第2頁―――副題『繋がり』
「ところで、片腕ノースリーブとはだいぶ………その………前衛的ですね?」
「そこは気にしないで。それに………袖はウイカが持ってるから」
「あら? あっ、本当」
ツムギも旅人の奇怪な格好を気になっていたのだろう。でも、旅人としてもこの格好は不本意なものであり、その下手人は現在姉であるウイノに抱きかかえられて丸くなり、その体の内側から白い袖が覗かせていた。
ウイノが優しく引いてみるもビクともしない。
ウイノは苦笑いを浮かべてコチラを見た。
人というのは意識的に自身の力にストッパーを掛けていると聞くし、無意識の時が一番力が強いのだろう。それに、無理矢理にならないように控えめに引いている時点で取れるとは初めから思っていなかったので問題無い。
それでもこのままの格好は如何なものかと、取りあえずコートを脱ごうとすると廊下から二人の姿が現れる。
「先生~って………アハっ、アハハハっ! なんだその恰好っ!!」
「あらら、凄いことになってますね」
ミツリは旅人を見た瞬間に笑い、ユキは苦笑いを浮かべた。
「私の趣味ではないよ?」
「それは勿論、分かってますよ」
「まぁ、趣味だったらはじめからその服を着てるわけないしな」
『でも、ぷぷっ』とミツリは堪えきれずにそう溢す。
「みなさん、私語もいいですがそろそろ始業時間では?」
「………それもそうですね」
「え~、今日くらいサボってもよくない?」
やる気出ないよ~、とだれるミツリ。
それに対してユキは目を細めた。
「貴女はダメですよ。罰は決めましたが、始末書は書いてもらいますからね?」
「えぇ………」
―――パンパン。
ツムギが手を叩いて注目を集めて言う。
「よろしい、みなさんは出ていきなさい。
それと、ユキ。ここまでの案内感謝します。
この後の仕事も分かっていますが、そこのバカの輸送を頼みます」
「ええ、了解しました。ツムギ所長」
「うへ、マジぃ?」
そう言ってユキはミツリを連れて廊下へと歩き出す。
ミツリは厭々ながらも肩を押されながら歩き出した。
「それでは所長。私達も失礼しますね」
「うん。また放課後に」
「はい。先生もまた」
「うん。またね」
ウイノもウイカを抱えて部屋を出た。
部屋の中にはツムギと旅人だけが残り、旅人はツムギに聞く。
「君は学校に行かなくていいの?」
「教導員さん………まだ用事も終わらせてないのに行くわけないでしょう?」
「あっ………それもそっか」
旅人はツムギの言葉によって此処まで来た理由を思い出して『ハッ』とした。
―――もう嫌になるな………。
そう内心で零した旅人は昨日からの事を思い出して落ち込む。
ツムギはそんな旅人に目もくれずコンソールを呼び出して、椅子に座り直すと目の前に呼び出したキーボードを叩きながら口を開く。
「………それに、私は登校を免除されてますので、お気になさらず」
「免除?」
「はい。アトラスの管理者ですからね、テストで点さえ取れていれば基本授業は免除されているんです」
「ふ~ん」
学生でありながら管理者をしているのだから何かしらの特例があるのだろうと思っていたが、それが登校の免除らしい。でも、これは管理者だから免除されているというよりは学生でありながら管理者になれるツムギであるから黙認されているだけではないかと思う。現に、テストの点さえよければという時点で並大抵の者では管理業務と並行しての自主学習など不可能に近いのだろう。
ツムギはそう時間を置かずに一つのコンソールを呼び出して顔を上げる。
「教導員さん、準備が出来ましたので端末を貸して下さい」
「端末………そういえば、なんで私を此処に呼んだの?」
目の前のコンソールから半透明なコードを引っ張り出すツムギに言われるまま、差し出された手に端末を手渡す。
「それはこの端末に支援システムを入れる為、ですよ」
「システムの導入って、はじめから入れてた方が楽じゃない?」
「それは勿論。それが出来れば一番何ですけど………」
システムなのだから渡す前に全て入れておけばいいじゃないか、と思ったがそうはいかないらしい。それが出来れば一番、という言葉からしてそのシステムの特殊性が窺える。
手にした端末にコードを繋いだツムギは、ダウンロード中と表示されたコンソール画面を横目に旅人に聞く。
「教導員さんは私たちが使用する端末を見たことは?」
思い出すのは昨日投げ渡されたユキの端末。
「あ~、ミツリと会った時にユキの端末見たかな」
「その端末で気になったところとかありませんでしたか?」
「そういえば………アイギスってシステムとユキに似たキャラクターが映ってたような………」
―――そういえばアレ、可愛かったな………何というか、無性に食べたくなる。
自身の内から湧き出るキュートアグレッションによる食欲のような感情を抑え込みながら記憶を思い出す。
「あぁ、見たことがあるなら早いですね。分かり易くいえば今から入れる支援システムというのがユキの端末に居たというキャラクターです」
「え? アイギスてのじゃなくてキャラクターの方なの?」
「はい。あれは自立思考型AI支援システム〝TUKUMO〟。それによって生成される自律進化型AI:ツクモガミです」
「ツクモガミ………それってどんなものなの?」
「読んで字の如くと云いますか………所有者と共に成長するシステムですよ。所有者にとって一番使いやすい状態になるように常にアップデートされるもので、人によって攻守の術式の精度も違いますし、その人の個性が反映されるシステムですね」
「成程、使い続ければそれだけ優れたシステムになるってことね」
「はい………と、もうそろそろですね」
ダウンロード完了の文字を見たツムギは端末からコードを引き抜き、コンソールを消して旅人に渡す。
「はい、教導員さん。ダウンロード完了です。端末を付けてみてください」
「うん」
旅人は端末を受け取ると、画面をタップして電源を入れた。
すると、端末に光が灯り中央に星と歯車を模したロゴマークが浮かび上がり、その下部には『システムインストール中』の文字が。それを見て少し時間が掛かるかな、と思えばすぐに二十五%、三十四%、五十八%、八十九%、と上昇し、瞬く間に百%へと到達して―――暗転。
またすぐに画面に光が灯り、文字が現れた。
それど、それはシステムメッセージではない誰かからの問いかけだった。
光輪を携えた星のエンブレムを背景に浮かぶのは■■■の問い。
―――人の先駆け。
―――厄災の果てに立つ者。
―――汝は教導者足りえるか?
その文字を見た瞬間、頭に鋭い痛みが走る。
地球のような星が輝くエンブレムを背景に浮かぶのは■■の問い。
―――旧き者にして新しきヒト。
―――楽園の底に至る者。
―――汝は開拓者足りえるか?
頭が割れそうになる。
方舟の、最果てに至るエンブレムを背景に浮かぶのは■■の問い。
―――汝は■■■………?
「ぐっ………!」
その言葉を見た瞬間、私は―――、
「教導員さん?」
「―――はっ!」
心配そうにコチラを覗くツムギを見た。
まだ、脳は混乱しているが、
「どうかしましたか?」
「あ、え………」
ツムギに声をかけられた瞬間、噓のように頭痛が止んだ。
驚きのあまりにツムギを見て、そして端末を見た。そこに先程までの文字は無く、此方に語りかけるようなものではない、何の感情も感じさせない無機質な起動文だけが記されていた。
「あぁ、インストールが終わったんですね。でしたら画面をタップしてください」
「あ、ああ………こうでいいの?」
『タップしてください』という文章を触る。
―――所有者:■■■■■の登録を完了。
―――所有者の再確認………完了。
―――疑似ジン格生成中………。
―――生成完了。
―――理論システム構築。
―――アストラル・プロトコル………起動。
―――■■コード:T■r■■ ■iu■u■r Vo■■nt■s。
『TUKUMO、再起動中………』
再起動の文字が消えると、システムの表示もないまっさらな画面が表示される。
けれど、よくよく画面下を見てみれば、そこにはタマゴが転がっていた。
ユキのツクモガミを思い出せば、あの姿とは似ても似つかないこのタマゴ姿が自身のツクモガミなのかと思う。あの時のツクモガミのように支援などできるのか、とも。
丸く、ずんぐりとしたハンプティダンプティのようなこれがツクモガミとして機能するのかと疑問に思わなくもないが、システムはシステム。機能してもらわなくては困るというもの。
ツムギは旅人の端末を見て眉を顰める。
「タマゴ、ですか………」
「その反応、なんかマズイ?」
「いえ、マズイといいますか………このシステムは所有者の性格、記憶、人格をベースに初期のジン格が生成されます。ですので、基本的にシステムを起動した時点で人型になっている筈なんですが………」
「うぅん、それって………」
「教導員さんの性格とか人格が赤ちゃん並みということに………」
―――と、言いますか生まれてもないので胎児並み?
という、その言葉を聞いた瞬間、『此処で赤ちゃんの真似事でもするか?』と脳裏に良くない考えが過ぎるが、その不名誉な言葉の前に驚くべき言葉が告げられていた事に気が付いた。
「え、物凄く不本意なんだけど。というか、性格とか記憶をベースにって言った?」
―――性格と記憶と人格をベースにツクモガミのジン格を作るだって?どうやって読み込んでいるんだ?
その疑問は至極真っ当なもの。
今は最初期の段階であり、情報の入力もしていないのだから読み込むも何も無いのだが、先程のシステムインストール後のタップでナニカを読み込んだのだろうか。
どういう事かと聞く旅人に対してツムギは一瞬呆けた表情を浮かべたが、すぐに思い出したように頷いて言う。
「え? あぁ、教導員さんは島外の方ですから知らないですよね。
実は此処、アステルナウスにいる人々は〝通神回廊〟と呼称される疑似神経系を持っていまして………文字通り、疑似的な神経ですので目に見えるものではないのですが、それによって島外の方々よりも運動神経が良かったり、このシステムを扱えるんです」
「それって、通神回廊がないと十全に扱えないってこと?」
「いえ、その点は問題ありません。私たちの見解としては、島外の方々の情報がないので断言は出来ませんが、この神経は全ての人に生まれながらに備わっている器官だと思われており、アステルナウスの住人が特出して回廊の本数が多かったり、強度が高かったりするだけ、ということらしいです。教導員さんは第六感って聞いたことはありませんか?」
「霊感とかの、あれ?」
第六感。霊長である人間が文明社会を築くにつれて廃れたと云われた感覚。
そこで思い出すのは心霊番組でよく見る霊能力と呼ばれる人種の姿。
「はい。所謂、霊感もその通神回廊の影響で発生する才の一つと云われていまして、そういうモノは全ての人類が持っているという話はよく聞きますよね?」
「そうだね。才能があるかどうかにもよるけど基本的に持っているとは言うね」
「そういう超常的な才能。予知、未来視、過去視、霊視、直感といった論理的、合理的に説明不可能なものはこの通神回廊によって引き起こされていると予想されていますので、教導員さんも多かれ少なかれ持っている筈です」
「なら、どうして私のツクモガミがこんな中途半端な姿に………?」
「まぁ、私もこのシステムにはまだ分からない事が多いので………それに、教導者さんは島外の方ですから、先程言ったように通神回廊の関係上システムで読み取れる情報に限りがあるのかもしれません」
「………それって、如何にもならないってこと?」
「回廊については如何にも。………ですが、ツクモガミについては最初にお話した通り所有者にとって最適なものになるように更新され続ける成長型システムですから、日々のアップデートで徐々にツクモガミも変化していくと思いますよ」
その言葉に『ほっ』とした。
その後、念の為にツムギにツクモガミ以外の支援システム自体に異常が無いか確認してもらったところ大きい異常は見られなかった。
一応、ユキが使っていたレティクルの射撃支援:EOHシステムと云うらしいのだが、そのようなツクモガミによる演算処理が必要な支援システムは使用出来ない、または使用出来ても自己演算が必要な為使わない方がマシだろうと言っていた。
―――私は元々戦うことは出来ないし、今は別に困らないかな。
兎にも角にも、これで用事は済んだ。
「ツムギ」
「なんですか?」
「ユキにはこの後のことは自由にしていいとは言われてるんだけど、何かあれば君の指示に従うように言われててね。何か他にやることとかある?」
「いえ………特にありませんね。この後は自由にしてくださって構いませんよ」
「そっか。ならお言葉に甘えて、街の散策にでも行こうかな」
「街、ですか。お一人で大丈夫ですか?」
「ん?」
「もう見たと思いますが、ミツリさんのように暴れる生徒がたまにいますので」
「あぁ~、うん。大丈夫分、ありがとう」
―――ミツリみたいな娘、他にもいるのか………。
そう思うと何だか気が重くなった。
チラリと端末に視線を向ければ『術式』の文字が目に入る。
あの時はユキが対処していたけれど、私だけでは制圧は出来ないだろう。
むしろ、今の状況で会ったら逃げるしかない。
いや、というよりも逃げれるのだろうか?
―――まぁ、なるようになるか。
いまからアレコレと考えても仕方が無い。
ハプニングなんて何時もの事なのだから。
「それじゃあ、そろそろお暇させてもらうよ。また会った時はよろしくね」
「えぇ、教導員さんもお気を付けて」