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寿命売り・4


「先方様は本当は50年分一括でのお買い上げをご希望なのですが、なにせ高額なのでなかなか買い手がつかなくて。先方様がとにかく少額でも至急お金が欲しいということでしたので、切り売りして優先的に購入希望者様に紹介させていただいているわけです。なので、野木さんが何か気に病まれる必要はございません」


 笑顔を崩さない男に、むしろ野木は冷や汗が出てくる。


「なんで……、50年一括って……、なんでその人そんなに、寿命売ってまで金が必要なんだ……」


 男は露骨に困った顔をし、大きくため息をついて野木に顔を突き合わせた。


「本当は購入者様にこんなことお話できないんですが、特別ですよ」


 男は神妙な顔でくちびるの前に人差し指を立てた。


「とはいえよくある話です。先方様は事業が失敗なさったとかで多額の借金を抱えられました。お友達にも騙されて、たいそうひどい目にお遭いになったようで。でもせめて家族だけには迷惑かけたくないと、しばらくの間だけでもご家族が暮らしていけるお金が欲しいのだそうです。お子様たちもまだ小さくていらっしゃるそうなので」


「……借金の返済……」


 口の中でつぶやく野木に、男は優しく言う。


「そう。人助けですよ。野木さんは先生?のお命を助けられて、先方はお金が手に入る。しかも寿命だって49年も残っているのだから、いただいたお金でご家族と過ごす時間はまだまだあるわけです。どうです?持ちつ持たれつでしょう?」


「……そう、ですよね……」


 野木は徐々に落ち着きを取り戻しながら頭を整理した。


 売りたいと言っている人から買うわけだし、これは強要ではない。しかも50年生きる人からたったの1年拝借するだけなのである。お金に困っているということだが、手にした1000万円と残った49年の寿命で考え直して、寿命を売ろうなんて思わなくなるかもしれない。そうすれば家族共に先方も幸せになるし、先生もその幸せの一端を担える。そうすれば先生もお喜びになるのではないか。


「……ロウソクを……」


 野木は男に手を差し出すと、男はそこにロウソクを乗せた。



「火を移して、横に置くだけです」


 溶け切った蝋の中でちりちりと今にも消えそうな炎に、短いロウソクからぐりぐりと無理矢理ほじくり出した芯を、野木は慎重に近づけた。


 鼻息で炎を消さないように息を止め、芯を近づけ過ぎて炎を消さないように、慎重に慎重に……慎重に……。





 道は覚えているでしょうと男に言われ、野木は下りて来た階段をひとり登った。


 でも突き当りはドアになっていて、引くと病院の前に出た。


 振り返っても何も無かった。


 病室に戻ると野木の『先生』は息を吹き返し、目を開けていた。家族も関係者たちも涙を流して喜んでいた。


 戻って来た野木に気がつくと、皆駆け寄って野木の手を握った。「ありがとう」と心から礼を言った。


 他人の寿命で『先生』の寿命が1年延びたと知ったら、同じようにこの人たちは喜べるのだろうかと野木は思った。


 奇跡の復活を遂げた『先生』のおかげで、この国の経済危機は一度峠を越えた。そして役目を終えた『先生』は奇跡の復活からちょうど1年後に亡くなった。


 あれから野木は新聞の死亡欄を毎日チェックしていたが、ここに乗る人物ではないのだろうといつしか諦めた。諦めながらも、やはり毎日チェックすることを止められなかった。



 皆『先生』の寿命を理解していたので仕事や思い残しが無いよう忙しくしていた。そのせいか誰も寿命のロウソクのことについて野木に聞いてくるものはいなかった。なので野木も少し油断していたのかもしれない。


 『先生』のお見送りが一段落したころ、明子が野木に訊いた。


「ロウソクって、どんなのだったの?」


 『先生』の葬儀関連が済んだ頃でもあったし、明子の口調も世間話程度の軽いものだったので、あの『寿命のロウソク』とは一瞬思いもよらなかった。


 だが一斉にその場にいた者たちが野木を注目したので、みんな実はあの事を訊きたかったのだなと納得した。


「普通の、これくらいのロウソクですよ。ただ、1年分だったのでこれくらいしかありませんでした」


 野木は指を丸めてロウソクの太さを示した。そして親指と人差し指で長さも示す。


「ちっさ!1年分てそんなに短いの?だったらもう2~3年分買っておけばよかったかしら」


 笑う明子に苦みがこみあげ、野木はうっかり吐き捨てるように言ってしまった。


「そうですね。もう少し長いと火も移しやすかったんですけどね」


 皮肉が通じたわけではない。だが、明子は笑いをぴたりと止めると、野木に訊いた。


「火って、どんな感じだったの?」


 野木はしまったと思ったが、無理にごまかす必要もないと思ったので素直に答えた。


「先生の炎はもう小さくなってて、消えそうになっていました。移す方のロウソクも短かったし、炎を消さないようにするのが大変で……」


 野木が素直に答えたことで周りの遠慮が無くなった。皆口々に、どんなところだったのか、とか、他の人のロウソクはどうなってたのか、とか、どうやって帰って来たんだ、とか、あの長髪の男はどこに行ったんだ、とか野木に畳みかけた。


 そして誰かがとうとう笑いながら言った。


「短いって、そのロウソク。新品じゃなくて、近くにあった長いのから勝手に1年分切り取って使ったんじゃないだろうな」


「先の長そうな若い奴のをね」


 皆は笑っていた。


 野木は笑えなかった。

 

 



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