背後に忍び寄る影
酒の勢いと、愚痴で盛り上がった俺たち。
シラフになると、武器を買い揃えたことに戦慄した。
俺たちはなんてことをしようとしたのか。
そう冷静になった。
そしてその日、また昼間から酒場に集まった。
「昨日はちょっとどうかしてたな」
「今日はほどほどに呑んで帰ろう」
そう決めたはずだった。
意識が混濁する。
声がする。
「怖気付いちゃダメだ」
「殺そう、殺そう」
「公爵家の人間を殺そう」
「そうすればお金は僕たちのもの」
「そうすれば生活苦から逃れられる」
そうだろうか。
本当に公爵家を襲えば楽になるだろうか。
「そうだよ、そうだよ」
「そもそも全て、甘い蜜を吸うだけでこちらに還元してくれない貴族が悪い」
「貴族が悪いんだから、貴族を殺したって罰は当たらないよ」
「殺してしまえ、殺してしまえ」
「殺してしまえ、殺してしまえ」
そうか、全部貴族が悪いんだ。
貴族を殺したって罰は当たらないんだ。
「そうだ、そうだ!殺してしまえ、殺してしまえ!」
男たちの大合唱が重なる。
殺してしまえ、殺してしまえ。
殺してしまえば、楽になる。
「…ほほ、盛り上がってきたのう」
「これで今度こそ大丈夫だね、姉さん」
「これで殺し切れればいいんじゃがな」
「ダメならダメで、次に活かせるさ」
「それもそうじゃの」
果たしてこの双子の少年少女はいつのまにここに来たのだろうか。
子供はもう寝る時間なのに。
「あ、僕たちのことは気にしないで」
「それより、殺すための準備が必要じゃろう?」
「ほら、殺すための練習をしなくちゃ」
「せっかく武器を買ったのでしょう?」
「殺す練習をして、公爵家に攻めいらないと」
そうだ、そうだった。
殺す練習、何を的にすればいいだろう。
「ほら、ちょうどあんなところに役人が税金を取り立てに来た」
「あいつを練習に使っちゃえ」
「ぅ…」
「ほらほら、はやくしないと逃げちゃうよ」
「ぅう゛う゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛!!!」
全員で役人目掛けて走り出す。
役人は一瞬で血の海に沈んだ。
「…やった」
「やってしまった…」
けれどこれで覚悟は決まった。
ここまできたら、もうやるしかない。
公爵家を、血の海に沈めてやろう。
そして残された金銀財宝は俺たちのものだ。
これで俺たちは生活苦から解放される。
「ぅう゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!」
誰かが叫んだ。
みんな口々に叫ぶ。
家に残してきた女たちは、なぜかこの状況を見て怯えた目をして家にこもった。
子供たちを連れて。
俺たちはなにも間違ったことをしていないのに。
「奥さんたちはひどいね」
「でもそれもこれも全部、全てお貴族様が悪いんだよ」
「だからあの公爵家を誰一人残さず殺そうね」
「そうすれば奥さんたちも認めてくれるよ」
そうか。
そうなのか。
ならば、余計に殺さなければ。
鎧を身に纏い、剣や槍を持って進軍する。
そう、俺たちは軍隊だ。
「そうだよ、君たちは軍隊だ」
「悪しき貴族を倒し、庶民に財を再分配しようとする正しき英雄だ」
「だから止まるな」
「足並みをそろえて前に進め」
「殺せ、殺せ、殺せ」
そうだ、殺せ、殺せ、殺せ!
俺たちが正義なんだ!
俺たちが悪を裁いてやる!
「ほほほ、簡単なもんじゃな」
「簡単なものだね、姉さん」
「殺意にのみ特化した人間相手では、公爵家の騎士たちもなかなかにやり辛いじゃろ」
「騎士なんて、お行儀の良い戦いしか知らないからね」
「この国の騎士は特にのう」
ケタケタと笑う双子。
なにを言っているのかは、よくわからない。
だが、俺の視線に気づくと手を振ってくれる。
こんな無邪気な子供たちのためにも、いつまでも生活苦にあえぐわけにいかない。
なんとしてでも、公爵家の金銀財宝を奪い取って来なければ!




