ガスボンベ
いつもそうだ、彼女は空いているはずなのに、僕の隣に座る。
そして、平然とした顔をしながら、虚言を吐くのだ。
放課後、オレンジ色の光がバス車内に注ぐ。いつも通り制服に身を包んだ女子高生が隣に座る。なぜか空いているバスなのに、隣に座ってくる。そして、いつもの調子で話かけてくる。
「クレオ君、同じバスとは奇遇だね。なんだい、私の話が聞きたくてバスの時間を合わせてくれたのかな?」
そんな軽口を叩きながら彼女は、僕の隣に座った。
「御伽さんこそ、話したくてバス乗ってるじゃないんですか?」
「さぁどうかな」
そう言って彼女は僕の言葉を受け流した。
「そうそう、クレオ君。今日学校でこんなことがあったんだ。」
「どんなことですか」
「私のクラスメートでタケオ君って子がいてね。タケオ君は、他人の目を引くためによく本人もするつもりがない行動をしてしまうんだ。一昔前、非行少年の間で、シンナーが流行ったでしょ。タケオ君はそれを知ったのかシンナー吸いを真似ようとしたんだ」
「ダメじゃないですか止めないと。」
とすかさずツッコンだ。大体、現代のような自他に道徳と倫理を求める時代において時代錯誤にも程があるではないか。
「当然の反応だ。だが、タケオ君はアホの子なんだ。何を思ってかガスボンベを持ってきて、教室でガスを吸い始めたのさ。あれは大変だったね。朝礼の前に、彼が教室に着くやいなや、その場にいた人全員が目を疑ったね。彼はガスボンベでも業務用のガスボンベを担いで持ってきたのさ。席に着くと同時にボンベに繋がっているホースを鼻につけて、バルブを捻り始めた。彼は、ガスの臭いに咽せながらも一心にガスを吸っていた。」
「誰か止めなかったんですか?」と僕は万人が思い浮かぶであろう質問を投げかけた。
「ああ、もちろん止めたさ。だが、彼は巨漢でね。運動部の男子全員で止めにかかっても止めることが叶わなかったよ。」
「彼も『オデのガス吸いを邪魔するな』と言いながら必死に抵抗していたよ。」
「てか、一人称オデって人いるんですね」
「確かに、普通に生活していて聞かない単語だね。彼の親戚がオークかドワーフかもしれないね。」
と辛辣な感想を述べつつ、彼女は話を続けた。
「みんな、彼に怯えてそのフロアの生徒は全員校舎から抜け出していたよ。生徒が全校朝礼もないのに校庭にいるし、廊下まで漏れたガスの臭いに気づいた教員が教室に入ってきた。そして、彼はやっと自分のしてきた過ちに気づくんだ。
「いや、遅過ぎるでしょ」
「人生に遅過ぎることはないと思うがね。ただし、反省し行動を改めた時に意味をなす言葉だと思うよ。しかし、彼は悪手を選んでしまった。あろうことか持っていた爆竹を目眩しにして逃亡を図ったんだ。」
「ガスが充満して引火して爆発するじゃないですか。最後はどうなったんですか」
「おっと、今日の話はここまでだ。なぜなら、爆破オチはサイテーと話の相場は決まっているからね。もうバス停ついてしまったね。それじゃあ、明日また」
そうして、満足そうにして、彼女はバスを降りて行った。どう聞いても、虚言である。
それもそのはず、彼女、御伽 香多理は虚言癖なのだ。初対面から、制服が違うにも関わらず、同じ学校の先輩だと自称し始めた。そんな彼女と僕との放課後の物語だ。