最高の贈り物をありがとう ~捨てられた侯爵令嬢と、暗殺者の少年との秘密の恋~
ドゥミトル侯爵領・居城。
ここに住んでいるのは、今は私一人しかいない。
十の頃に母が流行り病で死んでしまって、私の世界はがらりと変わってしまった。
国の北方を守る我が家は一年を通して深い雪に覆われて、外に出ることも年に片手で数える程しかない。
母の死をきっかけに、重く押しつぶされていく家の雰囲気に耐えきれなくなった父は、早々に城を出た。
……のではなかった。
早々に家を出たのはそうだが、理由は、母ではない他の女の元へ行ったのだ。
政略結婚した母と出会う前から心を通わせていたという、幼馴染の、隣の領の子爵夫人の元へ。
領主という立場にいながら、全ての責任を放棄して愛に走った父の行動には驚いたけれども、物心つく頃より感じていた母や私への情を感じさせない態度に理由が付いたようで、心のどこかで納得もしていた。
……父の愛を得ることは、もう随分と昔に諦めていた。
失ったものを嘆いていても仕方がない。
早々にそう父との関係を吹っ切った私は、自分の奥底に沈む感情に蓋をして、前を向くことにした。
広大な土地と大きな居城に、たった一人で暮らす日々が始まったのだ。
と、その頃から、共に暮らしていたときには一切無かった、父からの贈り物が届くようになった。
母と私に不義理をした罪悪感から? と思ったのは、初めて届いた贈り物を開けた時まで。そうだ。父はそんな殊勝な性格ではなかった。
贈り物は小さいものから大きなものまで多種多様だったが、とにかく、それらに共通するのは、アッと驚くモノということだ。
今日は、私の十七歳の誕生日。
十七歳は、この国では大人と見なされるようになる特別な年だ。貴族であれば、家を継ぐことが可能になる。
そして、どの家も、その日は例年以上に豪華な食事や贈り物を揃えて、盛大にお祝いをするという。
そういう世間一般的な背景と、父からの贈り物が近年は誕生日に送られてきていたという状況も相まって、私はこの十七歳の誕生日をそれはそれは楽しみにしていた。
数年来、数々の贈り物を通じて父と心を通わせてきた私には分かる。そう、今年はきっと今までの贈り物の中でも、比較にならないほど一番のモノが送られてくるはず……。
そう思っていたのに、もう今日も終わりそうな時間に差し掛かろうとしても、父からの贈り物は一切何も届かなかった。
確かに、約束していたわけではないから……と思いつつも、期待していた分だけ落胆もしてしまう。
月が照らす窓辺で、テーブルに置いたケーキに目を落とす。
父からの贈り物を眺めながら、ゆっくり食べようと思っていたのに……と、小さくため息を吐きながらスプーンを取り、ケーキに手を伸ばした時だった。
「……動くな」
背中から突然聞こえた声に、心臓が跳ねた。
「侯爵令嬢、ロクサーナ・ドゥミトルだな。お前を殺しに来た」
……ああ、やっと来た。これが今年の贈り物なのだと、すぐにピンときた。
待ち望んだ贈り物の訪れに、私は心底安心したようにクスリと笑みを落として、勢いよく後ろを振り返る。
そこにいたのは私よりも背の低い、可愛らしい暗殺者だった。私よりも年下の、年齢は十三歳ほどに見える。
端正な顔立ちに、月に照らされてキラキラと輝く銀髪を持ち、見開いた瞳はまるで宝石のようだ。その美しい少年に、一瞬で心が奪われる。
「なっ……! 動くなと言っただろう⁉︎」
「……こんにちは、可愛らしい暗殺者さん。今日はいい夜ね」
「か⁉︎……か、勝手にしゃべるな……!」
「ふふふ、あなた、手が震えていてよ。暗殺は、初めてかしら? ダメよ、ちゃんと握らないと」
そう言って刃物を持つ手を勢いよく叩けば、持っていた刃物は弾かれ、高い音を立てて床に転がる。
そしてそのまま間髪入れずに、驚いて目を見張る少年との間合いを詰めて胸ぐらを掴み、勢いよく背中から投げて床に組み伏せた。
暗殺に対する対応力。
すべては、これまで送られてきた、父からの数々の贈り物の賜物だった。
呆然と床に横たわった少年は、暗殺が見事に失敗したことを一拍遅れで悟る。すると、抵抗して形勢を逆転しようとする……のではなく、先ほど床に叩き落された刃物へ必死に手を伸ばし、あろうことか自分の喉元に突き立てた。
まあ、その刃物を仮に突き立てられたとしても、私にはいなす方法などいくらでも思いついたので、圧倒的な力量差を考えると暗殺者としては最善な方法を取ったともいえる。
でも、自死なんてさせてあげない。
あなたは父から送られてきた暗殺者。父から私への贈り物なの。
主たる私の許可なく死ぬことなんて許さないわ。
覚悟が決まらずに震える手をひねって刃物を奪い、改めて彼の喉に突き立てる。
「そう。私の名前はロクサーナ。あなたの名前は聞かないわ。もちろん、殺しもしない。あなたにはこれから、この城で私と共に暮らしてもらうの。あなたのことは、これから『ジュライ』と呼ぶわ。もし、私に全てを捧げたいと思う日が来たら……その時は、あなたの本当の名前を教えてちょうだい」
信じられないような目で私を見つめるジュライの瞳が、窓から入ってくる月明かりに照らされて一層キラキラと輝いている。
ああ、お父様、ありがとう。これまでで間違いなく一番の、最高の贈り物だわ。
これから、楽しい生活になりそうね……。
そんな期待を胸に始まった、私とジュライの二人だけの秘密の生活は、前途多難だった。
彼はすべてを閉ざすようにして私を遠ざけ、軟禁状態から抜け出せないと悟ったあとは、目を離すとすぐに自害しようとする。
そんな彼に手ずから食事を与え、眠りに落ちるまで同じ部屋で過ごした。
毎日続く、手厚い看護と温かい言葉に、少しずつ心がほだされていく。そして、一口……、一歩……と近づくほどに、二人の心の距離も近くなっていた。
季節が少し移り変わり、私の存在にも随分と慣れたように見えた頃、ふと彼は、虚ろな目をして自ら言葉を紡ぎだした。
暗殺者だなんてすることになった身の上を訥々と私に語りながら、熱のない瞳で静かに涙を流す。
それを優しく抱きしめ、ゆっくりと頭を撫でて受け入れて……それが、おそらく、彼の心が一気に開いたきっかけだったのだろう。
以来、私とジュライの関係は日増しに改善されていき、出会いから半年も経つ頃には、軽口を叩きながらテーブルを共に囲むまでになっていた。
「ロクサーナ様、もう僕は一人で食べられます……」
「あら、ジュライ……そんなこと言わないで。あなたは私のモノなのでしょう?」
城のとある一室で、目の高さほどもある大きなケーキをスプーンにとって啄みながら、私はジュライをからかっていた。
彼は、口元まで差し出されたケーキに顔を赤らめながら、いつもと同じく僅かばかりの抵抗を見せる。
やめてとは決して言わない。
彼にあるのはただ、立場だとか男らしさだとか、そんな単純な理由だ。ただ、それだけで、素直に気持ちを委ねることができずにいる姿が、とてもいじらしく見える。ああ、なんて可愛らしいんだろう。
その姿がたまらなく愛しくて、思わずクスクスと笑みが溢れて頬が緩む。
そして、そんなジュライをしばらく堪能した後、私はケーキの乗ったスプーンを自分の口元へと運んだ。
「冗談よ」
なんて言いながら、ケーキを口に含める。
口の中で溶けていくケーキは、脳がとろけてしまいそうに甘かった。
その甘さに身を委ね、ゆっくりと味わっていると、口の端にクリームがついてしまったことに気付き、小さく舌を出してペロリと舐め取る。
すると、ジュライの熱い視線が自分の唇に向けられていることに気付いて、私はまた、くすりと笑った。
ジュライが私の元に来て、もう半年。
彼の心を、ここまで開かせるのには苦労したとしみじみ思いだす。
「ロクサーナ様には、本当に感謝しているんです……今となっては、ここに送り出してくれた俺の父親にも」
「そう……私も、あなたが来てくれたことに、心から感謝しているわ」
ケーキに満足して温かい紅茶を飲んでいた時、ジュライはふうと穏やかに息を漏らしながらそう呟いた。
そして、手に抱えていた紅茶の水面に映る彼が私を見ていることに気付き、わずかに視線を上げる。
ジュライの、覚悟を決めたような瞳と目が合った。
「覚えていますか? あの約束を……」
「……ええ、もちろんよ」
彼が最初にここに来た時に、交わした約束。
それがまさに今、果たされようとしていることを感じ、再び目を伏せて紅茶を啜る。
「どうか、受け取ってください。俺の本当の名は……ルカです」
熱を帯びた視線が向けられる。
私はそれに気付きながらも、決して目を合わさずに伏せたまま、鼻腔に広がる紅茶の香りを堪能していた。
口の中の甘みを打ち消す、爽やかでいて少しほろ苦い香り。
鼻から通り抜けていけば、もう少しの余韻しか残らない。
……これで終わりね。
彼の本当の名前は、ルカ。
ジュライの本当の名前なんて、別に知りたくもなかった。
ジュライと過ごした半年間は本当にかけがえのない日々だったけれども、事実として、この二人の秘密の遊びを楽しんでいたのは私だけで、彼は私とさらに一歩進んだ関係に進みたいと願っているのだ。ただ、私には、ここから先へはもう踏み込めなかった。
ルカから向けられる熱い視線を躱してニコリと微笑む。
……この楽しい生活も、もう終わりね。
「そう……ルカ。それがあなたの本当の名前なのね。では、ルカ。あなたのこの城での生活は今日で終わりよ。今すぐ荷物をまとめて出て行ってちょうだい」
先程までジュライに向けていたものとは違う、他人行儀な笑顔を貼り付けて言う。
それはルカにとって予想外の反応だったのか、彼の表情はみるみる青ざめていった。
「どうしてですか⁉ あんなにも僕に心を寄せてくれ、やっと全てを受け入れて、本当の自分を捧げることができたというのに!」
「あなたの本当の自分は、私とは関係ないものよ。本当の自分が求められる世界へお戻りなさい」
受け入れられずに叫ぶ声を無視して、有無を言わさずに城から放り出す。
閉ざされた扉の向こうで、ルカのすすり泣く声が聞こえた。
けれど、もう、彼をこの城に押し留める繋がりは失われたのだ。
この半年、共に過ごした日々を胸に、また一人で生きて行こう。素敵な思い出を、どうもありがとう。
そう扉越しに、ルカの中に残るジュライへ最後の別れをした後、私は踵を返して城の奥深くへと戻って行った。
それからは、また、かつて送っていたのと同じ、平穏で、刺激のない生活が始まった。
侍従たちに聞いた話によると、ルカはあの後、閉ざされた扉の前で泣き崩れてひとしきり咽び泣いて、日が暮れる頃になってようやくここを離れ、自分の故郷である隣の子爵領へと向かっていったという。
そういえば、ルカは確か、意外にもそこそこの家の養子だったはずだ。彼には、血の繋がらない兄がいるのだと言っていた。
ルカは読み書きは得意ではなかったが、私と過ごした半年の間に身に着けた礼儀作法や執事見習いとしての技量があれば、その兄の下で何かしら雇ってもらえることだろう。そうなれば、もう二度と、暗殺者なんてものにならずに済むだろう。
……そう。もう二度と、会うこともない。
ルカの今後の人生に思いを馳せながら、私は父への気持ちと同様に、ルカへの思いを心の奥底へと封じた。
◇三年後◇
それから、あっという間に月日が経った。
父が全てを捨てて向かった隣の子爵領は、三年前に我が侯爵領の後ろ盾をなくして以降、急激に荒れ、数カ月前についに、領主は夫人を見限り離縁していた。
夫人は身から出た錆にもかかわらず、何者でもなくなった自分を悲観して自殺し、残された父は指名手配されて子爵領内を逃げ回っていたらしい。
それが、先日突然死体で見つかり、この一連の騒動が民衆の目にも晒されることになったのだという。
父を殺した者は英雄のごとく崇められ、子爵領の人々はこのゴシップに今もなお熱狂していると聞く。
その熱気が、隣とは言え少し離れたこの城にまで届くような気がした。
もうとっくに日は沈み、夜空に浮かぶ月を眺めながら、窓辺に寄り添い思いを馳せる。
傍には、今年も父からの贈り物を思ってケーキが用意されていた。
ルカを解き放って以降、送られてくることのなくなった贈り物……。
父も死に、もう誰からも送られて来ることはないというのに、いつまでも未練がましくケーキを用意してしまう。
私はというと、この三年の間に、父に代わって正式に女侯爵として叙爵していた。
貴族の次男三男にとっては格好の獲物であるため婚約の申し込みがひっきりなしに届いていたが、まともな縁談が一つもないのは、ひとえに父の悪行が国内に広く知れ渡ったからに他ならない。
誕生日だというのに、今日もまた、誰とも分からぬ相手からの婚約の申し込みが届く。
テーブルにつき、目の前のケーキを視界に入れながら、渋々送られてきた封筒に目を落とした。
その封筒には、婚約の申し込みとして見慣れた花の柄ではなく、ケーキの模様が入っていた。
ほのかに香るかおりも、砂糖菓子のように甘く脳がとろけるようで、一瞬、違和感を覚える。
封蝋を確認するも、そこには何の印も押されていなかった。
いたずらかしら? と、思いつつも、一応封を開け、中身に目を通してみる。
もし、やはり婚約の申し込みであったならば、当たり障りない返事でお断りをしよう。そろそろ後継のために養子でも見繕おうか。
などと考えながら文末に記された名前に目をやると、そこにはかつて私が愛した名前が書かれていた。
『あなたの、ジュライより』
……何かの間違いでしょう?
子爵領に向かったと聞いて以来、この三年間、何の音沙汰もなかった。
すっかり私のことなど忘れて、ルカとしての人生を送っているものだと思っていたのに……。でも、この封書に書かれた少し不格好な文字は、かつてのジュライのものに他ならない。
よくよく内容を読んでみると、まだ打診の段階であるにもかかわらず、この城を来訪したい旨とその日時が書かれていた。
『あなたの誕生日の夜、そちらに伺います』って……今日だ。
そう気付いて視線を上げたと同時に、背中から突然声が聞こえた。
「……動かないで」
その声に、心臓が思わず跳ねる。
記憶の中より、少し低くなった声……どうやって城の中に? そういえば、前の時もどうやって? などと、取り留めのない思考が溢れてくる。
そして、流れる静寂。この声の主は私が振り向くのを待っているような気がして、恐る恐る後ろを振り返ってみた。
そこには、私よりもずいぶんと背も高くなった、精悍な男性がいた。輝く銀髪に宝石のような瞳と、かつてのジュライの面影が、色濃く残っている。
彼は満面の笑顔で、愛おしそうに私を見つめてくる。
「誕生日おめでとう、ロクサーナ様。ルカは役目を終えて死んだよ。ロクサーナ様の……そして、僕の父親からの贈り物はこれで最後だ。僕はもう、ただのジュライ。どうか、これからはまた僕と、共に生きて行ってほしい」
……夢じゃないかと思った。
そしてこれが現実なのだと認識すると、途端に視界が滲んで、よく見えなくなった。
ジュライ。ああ、なんて愛おしい。
あなたは、私が一番望んでいたモノを持ってきてくれた。
母を失い、父に捨てられ、あまつさえ様々な手段で殺されそうになった私。
人を信じることなど諦めて、ずっと心に蓋をして怯えるように生きてきた。
けれど本当は、父もジュライも、私だけのものにしたかったし、私だけを愛してほしかった。
お父様、あなたは本当に最低な人だったけれど、こんなに素敵な贈り物を送ってくれたことだけは感謝します。
……最高の贈り物を、ありがとう。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけましたら、ブクマもしくは★★★★★をいただけると、とてもうれしいです。
他にも色々書いていますので、もし良ければそちらもご覧ください。
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