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第二章 2日目

■22時間経過 考察


 疲労とストレス反応のせいだろうか、目覚めたら昼近くになっていた。昨日のことが夢であってほしい。

 窓を開けて外を見る。静かだ。車が走る騒音も聞こえない。野鳥の声も聞こえない。風と樹木が揺れる音だけだ。

 空を見上げる。鳥も飛んでいなければ、多摩では日常的によく見かける自衛隊のヘリも米軍機も飛んでいない。エンジン音も聞こえない。


「こういう事態だったら上空はヘリだらけのはずだろう!」


 妙な怒りが込み上げてきたがどうしようもない。


 スマホを取り出して待ち受け画面を見る。昨日送ったメールの返信も来ていない。SNSの着信どころか、どこを見ても人の発言は更新されていない。ただ、広告だけが定期的にぶっ込まれてくるだけだ。

 テレビを点けてみる。CMは流れているが、生放送本編になると『お待ちください』の表示が出る。やはり自動化されている部分だけが動いている感じだ。


 一応職場に電話してみる。案の定、応答がない。ちょっとホッとしたのはどうしてかな。

 派遣元の営業担当にメールを送っておく。『私は無事です。就労可能なので派遣先と調整がついたら連絡ください』


 そういえば安否確認システムからメールが来ていないな。サービスのサイトにアクセスしてみる。通常の案内が表示されるだけだ。


「これだけの事態になっているのに災害と認定する人がいないんだな」


 昨夜コンビニで仕入れたコーヒーとパンで朝食を取りながら考える。

 病気じゃないよな。病気だったら一瞬で広範囲に影響が出るはずがない。

 戦争か、他国からの攻撃だろうか? 中性子爆弾とかなら街を破壊せずに生き物だけを殺せる。しかし、どこを攻撃した? 東京がやられたとして山梨まで被害が及ぶか? 規模が大き過ぎるだろう。大体、俺だけ何で助かった? 鍾乳洞の中だったから? そうだとしても、中性子爆弾とかなら爆心から見て山陰のところは被害が小さいはずだ。だけど、ここに帰ってくるまで意識のある人は一人もいなかった。動物もだ。

 上空から広範囲に毒物を撒いたのかもしれない。専守防衛だからな。直接攻撃でなければ何を散布されても見ているだけだろうな。だけど、鍾乳洞にいたのは高々30分だ。その間に毒物が撒かれてあっという間に効果がなくなるって、違和感あるな。毒物の影響が広がる前にネットが大騒ぎするはずだがその形跡もない。毒物でもないか。


 原因はわかりそうにないな。まず、被害範囲を確認する必要があるよな。関西とか北海道とか、行政が機能しているなら助けを求めたい。

 戦争だとしたら降伏して保護を求めるべきか? 日本を攻撃する国って、あそこか、あれか、そっちだよな。どこに行っても奴隷にされそうだ。それどころか今回の攻撃で無害だったってことで研究対象にされて切り刻まれるかもしれない。逃げよう。


 そうだ。外国のニュースサイトを見てみよう。

 スマホで外国語のニュースサイトを検索してみる。英語のサイトはどこも昨日から更新されていない。中国語も。ロシア語すら。


「まさか地球で俺だけ?」


 じゃ、逆に考えよう。生き残っているというか、意識を保っている人が他にいるとしたらどんな人だろうか?

 この事態が意図的に起こされたとすると、犯人は被害を受けていないだろうな。自殺行為とかミスしていなければ。

 事故の可能性もある。その場合は当事者含めて全員意識がないかも。


 だけど、俺に意識があるのはなぜか? やっぱり鍾乳洞の中にいたからだよな。特異体質とかかな。あ、おじさんに電話してみよう。遺伝的な理由だったら数少ない血縁のおじさんには意識があるかもしれない。...やっぱり電話に出てくれない。念のためメールしておこう。


 鍾乳洞にいたことが助かった理由だとしたら、鉱山とか、潜水艦とか、地下要塞とかには人がいそうだな。自衛隊なら保護してくれるかもしれない。米軍はどうだろう。人によって対応が違う気がするな。横須賀に行ってみるか。その前に防衛省と首相官邸の地下施設に行ってみるべきか。とはいえ、都心方面の道路は滅茶苦茶だ。電車なら1時間足らずで行けるところだが、障害物を避けながらのバイク移動...歩いた方が早いかも。一体何日掛かるだろう。


 生きている人を手軽に探すには、やっぱり電波か。金がなくて開局しなかったが四級アマチュア無線の従事者免許はある。丘の上に八木アンテナが載っかったでっかいタワーを建てた金持ちそうな家がある。あそこに行って無線機を借用しよう。

 あと、ISSに宇宙飛行士がいるかもしれない。たしか、ISSからアマチュア無線の電波が出てたはずだ。スマホで検索する。


「なるほど、430MHz帯と144MHz帯か。これならどこにでも通信機がありそうだ。音声聞くだけならすぐにできそうだな。周回周期は約90分か。現在位置は...おお!リアルタイムで出るサイトがあるじゃん」


 よし、まずは丘の上で無線を試す。意識があって無線の知識がある人ならば必ずアマチュア無線を使うはずだからな。



■23時間経過 丘の上


 顔を洗って着替えて外に出た。

 まず、昨日サボったご近所の安否確認を行う。各部屋の扉をノックしてドアノブをひねってみる。どの部屋も鍵が掛かっていた。鍵が掛かっていなかったら部屋の中に入って安否確認しなければならない。どうやって助けたら良いのか解らないっていうのに、だ。正直、ホッとした。義務を免除してもらった気分だ。でも心に引っかかるモノがあるな。


 自転車に乗って街に行ってみる。多摩ニュータウンは歩道が広いから車道の事故を横目にスイスイ行ける。昨日とは大違いだ。

 あっちこっちに人が倒れている。交通事故も多い。駅の改札前は折り重なるように人が倒れて大変なことになっていた。だが、助ける術はない。被災者が多すぎる。--被災者と呼んで良いのかどうかもわからないが--しばらくそこにたたずんでいたが、あきらめてその場を離れることにした。


 こんな時、どうしたら良いのだろう。知恵がほしい...そうだ、本屋に行ってみよう。無線関係の本も目を通したいし。地域で一番大きな書店に行こう。


 その書店はデパートの5階にある。デパートの自動ドアは普通に開いた。店内は照明が点いていて、エスカレーターも動いていた。平日の昼間だったからな。お客さんは少ない。だが、所々に倒れている。

 エスカレーターで5階の書店に着いた。実はここには以前から気になっていた女性店員がいる。恋してるわけじゃない。気になるだけだ。

 急いでカウンターまで行って内側をのぞき込むと、やっぱり倒れていた。呼吸はしているみたいだ。なんとかこの人だけでも助けてあげられないものだろうか。

 カウンターの横に防災特設書棚があった。サバイバル術、グッズ、応急処置...これこれ。医学書なんか読んでも解るわけがない。応急処置の本を手に取ってざっと目を通す。


「何なに、意識のない人は気道を確保して呼吸ができるようにする...ってことは、既に窒息死している人もいるってことか」


 そういえば運転免許を取ったときに救助の講習も受けたっけ。何年前だ? 一度も使ったことないから完全に忘れてたよ。

 ほかにも保温が必要そうだ。倒れたときに怪我をしたと思われる人もチラホラ見かける。もう丸一日経ってしまったから、出血多量の人は亡くなっているかも。

 辺りを見回す。何だか急に怖くなってきた。やっぱり俺一人じゃとても助けられない。諦めよう。でも、あの女性だけはなんとかしてあげたい。

 床はカーペットだからこのままここで寝ていても冷えないだろう。この場所で少し楽な姿勢に変えてあげよう。


「ちょっと失礼しますよ」


 聞こえていないと思うが一声かけてから、本を見て意識のない人に適した横向きの姿勢に変えてあげる。

 隣の雑貨売り場から調達したクッションを頭の下において気道が塞がらないように顔の向きを調整する。同じく調達したブランケットを下半身に掛けてあげる。初夏だからな、上半身には何もかけない方が良いだろう。これで良し。


「顔や体にたくさん触れてしまった」


 この人が意識を取り戻したらお礼を言ってくれるだろうか。それとも『どこ触ってんのよ!』って怒られるかな。ちょっと気まずい。


「意識、戻ると良いですね」


 最後に一声かけて、気を取り直してここに来た目的を果たすことにしよう。

 よく来る店なので、いつも見るコンピュータ書の棚の位置はわかっている。電波関係の本もその近くにあると知っている。


 しかし...静かだ。冷静になるといつもと雰囲気が違ってなんだかちょっと怖いな。駅前は開放空間だったから気にならなかったが、ここは閉鎖空間だ。ちょっと異臭もする。被災者さんが失禁しているようだ。あれから20時間以上も経っているんだから当然だよな。

 雰囲気と異臭によるものか、倒れている被災者さんがゾンビみたいに襲ってくるんじゃないか、そんな妄想が脳裏を横切る。


 無線関連の書棚に着いた。俺がアマチュア無線の免許を取って15年以上経っている。金がなくて無線機が買えずに開局できなかった。大学のアマチュア無線部で少し体験させてもらったぐらいだ。無線局免許を持っていなくても、無線従事者免許を持っていれば他人の無線機を借りることは合法だ。バイトが忙しくて入部しなかったが、友達に頼んで時々やらせてもらったものだ。その程度の体験だからな、アマチュア無線家が使うQ符号という略語もほとんど覚えていない。

 見やすそうな入門書を1冊バッグに入れる。ちょっと躊躇するが、もう良いよな。非常事態なんだから万引きとか気にしなくても。もし正常に戻ったら事情を話して事後精算しよう。

 無線の専門雑誌のバックナンバーがずらりと並んでいる。この中にISSとの通信の記事がありそうだ。一冊ずつ手に取って目次を確認する。...だんだん書棚に戻すのが面倒になってきた。確認した号は平置きの棚に積んでいく。

 3年分漁ったところで目的の記事発見。これもバックに入れる。


 地下の食料品売り場に行って昼飯と晩飯になりそうなもの、それに飲み物を調達する。ここも支払いは免除してもらおう。


 自転車に乗って丘の上のアンテナタワーがある大きめの家に向かう。もちろん上り坂は押して。

 玄関のインターホンのボタンを押す。やっぱり返事がない。ドアノブに手をかけるが鍵がかかっている。


「やっぱりそうだよな。不法侵入するしかないか」


 庭に回ってみる。庭の一角に巨大なタワーが建っている。丘の下からも見えるこの辺りのシンボル的な構造物だ。タワーの上部にはアンテナが取り付けてあった。台風の時などは外していることを知っている。今日は付いていてラッキーだ。

 アンテナからタワーに沿ってケーブルが伸びていて、途中から家の2階に引き込まれていた。あそこに無線機があるのだろう。


 家の1階を見ると、なんとサッシが細く開いていて、レースのカーテンが外に出ていた。カーテンをめくって中をのぞき込むとソフォアーがある。リビングだ。初夏だから換気でもしていたのかな。そっとサッシを開けて靴を脱いで上がる。照明は点いていないがレースのカーテン越しに入ってくる外光で十分に明るい。


「お邪魔しまーす...ワッ!」


 ソファーに高齢のご婦人が横たわっていた。意識はない。この家の住人だろう。


「失礼しました。誠に勝手ながら無線機をお借りいたします」


 意味はないが、抜き足差し足で静かに2階に上がり、無線機があると思われる部屋の扉をそっと開ける。異臭が鼻をつくが、ひるまずに中に入る。壁側に机と棚があった。椅子は背もたれがこちらを向いている。肩と足が見える。高齢の男性が机に突っ伏していた。


 机と棚には無線機や関連機材が大量に整然と並んでいた。ご老人の手元には大きめのスタンドマイクがあった。ご老人はヘッドホンを装着している。よく見ると何台かの装置は電源が入っていた。メーターが少し揺れている。この揺れ方だと音声信号ではなくノイズだけを受信しているようだ。まさに通信している最中に意識を失ってしまったのだろう。そして困ったことに、このご老人も失禁していた。



■26時間経過 無線


 ご老人を局長と呼ぶことにした。アマチュア無線局のオーナーだから。この呼び方、アマチュア無線では普通だ。っていうか、法律上もそうだったはずだ。

 局長に席をお譲りいただく。椅子にキャスターが付いているので、ヘッドホンを外して机から体を起こし、リクライニングさせようと座面下のレバーを操作したら、局長の液体で手が汚れた...厳しい。局長の体を支えながら椅子をコロコロ移動して部屋の隅まで行き、角に肩と頭をつけて気道を確保した。

 洗面所で手を洗った。ついでに洗面台の下の棚を覗くと除菌消臭スプレーとぞうきんがあったので拝借する。それと、リビングからクッションを持ってきた。局長が床に作ったシミに除菌消臭スプレーを大量に拭きかけ、その上にクッションを置く。机の上もスプレーしてぞうきんでさっと拭く。無礼を承知で局長の下半身に消臭スプレーをかけさせていただいた。これで良し。

 別の部屋から椅子を持ってきて準備完了だ。


 目の前の壁には世界地図と日本地図が貼ってあり、その周囲に様々な絵はがきが貼られていた。QSLカードだ。アマチュア無線家一人ひとりがオリジナルのQSLカードを作っていて、通信をした証として交換するやつだ。これを集めたかったんだよな。

 天井近くには局長のコールサインの立派なプレートが貼られていた。


「JA1**って...昭和か!?」


 コールサインは総務省がすべての無線局に発行する記号だ。昭和の頃は日本を示すJと地方を示す数とアルファベットでJA1AAから申請順に振られていた。関東地方が1だ。

 そのうち全部のアルファベットを使い切って、末尾の英字が3桁に増えたり、J以外の文字を使うなどして体系が崩れた。平成も後半になるとJで始まるコールサインはベテランだけだったはずだ。大学のアマチュア無線部は昔からあるからJA1の2桁だったが、友人たちは7Lとかで始まる全然違うコールサインだったな。俺は開局できなかったからコールサイン持ってないけど。

 局長のヘッドホンを借りて装着するとノイズが聞こえてきた。アナログだな。デジタルだったら無音になるはずだ。

 我慢できるまでボリュームを上げてノイズに埋もれた人の声が聞こえないか確認する。しばらく耳を澄ませたがノイズだけだ。入門書を見ながらチューニングダイアルを回して呼出周波数まで周波数を変えてみる。

 アマチュア無線は見知らぬ人が会話を楽しむものだ。見知らぬ人がどうやって出会うのかっていうと、呼出周波数というものが世界共通で決まっていて、そこで呼びかけたり、遠くから呼びかけてくる人を待ち受けたりするのだ。そこで出会ったら示し合わせて空いているべつの周波数に移動するっていうやり方なんだ。

 周波数を変えている途中、ビーコンのような機械的な信号音とデジタル信号らしき音が聞こえる周波数がいくつかあったが、こちらはアナログだ。意味がわからないし応答することもできない。

 呼出周波数でしばらく耳を澄ませたが、誰も呼出をしていない。意を決して局長のコールサインを使ってこちらから呼びかけることにした。


「ハロー、CQ、CQ、こちらはJA1**。どなたか聞こえますか?」


 耳を澄ませてしばらく待つが、何も聞こえない。3回繰り返した。この周波数帯は誰も使っていないようだ。

 無線機を切り替えて他の周波数帯を試すがやっぱり何も聞こえないし応答もしてくれない。全滅の二文字で視界が塞がれる気分だ。


 周りを見渡すとBCLラジオがあった。世界中のラジオ放送を聞くための高性能ラジオだ。電源を入れる。中波にして関東のAM放送に周波数を合わせる。ほとんどの局も無音だ。一部でCMとか録音番組らしい放送は聞こえるが、この緊急事態につまらないトーク番組を放送しているなんておかしいよな。短波に切り替えて信号レベルのメータを見ながらゆっくりダイヤルを回していく。ノイズしか聞こえない。


「お手上げか」


 電波は昼間よりも夜の方が良く飛ぶ。夜になったらもう一度試してみよう。

 無線雑誌を取り出してISSとの通信方法を確認する。普通の音声通信もしているだろうが、その情報は公開していないのかな。

 雑誌にはリピーターという実験用の仕組みの利用方法が書いてあった。アップリンクという所定の周波数でISSに特定の信号を送ると、ダウンリンクという別の周波数でこちらから送った信号がそのまま返ってくるのだ。宇宙ステーションと信号のやりとりができる。それだけで嬉しいのがアマチュア無線家だ。うらやましい。

 局長の設備を確認するとリピーターを利用するために必要な設備があることがわかった。スマホでISSの現在位置を確認する。


「あ、通過したばかりか。次は1時間以上先か」


 とりあえず食事にしよう。バックからカップ麺を取り出し、キッチンを借用してお湯を沸かす。振り返るとご婦人がこちらを見ている気がした。落ち着かない。ダイニングテーブルを借りようかと思ったが、ご婦人から死角になるキッチンの隅で立ったままカップ麺をすすった。


「ごちそうさまでした」


 カップはシンクに置かせてもらった。申し訳ない。


 無線室に戻ってISSとの通信準備をする。そろそろ地平線から登ってくる頃だ。送信を開始する。受信機から聞こえる音に耳を澄ませる。聞こえない。送信機や受信機をいろいろ調整したがだめだ。そうこうしているうちにISSが地平線の先に沈む時間になった。


「1時間後にもう一度やろう」


 それまで雑誌をよく読み直すことにした。

 1時間後、今度はうまくいった。受信機から信号が聞こえてくる。ISSは生きている。


「クルーが気がついてくれたら呼びかけてくれるかもしれない」


 待ち受け周波数でじっと聞き耳を立てたが、何も聞こえなかった。虚しい。


 夜、もう一度各周波数で聞き耳を立てたり、呼び出したり、ラジオ放送を探したりしてみた。だが聞こえるのはノイズ音か機械の信号音ばかりだ。人の声はCMと録音番組らしきものだけ。外国の放送がよく聞こえる短波ラジオも同じだ。少なくとも日本の周辺は同じような状況なのだろう。西アジア・ヨーロッパ・アフリカ・南北アメリカ・オセアニアはどうだろうか?


 今日のところは諦めて家に帰ることにしよう。無線機の電源を切ってアンテナをアースに接続しておく。落雷があったときに無線機が壊れないようにするためだ。この常識は入門書で思い出した。

 棚にあったハンディ無線機を2台借用することにした。バッテリーの充電器も借用する。これで別の場所に行って通信してみよう。




 バッグに荷物を詰めているときだった。突然照明が消えた。スマホのライトを使って足下を照らして窓際に行く。昨日は点いていた街灯が消えている。


「停電だ。発電所が停まったのか?」


 スマホを見る。まだアンテナアイコンは立っている。基地局はバッテリーで動いているようだ。とはいえ、数時間しか持たないだろうな。ネットとあらゆるシステムが使えなくなる。恐怖がこみ上げてきた。


「局長、今日はありがとうございました。ハンディ機お借りします。また来るかもしれません。お大事に」


 ご婦人にも挨拶して外に出ると初夏とはいえ少し肌寒かった。

 広い庭から空を見上げると満天の星だった。街灯やほとんどの照明が消えたからだ。ああ、夜空にはこんなにもたくさんの星があったんだな。

 東の空は少し赤かった。都心ではまだ火災が続いているようだ。こっちまで来ませんように。


 スマホでISSの現在位置を確認する。ちょうど南の空に見えるはずだ。しばらく眺めていると動いている光がある。あれだ。あれがISSだ。今日、俺が通信した唯一の相手だ。感無量だ。


 星明かりは明るかった。街灯のように周囲の状況が見える。自転車のライトだけで移動は十分にできる。こんなにも明るいものだとは知らなかった。

 なんの成果が得られなかったにもかかわらず、なんとなくほっこりした気持ちで部屋に帰った。


テレビがついていたという記載を削除しました。今時はオートパワーオフが当たり前ですから。

誤字修正しました。IIS→ISS。

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[気になる点] ISSをIISと間違えるところがマイクロソフトの正社員か パートナーらしくて笑った。仕事のし過ぎに注意だよ
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