隣国の聖女
隣国の聖女様に、特に違和感はない。
悪いことをする様子もない。
けれど、何か違和感を感じる。
「…どうかされましたか?」
「いえ、なにもありません」
にっこり笑ってごまかす。
視線に気づかれていたらしい。
気をつけよう。
「もしよろしければ、王太子殿下と聖女様の馴れ初めなどをお聞かせ願えませんか?」
「馴れ初め、ですか」
ふふ、と可憐に笑うその姿は聖女そのもの。
けれどこの方は、あれほど愛されていたミーシャ様を押し退けて王太子殿下を射止めたのだ。
なにかある、と考えてしまうのは仕方がないだろう。
「私は、我が国の貴族の子女の通う学園に特待生制度で通っていたのです」
「そうですか」
「そこでミーシャ様という方に虐められて…そこを王太子殿下に救われたのです」
「虐め?」
「ええ」
温厚なミーシャ様がそんなことをするとは思えない。
この方はやはり、なにかある気がする。
「それは…大変でしたね」
「ええ、ですが王太子殿下が守ってくださいましたから。王太子殿下はミーシャ様との婚約は破棄しませんでしたが、私を王妃に、ミーシャ様を側妃にすることになさいました」
「そうですか…」
聖女様はそんな話を、ニコニコと笑顔で語る。
わたくしはその姿に、なにか寒気を感じてしまった。
「聖女様は、王太子殿下のどこがお好きなのですか?」
「どこが好きか、ですか」
聖女様はやや迷ったのち、こう言った。
「無防備なところ、でしょうか」
「無防備?」
「ええ。とっても素直で、優しくて、可愛らしい方なのです」
…その言葉に、なにか含みを感じた。
やはり、聖女様にはなにかある。
「あ、そうだ!私、皆様にクッキーを作ってきたのです!」
「クッキー?」
「はい!どうぞ召し上がってください!」
聖女様がクッキーを配る。
わたくしたちは無下にもできないので、受け取った。
「おお、今日も作ってくれたのだな」
「この子の作るクッキーは絶品なのですよ」
「ぜひ召し上がってください」
隣国の国王陛下も王妃殿下も、王太子殿下も。
口々にクッキーを褒める。
そして、美味しそうに食べ始めた。
わたくしは…そのクッキーになにか違和感を感じた。




