表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/9

寿命売り・2


「寿命とは案外こんなロウソクの形をしておりまして」


 長髪の男がポケットから取り出した1本の白いどこにでもあるようなロウソクを見て、あからさまに患者の家族と関係者は落胆した。そして忌々し気に吐き捨てる。


「落語かよ」


「あれは私の曽祖父の時代の話です」


 にこやかにほほ笑む長髪の男はますます胡散臭い。


 患者の家族は怒りを堪えて医者に詰め寄った。


「先生。なんですかこれは。バカにするにもほどがありますよ」


 想定内の反応なので医者は慌てることなく持参した資料を関係者に見せた。


「少し前にこの患者さんも寿命を買われまして。ご危篤になられて翌朝までもたないだろうと言われていたところを、こちらから寿命を買われて無事回復されて。元気に退院されました」


 どうせ信じてもらえないでしょうけど、と医者は眉を下げる。


 案の定患者の関係者は鼻で笑う。


「たまたまでしょう」


「もちろん、私たち医者もその時は全然信じていなかったのですが……。半年前に院長が倒れまして……」


 関係者たちは呆れたように医者を見た。


「買ったんですか?寿命を?医者なのに?」


 医者は肩をすくめた。


「院長の指示だったんです。その、奇跡の回復を遂げられて退院された患者さんのことは皆、ただの『奇跡』だと思っていたので、あわよくばこの方の尻尾を掴んで警察に突き出せと、院長が「自分にもしものことがあったら寿命を買ってみろ」と」


「……本当に……?治療ではなく、寿命を買って……?」


「正直、助かった院長ですら未だに半信半疑なんですが、私はこの目で見たので」


 困ったように眉を下げる医者に関係者たちは驚きの声を上げた。


「見た!?」


「見たどころか、炎を移されたのは、この先生ですよ」


 さすが名医ですね、と長髪の男は医者を手のひらで指した。


「でも、落語のやつでは本人がロウソクの火を移していたような……」


 疑いがまだ解けない関係者はぼそりとつぶやく。


「そんな、死にかけの本人がロウソクの火なんか移しに行けるわけないでしょう。代行も全然大丈夫ですよ」


 院長の話でうっすら信じかけていたところに「代行オッケー」などと言われて、ちょっとまた疑いが深くなる。


「まあ、だから悪い奴がこのこと知ったら簡単に悪用されてしまうんですけどね」


 長髪の男はしれっと恐ろしいことを言う。


「なので、確実に信頼できる方にしかこの方法はお話できません」


 医者が困った顔をしながらもぴしりと言うのに、関係者たちは水を打ったようにしんとなった。


「あと、お金持ってる人ね」


 長髪の男が付け加える。


「……ちなみにおいくらなんですか……?」


 疑いながらも訊く患者の娘らしき女性に、長髪の男は笑顔を向けた。


「1年1000万円です」


 1000万円、と女性は反芻した。寿命を延ばす金額としては随分安いような気もするが、10年20年ともなると確かに高額になる。1年2年なら払えない金額ではないが、こんな眉唾な話に乗ってもいいものか……。


「明子さん。会談は2か月後です。3か月だけでももっていただければ……」


「おだまりなさい!お金のこと心配してるんじゃないのよ!失礼な!」


 耳打ちしてきた関係者の男を女性は一喝した。


 小耳に挟んだ長髪の男がのんびりと言う。


「あ、うち、小売りはしてないんで、年単位でお願いします」


 女性は小さく舌打ちした。


「お金は後払いでもいいかしら」


「うちは完全前金でやっております」


「見たことも無い寿命のロウソクなんかどうやって信じろってのよ!そんな胡散臭いものに前金なんて」


「では、今回のお話はなかったということで」


 長髪の男が医者の目を見てほほ笑むと、くるりと踵を返した。関係者の中のひとりの男がそれを止める。


「1年、お願いします」


「野木!?正気なの!?」


 驚く女性に、野木と呼ばれたその男は落ち着いた声で言った。


「お金は私が払います。今回の会談には、絶対に先生のお力が必要なんです」


 野木は長髪の男を見て、そして医者を見た。


「お金はすぐにご用意します。先生、まだ大丈夫ですよね?」


「今夜が峠です」


 医者が医者らしいことを初めて言った。


「では、大事なことをひとつ決めておきましょう」


 長髪の男の笑顔は、この病室に入ったときから崩れなかった。


「ロウソクの炎を移すのは誰にしますか?」


 関係者たちが息を呑むのがわかった。


「ほとんどはお身内の方がされるのですが、たまに先生みたいに大層信頼されている方が代行されたりしますけど」


 家族と関係者たちの視線が交わされるなか、全員の視線が野木に集まった。


「野木……。お願いされてくれるかしら……」


 先ほどの怒鳴り声と打って変わって弱弱しく言う昌子に、野木は覚悟していたように答えた。


「……わかりました。私が参ります」


「では、お支払いが済み次第お連れいたしますので。野木さんはそれまでにお食事やお手洗いなど済ませておいてくださいね」


 長髪の男はさらに微笑みを深めて言った。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ