺も、冷たくなっていくのを感じた。

 

 

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