寿命売り・1
その大きな病院の特別室で、もってあと1日か2日でしょうと言われた患者と家族。
特別室に入るくらい偉い人だったもんで、寝ている本人もたぶん無念やら家族は悲嘆にくれるやら、周りの仕事関係者たちはとにかく大騒ぎで、
「先生!なんとかしてください!」
なんてご家族だか他人様だか誰だかわからない人たちに泣き縋られて、医者もほとほと困っていた。
まだうっすら意識はあるけど、なにせもう手の施しようがない病状。
医者という商売柄、こんな光景日常茶飯事だし、実際本当にもうどうしようもないことなのだが、と思いつつ、う~むと先生、思い切り寄せた眉間を拳で抑えた。
「ひとつだけ、手がないこともないですが……」
「!?」
病室の視線が一斉に医者に集まる。突き刺さんばかりの視線の中、
「先生……、それはちょっと……」
と小声で看護師がたしなめるのを遮るように、家族が声を上げた。
「先生!お願いします!なんでもいいです!それでお願いします!父を助けてください!父はまだやることがあるんです!」
「先生!謝礼はいくらかかっても構いません!先生を!うちの先生にはまだやらなければいけないことがあるんです!」
紛らわしくて申し訳ないが、この患者さんも『先生』と呼ばれる立場の人だ。
「う~ん……、ですが、やっぱり……」
「先生……」
渋る医者の袖を看護師がつんつんと引き、もう病室から出ましょうと催促する。
「先生!」
医者と看護師の前に、びしっとスーツを着た仕事関係者らしい男が必死の形相で言った。
「お金はいくらかかっても構いません。多少人道に外れた治療でも構いません!ゴシップはこちらできちんともみ消します!ですから、どうか!どうか先生を!」
なにやら物騒なことまで言いながらスーツの男は土下座までする。
医者はさんざん悩んだ末に、
「……わかりました……」
と、ひとりの男を紹介した。
白いカッターシャツの上のボタンは開けたまま、黒い細身のスラックスにだっぼりした黒のコート。病院の特別室に入るにはいささかカジュアルな服装であるが、なによりその容貌。
すらりとした長身で、長い黒髪に、大きな目としゅっとした高い鼻という端正な顔立ち。その割に眉を左右別々に上下していてなんとも人を食ったようなニヤついた表情をしている。
立っているだけでフェロモンを振りまいているんじゃないかという色気を感じるが、それよりももっとなにやら怪しげというか後ろ暗そうというか腹黒そうというか、詐欺師っぽい感じがして。
医者に促され病室に入って来た男を見て、わ、男前、という雰囲気から一瞬にして患者の周りの人々が鼻白むのがわかった。
医者とてこの雰囲気になるのがわかっていたので紹介したくなかったのだが、あれほど泣いて懇願されたから連れて来たまでだし、本当にこの男しか最後の手立てはなかったので。
「紹介します。こちらが」
「はじめまして。寿命がご入用ということで参りました」
男は両手をお腹の前に重ねると、深々と美しいお辞儀をした。