兄の気持ち
妹はずっと、婚約者に片思いしていた。
妹の婚約者は第一王子で、王太子で。
ずっとずっと「立派な王になる」とそればかりに固執していた男だ。
俺は気に入らない。
どうしてこんなに可愛らしい妹を婚約者にしておいて、他のことに夢中になれるのか。
「けどシャルは違った」
可愛い可愛いシャルは、真面目で優しい良い子だ。
領地領民を気にかける天使。
そんな妹だから、当然国のことも気にかけるし領外の平民たちのことも気にかける。
そんなシャルは、「立派な王になる」と国と国民のことを思い続けるあの男に恋をした。
あの男に光を見たと。
「そして、あの男のために命までかけた」
優しい子だ。
どうして俺はそうなることを予想できなかったのか。
シャルが倒れて、縮んだ時は心臓がキュッとなった。
このまま死んでしまったら、下手をしたら消えてしまった…そう思うと怖くて怖くて震えた。
結局のところ、そんなことはなかったのだけど。
「シャルは幼くなって、ちゃんと帰ってきてくれた」
死ななくてよかった。
本当に。
俺が目を離すとすぐ無茶ばかりするのだから。
「けれど、幼いシャルはそれはそれで可愛かったな」
幼いシャルは少し甘えん坊で、ちょっと天邪鬼で、そしてその倍は可愛くて。
『お兄様のことは好きだけど、ヴァレール様はもっと好きよ』
『お兄様はわたくしに構いすぎだわ。シスコンと呼ばれますわよ?』
『わたくし、お兄様のそういうしつこいところ苦手ですわ』
そんな天邪鬼だって、お兄様ならこのくらい言っても怒らないとわかっていて言うのだから可愛いものだ。
俺が妹を嫌うことなどないと、全幅の信頼を寄せられている証拠なのだから。
『お兄様、お父様のお手伝いや次期公爵としてのお勉強も大事だけど…無理しちゃだーめ!ヴァレール様もそうだけど、息抜きも必要よ!』
『どうして殿方はすぐに無理をするのかしら!わたくし信じられないわ!』
『はい休憩ー!お兄様はわたくしが目を離すとすぐに無茶ばかりするんだから!』
そんな風に、俺をなんだかんだで気遣ってくれたのも可愛かった。
成長してからの妹も、小言を零しつつ俺の息抜きに付き合ってくれていたけれど。
なんだか昔に戻ったみたいで楽しくて。
「そんな可愛らしい幼いシャルだから、王太子殿下が惚れ直すのも無理はない」
成長してからの妹だって魅力満点なのに見る目のない男だが、不意に幼くなった妹に心を動かされたのはまあ…結果オーライか。
「頼むから、妹を幸せにしてくださいよ…」
ひとりごちる。
妹が次脅かされたら、俺は今度こそあの人を許せなくなるから。