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第八章 自然の摂理

■4年4ヶ月後 楽園


 収穫の秋だ。毎年土を変えたり肥料を変えたり、光の当たり具合を変えるといった工夫を繰り返した。その甲斐あって、1年目に比べて2年目は3割収穫が増えた。3年目はさらにその2割増。今年はさらに1割増で、1年目に比べれば7割も増えた。この方式と規模だとそろそろ収穫量としては限界だろう。だが、俺一人の食料としては十分で、ある程度の備蓄もできている。玄米さえ食べていればとりあえず死なない。食料はまず安心だ。

 野菜もほどほどに採れている。量は少ないが蕎麦も収穫している。冬には小麦も栽培している。そんなに頻繁には食べられないが、蕎麦もパンもパスタも食べている。パスタはホームベーカリーで生地が作れる生パスタだ。卵がないから食感はイマイチなんだけどね。ほかにジャガイモとサツマイモも栽培している。

 自分で育てた作物を収穫して食べるというのは良いよな。生きてるって感じがするよ。どんどん作物を増やそうなんて考えちゃう。


 というわけで、今年は近所の畑でも試験的に栽培してみた。手間がかからない作物として、大豆とタマネギを植えた。植えたというか、元々生えていたものを去年収穫して今年植え直したんだ。上手くいったよ。ちょっとだけ味見して、あとは来年の種にする。

 害虫は年々増えている。今年はイナゴが大量発生した。大群で飛行しているのが見えたからビビったよ。屋内農園には侵入されなかったが、外の畑は結構食べられちゃった。それでも植えた量よりも多く収穫できているから失敗とは言えない。

 野菜を食べる害虫は増えているが、蚊はすっかり見なくなった。やっぱり絶滅したのかもしれない。

 それよりも雑草だ。放置している元畑はあっという間に雑草で埋め尽くされた。人が育てた作物の子孫たちはごくわずかで雑草に埋もれてひっそりと生き延びてているだけだ。収穫するには足下に気をつけて草むらに分け入ってよく見極めなければならない。野菜よりも雑草の方がずっと強いんだ。逆か。野菜が弱いから人が育ててあげていたんだね。

 来年は外の畑の面積を広げようと思う。農家の納屋でトラクターを発見したので整備して動くようにしている。春までに耕して雑草にも虫にも負けない畑を復活させるぞ。




 行動範囲も広げた。というか、どこの店でも長期保存できる食品ってそれほど多くない。近所のお店では足りなくなりそうなので、今から準備しようというわけだ。

 去年の春、建設機材のリース会社の車庫からブルドーザーを持ち出した。これも3年放置されていたからなかなかエンジンがかからずに苦労したよ。学校は情報科じゃなくて機械科に行っておけば良かったかな。そしたらいろいろ金属加工もできたのにな。

 ブルドーザーで道を塞いでいる自動車を押して端に寄せる。道の真ん中を軽トラで走れれば良いだけだから、ちょっと押すだけだ。その程度の操作ならすぐにできるようになった。

 とにかく自分の怪我にだけ気をつければ良いんだ。押した車が周りにぶつかったって何も問題ない。使わない畑に落ちたって気にしない。油が漏れて汚染しちゃっても火が出なければ良いかって感じ。歩道を塞いでも、ガードレールを壊しても問題ない。車内に被災者さんが残っていても関係ない。もう、いい加減そういう気持ちもなくなってきて、意識せずに片付けられるようになった。俺ってホントに無礼者だな。


 そんなわけで結構遠くまで軽トラで物資の調達に行けるようになった。気が向いたときはバイクにも乗っている。安全第一で。


 それで釣具店を見つけたんだ。たんぱく質が不足しがちだからな。魚でも釣ろうかってね。やったことないからあまりイメージがわかなくて、釣具店にあった入門書とDVDで勉強したよ。道具は最高級のものを揃えた。根が貧乏人だからすぐに高級品に手を出しちゃうんだよね。金額よりも機能が重要だとわかっているけど。

 多摩川に行った。最初のうちは全然釣れなかった。なぜ釣れないのか、どうしたら釣れるのか、いろいろ試したね。そのうち釣れるようになったよ。最初に釣れたのは結構でっかい魚だった。初めて見たが、本で確認するとどうやら外来種のライギョらしい。焼いて食べてみたが俺には合わなかったので肥料になってもらった。

 ネットがあれば美味い調理方法も簡単に調べられたのにな。この辺りはフナとかコイとか泥臭い奴が多い。マスとかイワナとかの食って美味い魚はもっと上流に行かないと釣れないみたいだ。

 それでもたんぱく質は必要なので時々来て釣りながら料理の仕方を研究している。




 日常生活はすっかり定着した。寝室のテントはグランピングで使うゲルにした。中に電動ベッドを入れた。上半身を少し起こすと寝やすいんだよね。アスリートが宣伝してた高級寝具も入れたから寝心地は抜群だ。

 店舗設備のエアコンはあるが、全部使うと電気が全く足りない。部分的に使っても、空間が広いから冷気も暖気もすぐに広がって無意味になってしまう。

 そんなわけで、冬は薪ストーブを使ってリビングと寝室を暖めた。とにかく売り場がやたらと広いんで、煙突を外に出すのに苦労したよ。

 逆に夏はスポットクーラーを使っている。自分に向かって冷気を出していると、そのときだけは汗がとまる。風呂上がりとか、食事とか、寝るときとかに使っている。


 空気がすごく澄んでいる。夜は灯りがないので星がきれいだ。グランピングのような贅沢なサバイバルしてるな、って感じで毎日充実している。俺にとってこの災害は幸いだったのかもしれないな。被災された方々に申し訳ないが、そんなことを考えて穏やかに日々を過ごしている。



■13年5ヶ月後 旅立ち


 今日はこの橋の下で鮭の燻製を作りながらビバークしよう。

 夕方、遡上する鮭を網で捕まえた。いくらを取り出してサッと熱湯に通して醤油に漬ける。本によると食感が多少落ちるものの、アニサキス対策としては万全らしい。夢も希望もないからいつ死んでも良いが、寄生虫でのたうち回って苦しむのはごめんだ。アウトドア用クッカーをたき火にかけて米を炊く。クッカーのまま上にいくらをかけていくら丼の完成だ。酢飯でないのがちょっと残念だが久しぶりの丼物だ。

 人がいなくなって10年もすると、こんな川にも鮭が上ってくるようになるんだな。すごいことだ。

 テントの前でたき火をしながら鮭を燻製にする。もう冬だし、2日ぐらいは食べられそうだ。

 待てよ、鮭の季節には遅すぎるんじゃないか? なぜ今遡上している?

 気温が測れるアウトドア用腕時計で測定する。結構暖かいな。あれか? 地球温暖化か? 人間が活動を止めても結局温暖化は止まらなかったってことか? ますます虫と植物が繁栄するな。それに冬だと言っても爆弾低気圧とかは気をつけないと行けないかな。




 去年、大地震が起きた...と思う。震源がどこで、マグニチュードがどれだけあったのか全く解らないので、起きたと断言できない。ホームセンターでは体感震度4か5弱ぐらいだったと思う。多摩地区は地盤が固いからな。都心や横浜、千葉方面はもっと揺れたんじゃないだろうか。

 小高いところから双眼鏡で都心を観察したら超高層ビルが少なくなっている気がした。折れちゃったんじゃないかな。何しろ10年もメンテナンスしていないんだ。ちょっとしたヒビに生えた草の根が外壁を徐々に破壊するかもしれない。火災で躯体が焼かれたビルもあっただろう。いろんな隙間からか雨水が浸入してあっちこっち腐食させているんじゃないだろうか。

 ドローンを飛ばせたらもっと詳しく解っただろうが、解ったからってどうにかできるわけでもないし、何かしたいわけでもない。

 心配なのは原発だ。13年前の被災時には関東周辺で稼働していた原発はなかったはずだ。もし稼働していたら停電の時に冷却できなくなってメルトダウンしていただろう。だが、今回の地震で設備が壊れて残った放射性物質が漏れ出す可能性はある。近づかない方が良いな。




 もう無線はノイズしか聞こえない。機械が自動で発信しているデジタル音も聞こえなくなった。

 気象衛星NOAAの信号も受信できなくなった。NOAAの電池の寿命が尽きたのかな。天気の予測ができなくなったのでとても不安だ。

 GPSは全滅していないが、正常に稼働している衛星の数がだいぶ減ったようだ。今ではナビに正確な場所が表示できない。『受信確認中』の表示が出て地図が表示できないことが多くなった。ただ、受信状況表示画面で時刻というか日付が解るので助かっている。

 GPSが弱ってると気づいてから、毎朝カレンダーに印をつけて日付を忘れないようにする習慣を作った。カレンダーはパソコンで100年分作った。インクが劣化したら100年後に読めるかどうか解らないがな。だいたい俺がそんなに生きているはずはないが。


 そう、50歳までカウントダウンに入った。昔は人間五十年って言ってたそうだ。結構頑張って生きたな。ここまでよく頑張ったよ。ホントに。




 5年目から屋内農場の収穫は減っていった。原因はよくわからなかった。連作障害って奴かもしれないし、肥料が強すぎたのかもしれない。8年目にはコガネムシの幼虫に根っこを食われていた。気づくのが遅れて大量に枯れてしまった。外で土作りしているときに紛れ込まれたんだろうな。

 去年の大地震の直前にはいろんな虫が大量に発生して外はパニックになった。屋内農園にも入り込まれて作物は全滅した。今にして思えば、あれは地震の予兆だったのかもしれない。ま、地盤が固いところに住んでるから被害はなかったがな。そうそう、不法投棄の山が崩れていたが、どうでもいいな。

 当然、外の畑は全滅だ。


 遠くの農協やホームセンターまで遠征して種とか種芋とか、種籾とかをかき集めた。10年寝かせた有機肥料も調達した。虫の死骸で詰まった農業用水のパイプとホースも掃除したり交換したり頑張ったよ。

 そして今年の春、屋内農園を再建した。そして半年、収穫を楽しみに備蓄と川魚だけで食い繋いだ。だがなぜかほとんど実らなかった。照明が暗いからかな? 素人の俺には原因なんかわからないし、究明しようなんて気力も湧いてこなかった。


 電気製品もどんどん使えなくなった。太陽光発電パネルも出力が落ちた。蓄電池も弱ってすぐに電気がなくなる。

 乾電池も使えるものが減った。未使用なのに液漏れを起こしているものが多いんだ。

 ガソリンもほとんど無い。古い車から抜いても劣化していたり、雨水が混じっているようで上手くエンジンがかからない。水抜き剤とか使ってみたが、そもそもこの水抜き剤も相当古いぞ。

 ガソリンスタンドのタンクから頂戴しようかと思ったが、やり方がよくわからなかった。電気なしでどうやって地下のタンクから汲み上げれば良いのか、さっぱりアイディアが浮かばなかった。いくつかのスタンドを回ってみたが、マニュアル類も見つからなかった。お手上げだ。

 未使用のカセットガスも中身が半分ぐらいに減っている。錆びた缶はいつガスが漏れ出して引火するか解らない。土中に埋めたよ。




 俺はホームセンターという楽園を捨てることにした。もう農業はできない。備蓄も尽きる。人類の英知、長期保存食も限界を超えた。エネルギーは遠からず尽きる。原始的な狩猟採集生活で生きるしかない。

 そう考えたら多摩に住み続ける必要は無いと気づいた。もっと自然の食料が調達しやすい場所に移住しよう。

 動物はいないから、狩猟の対象は魚だ。川魚はもう飽きた。海に行こう。

 海ならどこがいい? 船は操縦できないから沿岸漁業になる。広い砂浜では漁がやりにくそうだ。ある程度岩場のようなところの方が良いだろう。そうすると、茨城と千葉の太平洋側はないな。茨城には原子力施設もあるしな。湘南もど真ん中はダメだ。

 思いついたのは熱海とか伊東、伊豆の東海岸だ。魚もたくさんいるし、温泉がある。山が多くて平地が少ないから、バッタのような虫は少ないんじゃないだろうか。そんな淡い期待を抱いて。




 そんなわけで俺は今、伊豆を目指して旅をしている。虫がいない、台風が来ない、汗をかかない冬を待って旅に出た。

 乗り物は自転車だ。大きな荷台を付けて旅に必要な道具と食料と水を積んでいる。乗ると言うよりは荷車代わりに押している。三輪車や荷車ではなく自転車を選んだ理由は、道が自動車で塞がれているからだ。二輪の自転車ならばわずかなスペースで通過できるだろうと考えたからだ。

 道はひどいものだ。どこの道もアスファルトにヒビが入り、草が生えている。マンホールの蓋の縁とか、縁石のつなぎ目とか、そこかしこから草が伸びている。この草の根がさらにアスファルトやコンクリートを割っていくんだろうな。あと数年でどこが道か解らない、完全な野原になりそうだ。

 沿道の建物も崩れていたり、植栽がはみ出したりしていて、歩道ですら通れないところがある。戻って迂回は常にやっている。

 もう一つ心配なのが工業地帯の汚染だ。保守されていない設備が大小の地震や強風でどんどん壊れていろんな物質が漏れ出していると思う。だから、今回の旅も遠回りを覚悟で工業地帯を避けて山沿いの道を選んでいる。それでも意外なところに工場があるものだ。何の工場なのかいちいち確認しないが、そういう所はマスクとゴーグルを着けて早く通り過ぎるようにしているので今のところ健康被害はない。

 その上、紙の地図で現在地を確認しようにも、ランドマークが見当たらない。時々地図が表示できることがあるからDVDナビを持ってきている。それで確認したら平均して1日10km程度しか移動できていない。大変な旅だよ。


 なぜそこまでして行くかって? 温泉だよ。温泉! あと海魚も食べたい。エビとかカニが食えないかな。貝も良いな。

 得意の妄想をエネルギーに変えて俺は新天地へ行くのだ!



■30年後 歳月


 海は広いな。俺は今日も海に来て魚釣りで食料調達だ。あとで海藻も拾うぞ。


 伊豆に来て15年経った。もう還暦を過ぎたが、体はまだ衰えていない。

 今では道は草だらけだ。除草剤はとっくに尽きた。かつてアスファルトで舗装されていたところも背の高い草が生い茂って、どこが道だかわからない。草の中を歩いていると、隠れているガードレールの残骸とかにぶつかって怪我をする。だから、主要道は毎日歩いたり自転車に乗ったりして草の進出を防いでいる。普段行かないところに入るときは杖が必須だ。草に隠れた障害物や凹凸を確認しないと危なくて歩けない。視覚障害者さんの気持ちが少しわかった気がする。

 もうこの星は虫と植物と魚類の惑星になった。鯨とかイルカとかの海洋性哺乳類がどうなったかは知らない。少なくとも伊豆沿岸では見かけない。大型の動物が陸上に進出するには早くても数百万年は掛かりそうだな。虫が巨大化する世界は想像したくない。


 そんな世界での狩猟採集生活も慣れると楽だ。ちょっと大きな街まで行けばまだまだ食料が手に入る。乾麺は袋を開けて湿気っていなければ問題ない。熱湯で茹でるからな。缶詰は開けて臭いに異常が無ければ大丈夫。念のため加熱してから食べている。

 夏から秋にかけて柑橘類が結構採れる。秋には栗と柿も採れる。虫食いが多いが、よく探せば無傷のものもある。ビタミンと糖分が嬉しい。砂糖もまだ手に入るが、果物の糖分は別格だ。

 プロテインも結構飲める。新しい袋を開けたらほんのちょっと飲んでみる。半日経って腹が痛くならなければOKだ。もし腹が痛くなったら2,3日動かずに消化の良いものと水分を摂って安静にする。医者がいないから無理をすると死ぬかもしれないからな。

 住居はやっぱりホームセンターだ。まだまだ使えるものがある。資材と手動の道具はいくらあっても困らない。ただ、海沿いの店は避けた。大地震があったからな。10年とか30年ぐらいは大きな余震が来るかもしれない。津波を警戒したんだ。

 高台のホームセンターを拠点にして、自転車で坂を下って食料や必要物資を調達するんだ。帰りは自転車を押していくから結構大変だけどな。

 電気もガスもほぼ無い。まだ発電できるアウトドア用の太陽光充電器が使えるんで、照明ぐらいはなんとかなっている。GPSも全滅したか。農業やってないからカレンダーもどうでも良くなった。DVDも見るのが面倒になっちゃった。電子機器は音楽再生ぐらいしか使っていない。


 暇つぶしは読書と筋トレだ。図書館に通って小説なんかを片っ端から読んでいる。知識はもう要らないな、と思うんだが、小説からも結構知識が入ってくるよ。すごいな、人類。

 被災前より体格が良くなっている気がするが、体組成計も使えない。アナログ体重計で測ると体重が増えているが、脂肪が増えた気はしない。パワーも上がった気がする。


 海岸近くに釣りのための拠点を作った。と言っても元釣具店だ。道具の保管と補充、手入れをする。この裏手には山が迫っていて、階段があるからいざとなったらすぐに高台に上がれる。なかなかの好立地だ。

 道具と言えば釣り糸はすごいぞ。全然劣化していない。流石は環境破壊の第一人者だ。


 温泉宿とか公衆浴場は設備が止まって全く使えない。直し方も解らない。

 だが、念願の温泉には入れている。街の中には自然に噴出している源泉がある。観光案内に『枯れた』と書かれていた間欠泉跡地に行ってみると、なぜか勢いよく温泉が噴出していた。どこの源泉も湯量が増えているみたいだ。人が汲み上げなくなって10年以上経って地下水が増えたってことかな。

 そんなわけで、源泉の近くに湯船を作ってお湯を張り、程よい温度に冷めるのを待って入浴している。町中でフルオープンだ。さすがに家にしているホームセンターまで温泉を引くことはできないが、時々入浴できるだけでも十分だ。




 そんな生活をのんびりと楽しんでいたら天変地異が起きた。2年半前だ。

 最初はただの地震だと思った。でも、地震が頻発する。大地震の余震かな、と思っていたら空が真っ暗になって雷も鳴った。嵐が来たのかと思ったが雨は降らない。代わりに石が降ってきた。


「火山の噴火だ!」


 家にしているホームセンターの屋根が心配になったので、近くの学校に避難した。メンテナンスをしていないとはいえ、鉄筋コンクリート製だ。火砕流とか溶岩とかガスが来たらどうにもならないが、目下の危機である火山弾は避けられると思ったからだ。

 どこの山が噴火したのかさっぱり解らない。火山弾の飛んでくる方角から考えて箱根山とかだろうとは思ったが、当てずっぽうに避難するのも危険だ。何しろジオパーク伊豆だ。最近噴火していないので一般には知られていない火山がそこかしこにある。実はすぐ近くに新しい火山ができました、なんてことになっているかもしれない。もっとよく観察して考えてから行動しようと思った。

 火山弾は怖かったが、いつも降っているわけではない。それよりも時折火山灰が降ってくる。こいつは結構やっかいだった。すごく邪魔だし、雨が降るとドロドロになって土石流になる。巻き込まれたら絶対に助からない。


 噴火は1年続いた。その間、噴火しっぱなしと言うわけではなく、強弱があった。

 噴火がおとなしい時に食料を調達した。ヘルメットを被り、オートバイ用のプロテクター付きウェアで防弾した。火山灰が積もると自転車も押せない。リュックを背負って徒歩での調達だ。

 噴火が終息したか、あるいはちょっと休止しているのか解らないが、火山弾が止んで空も普通になった頃、海を見に行ってみた。海には軽石がたくさん浮いていた。魚も逃げたんだろう。戻ってくるまで半年かかった。


 どこの山が噴火したのか気になった。ちょっと遠征してみた。一山上って伊豆スカイラインがあったあたりまで行ってみたんだ。登山道どころか獣道すらなくなっているから本当に大変だったよ。

 見晴らしの良いところで周囲を見渡したら噴火した山がすぐに解った。富士山だった。富士山の山体が崩壊して半分ぐらい崩れていた。あの様子だと伊豆以外の静岡県東部は壊滅状態だろう。多くの火山灰は東京の方に飛んでいったはずだ。多摩にもそれなりに積もっただろうな。被害者が0なのは不幸中の幸いか。伊豆半島東側に移住しておいて助かった。

 関東大震災に、富士山噴火、このパターンだと遠からず東海・東南海地震も起きそうだ。暇つぶしに読んだ本から得た知識を元に考えると、5代将軍綱吉のころの災害の逆パターンではないだろうかと思う。あのときは西から順番に発生したそうだ。今回は東からなんじゃないかなと。

 東海地震が発生すると浜岡原発が心配だ。被災時に稼働はしていなかったと思うが、巨大地震に大津波が押し寄せれば施設が破壊されて残っている放射性物質が放出されるかもしれない。停止から30年、いや、被災前から停止していたからもっと経っているか。放射線レベルは下がったとしても安心はできないな。方角的に風に流されてきそうな気もする。またどこかに移住した方が良いだろうか...




 また昔のことを思い返してしまった。そろそろ帰って釣れた魚を干物にしよう。今日は海藻は採らなくても良いか。

 道具を片付けてクーラーボックスのベルトををたすき掛けにし、右手に釣り竿を持って岩場をよじ登る。


「あ!」


 足が滑った。左手一本で体を支えきれなかった。仰向けに落っこちて下の岩で背中をしたたかに打った。痛みでしばらく呼吸が止まった。

 呼吸が回復した。ゆっくりと大きく深呼吸する。3回繰り返す。ゆっくり目を開ける。空が青いな。

 目見える。視野狭窄なし。口、声出せる。両腕、指、動く。足...感覚が無い。足の指も動かない。腰の辺りで脊椎をやってしまったか。クーラーボックスがあだになったかな。


 ついにやってしまった。怪我をしないようにいつも気をつけていたのに、いつの間にか油断していた。今日は岩場に来たというのに軽装だった。うかつだった。

 誰も助けに来てくれない。とりあえず、下半身の麻痺が一時的なものであってくれと祈りつつ、腕だけで体をねじって横向きの楽な体勢にする。

 もうじき満潮だ。少し水位が上がってくるが、ここまでは上がってこないはずだ。溺死は免れるかも。天候が悪化しなければ、という条件付きだけどな。


 このまま衰弱して死ぬのかな。大勢の被災者さんたちと同じか。

 いや、あの人たちは突然意識を失ったから衰弱していく恐怖とか焦りとか怒りとか、そういったものは感じなかっただろう。俺は意識を失うまでこの状況と心理戦をしなければならないのか。厳しいな。


 年のせいか、なんとかして助かろうという気力は沸いてこない。それよりも、この30年、一人でよく頑張ったよな、という思いが込み上げてくる。同時に、俺の人生って一体何だったんだ? という疑問も湧いてくる。


 人の生涯に意味なんて無いよな。生命だから、ただ生きる。成功も失敗もない。俺は生きた。生ききった。それで良いじゃないか。それが俺の結論だ。


=完=

最後までお読みいただきありがとうございます。

最後にご評価をいただきたくお願い致します。

星0だと無視されたように感じてしまいますので、最低1でお願い致します。


こんな終わり方? と思われた方もいらっしゃるでしょう。

そんなご不満も含めて、感想欄にご意見・ご批判などいただければ幸いです。

否定的なモノも含め、反応していただけると次回作に取り組もうかという意欲が出てくるかもしれません。

そうなんです。本作の主人公は私の写像なのです。

私もすぐ挫折してしまうので、無視しないでください。

できればご感想を、せめて星1つのご評価をお願い致します。


なお、ご承知とは思いますが、この小説はフィクションです。実在する人物、団体、施設等とは一切関係ありません。念のため。


本作とは毛色が違いますが、2023年7月より2作目の連載を開始しております。ぜひお読みください。

https://ncode.syosetu.com/n7610ih/

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― 新着の感想 ―
[一言] あまりにも無常すぎて涙が出そうになりました。。。 読んでいて辛かったですが、面白かったです
[一言] 主人公はなんだかんだでずっと瞑想を何十年と続けていたのでしょうね。人類どころか鳥類や哺乳類まで絶滅してしまっていたこともあり、なかば野生に還り始めていた主人公も、ついにうっかりとした致命傷に…
[良い点] うーん、本当に1人のまま終わるとは…。中々の実験作。 [一言] 色々な知識を書き込むのにも調べ物したり大変だったんじゃないかと思いましたが、ストーリー展開あまり起こさずただ静かに生きて死…
感想一覧
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