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星界フラグメント  作者: 翠雨 シグレ
エピソード0
3/6

エピローグ

『戦闘の終了を確認。皆様、障壁の解除のほど宜しくお願い致します―――以上』


 アナウンスが流れ、街中の『障壁』の文字が消失する。

 旅人とユキは倒れた少女に寄って顔を覗き込むと、幸いなことに額に赤みが差しているくらいで目立った外傷はなく、目を回して気絶しているくらいだった。


 ホっ、と一息。彼女に槍が当たる瞬間に赤いコンソールが展開されていたのは見えていたものの、刃が引かれていない本物の槍が投擲されたのだ。ついさっき彼女たちの周りに出るコンソールは只の立体映像ではない事は分かったが、とても心臓に悪い光景だったのだ。


 ユキは少女の傍にしゃがみ込み、その身体を抱え上げる。


「教導員さん申し訳ありませんが休憩どころではなくなってしまいました」


「そこは気にしないで。その子を連れていくようなんでしょ?」


「はい、本当に申し訳ございません。お茶ぐらいなら学園でも出せますから、お腹が空いてしまう前に行きましょう」


「うん、分かった。それと、その子は私が持つよ」


「え? いやいや、大丈夫ですよ! むしろ、休憩しようとしてたのに私達の問題に付き合わせてしまって申し訳ないといいますか………」


「それは気にしすぎだよ。そのまま抱えてると君も歩きづらいだろうし、その格好だとその子も首を痛めそうだから。それに、君たちくらいのであれば背負うのも苦ではないから安心してほしいな」


「でも………」


 申し訳ないという感情を押し出すユキ。

 けれど、旅人とて引き下がる気はない。何故ならば先程までユキは全力疾走をしていたし、その時に旅人よりも身体能力が高い事も確認しているが、それでもなんとなく、疲れた女の子を労いたいという感情に突き動かされのだ。


「私がやりたいんだけど………ダメかい?」


「うっ………ま、まぁそこまで言うのでしたらお言葉に甘えて」


「ありがとう」


 旅人はユキからカラスマを受け取って背負う。

 手が空いたユキはすぐにコンソールを呼び出して時間を確認する。


「ちょうど次の電車が来ますから早く駅に向かいましょう。少し走ることになりますが………大丈夫ですか?」


「置いていかれないように頑張るよ」


「ふふ、小走り程度ですからそこまで心配なさらないでください。では、駅に行きましょうか」



 ■



 ガタン、と揺れる車内。旅人達以外の人は車内に居らず、通路の方向に視線を向けて見ても隣の車両に乗っている人も疎らであった。傍には可愛らしい少女が二人、奇しくも美少女に挟まれている旅人の姿に一般乗客は血涙を流していることだろう。


 旅人はカラスマの口元に指先を持っていけば柔くあたる寝息を確認する。気絶しているものの、指先に触れる息、控えめに聞こえる規則正しい呼吸音から何ら心配はいらない様子。

 一定間隔で訪れるその揺れに身を任せながら、静かな空間に耐え切れなくなった手持ち無沙汰の旅人は、流れる風景を流し目にユキへ問いかけた。


「ねぇ、あの塔について聞いてもいい?」


 旅人に指し示されるまま電車の進路の先に見える黒い塔を見てユキは答えた。


「アトラスタワーですか?」


「アレってなんなの? 電波塔、では無さそうだけど」


 パッと見た感想。電波塔というには巨大過ぎるし、けれど何かしらの役割が無ければあそこまで巨大な塔を建てる理由もない。けれど、何も知らない身としては答えを模索することも出来ない故に、自身で知る物で該当しそうな候補を潰していくことしか出来ないのだ。


 旅人がそう聞けば、ユキはアトラスタワーを指差して言う。


「多分、教導員さんが言う電波塔ではないでしょうけど、あながち間違いではないですよ?」


「そうなの?」


 電波塔ではないデンパ塔とは?と旅人は首を傾げる。


「はい。アトラスタワーという名前も実は通称でして、正式名称ではないんです。あの塔の正式名称は乖離性増幅伝播塔かいりせいぞうしんでんぱとうと云います」


「あれ、電波塔………? いや、でもあながち間違いじゃないって言ってたよね?」


「そうですね。この伝播塔の伝播は、広がる、拡大するという意味の伝播ですよ」


「へぇ………となると、アトラスていう名前は何処からきたの?」


「それはあの塔に振り分けられた意味とそれに纏わるお話し由来ですね」


「お話し? 逸話とかってこと?」


 よくある縁起モノに絡めて名付けるようなものだろうか、と旅人は思った。


「そうですね。教典に書かれている幾つかのお話しがありまして、その中の登場するモノ由来になります。例えば、いま私たちが話しているアトラスは〝支えるもの〟という逸話が残る存在です」


 塔に込められた意味を聞いて納得した。

 天地を突くように聳え立つあの姿はまさしく世界を支える柱なのだろう。


「確かに、アレを見ると塔より柱、世界の支柱って感じがするね」


「私も小さい頃に初めて見た時はとても感動したものです。それに、実際に各島の生活基盤も担う重要な設備ですから、正しく支柱ですよ」


「それもそうだね、って各島?」


「はい。子機もいくつかありますが、メインタワーは各島一つ建てられていますよ」


 そう言ってユキはコンソールを呼び出して旅人の前に移す。

 コンソールの数は計五つ、其々に色と名前が異なる画像が表示されていた。黒い塔にはエデン、青い塔にはニライカナイ、赤い塔にはシャンバラ、黄色い塔にはアヴァロン、白い塔にはイデアの名前が其々記されている。


「では、名前と込められた意味になりますが其々―――、

 青い塔が東島・ニライカナイの〝背負うもの〟であるバハムート。

 赤い塔が西島・シャンバラの〝留めるもの〟であるクールマ。

 黄色い塔が南島・アヴァロンの〝見つめるもの〟であるグラマトン。

 白い塔が北島・イデアの〝始まるもの〟であるカオス。

 そこに先程説明しました中央島・エデンのアトラスを加えた全五塔ですね」


「どれも色々な意味が込められているんだね。でも、何だかイデアのカオス、だっけ? 一つだけ込められた意味合いが違うのはなんで?」


 イデア以外の塔は、支える、背負う、留める、見つめる、という人の動きを表しているのに、イデアだけは〝始まる〟という事象を込められているのは少し引っ掛かる。


「名付け親が分からないので確信をもって言う事はできませんが、これらは島の役割を表していると言われているんです。

 中央島はその通りアステルナウスの様々な意味で中心となる場所ですから〝支えるもの〟。東島はかつては日が昇る方向である事から神聖視され、祭祀を重要視していたことから威光を〝背負うもの〟であると。西島は歴史研究の最前線、過去の記録も現在の記録も残し続ける学術の中心で後世に残すという意味で〝留めるもの〟。南島は現在に至るまで司法を司る場所であり、各島々を推し量る存在の〝見つめるもの〟だと。北島は常に技術の最先端を生み出す場所でして、そこは昔から変わらないようで〝始まるもの〟という意味を込められ、混沌カオスと名付けられたようなんです」


「カオスだけは何というか………嫌味?」


 他は島の特色を表しているのだろうが、イデアのは………特色では、あるのだろうが咎めと云えば言うのだろうか。この説を作った人間のイデアを責め立てる様子が目に見えるようだ。


 旅人の言葉にユキも苦笑いを浮かべるが、


「かもしれませんね。いまでさえ各島での事故統計でトップを張り続ける厄介な場所ですから。実験中、試験中の事故なんて日常茶飯事らしいですし、前例のない最新技術を作っているのですから仕方がないのですが………せめて机上のものであっても安全性が確認できてからやってほしいものです」


 その表情は話し始める前の十倍は苦いものだった。

 苦笑いの笑い抜きだった。


 ―――はぁ………。


 ユキはイデア事故を思い出したのか、重い溜息を吐く。

 溜息に込められた感情は分からないが彼女の立場上、その多くを見聞きしているのだろう。


 それに、言葉通りに受け止めれば、イデアの人々はただの研究者、発明家ではなく感性が若干マッド方面に振れてしまっている人々のようだ。それも、深く考えない脊髄反射型マッドサイエンティスト。けれど、科学実験や新技術の開発における事故というのは侮ることなど到底出来ない大事故に繋がるものなのだろうが、それが日常茶飯事であるというのはあり得ない筈だ。


 というかあり得たら死ぬ。環境汚染とか諸々の事情でイデアだけじゃなくてエデンを含めた全ての島が死ぬ。


 だからこれは予想ではあるのだが、実験時に起こる事故や災害を最小限に抑える技術をイデアは持っているのだろう。バカと天才は紙一重というが、才能をもったバカというのが一番厄介なのかもしれない。


「………と、すみません。意識が飛んでいました」


「気にしないで。むしろ大丈夫?」


「大丈夫です。はい………」


 すっ………、と逸らされた目は彼女の感情を物語る。

 これは深く聞かない方がいいのだろうな、と思っていると駅に入る通知音が車内に鳴り響く。

 頭上の掲示板に目を向ければ『グノーシス学園前』という文字が流れていた。


「最寄り駅に着くみたいですね。私たちも降りる準備をしましょうか」


「そうだね。………それにしても起きないな、この娘」


 ユキと話していてよく見ていなかったが、はじめに確認した時の静かな息遣いと違ってムニャリと寝言交じりのガチ就寝モード。

 これは梃子でも起きないなと早々に諦めて少女を背負う。



 ■


 日が傾き始めた時間帯、駅のホームに降り立った。

 そして、その眼前に広がる光景は圧巻の一言に尽きた。


 遠くから見ていた塔はやはり巨大で、この地に建てられたと云うよりは埋まる、根を張る大樹のよう。


 また、その下に広がる学園もまた特徴的な姿をしていた。

 校舎は塔を囲むように円形に建てられており、その性質故か四方に門が設置され、そこから伸びる歩道も校舎へ伸びる道が途中で枝分かれしては合流し、校舎を囲む水路のように広がっていた。


「どうです? 私達の学園は凄いでしょう?」


「ああ、こんなの初めて見たよ」


「それなら良かったです。なら、これは様式美となりますが―――」


 と、言葉を区切ったユキは一歩前に出てこちらを向いてこう言った。


「グノーシス学園へようこそ。教導員さん、私達はアナタを歓迎いたします」



 ■



 学園に入り、ユキの先導のもとに歩を進めれば、中央の本校舎の道から逸れて敷地の外れに佇むとある教室棟の前で立ち止まる。


「さて、と………ここです」


 そう言われて掲げられたプレートを見れば、


 ―――『旧教導棟』


 という室名が書かれていた。


「申し訳ありませんが、一晩だけここで泊まっていただきたいのですが………よろしいでしょうか?」


「今日だけって、随分と急だね」


「はい、今日は少し………騒動がありましたでしょう?その関係でこのあとのご案内や支給物の手配などに支障が出まして、本来の教室棟のご案内は明日に回していただきたいのです」


「私は、まだ何をすればいいのかも分からないから特に問題ないけど………ユキの方は大丈夫なの?」


 星連議会アストラルの全権代理者という立場から推察するに、一日であってもその席を空けるのは容易ではないだろう。

 そして、案の定とも言おうか。

 ユキは目を逸らしながら小さく肯定する。


「そこは………はい。まっ、まぁ、一日分の書類が溜まるだけですから頑張ればなんとか」


 本当に大丈夫なのだろうか、と旅人は訝しむ。

 ユキはその視線から逃れるようにワタワタと話題を変える。


「それに、ほら。ご覧の通り此処は旧教室棟でして、見た目は古いものですが宿直室とシャワールームの清掃が完了したとの連絡がありましたので、ご安心ください」


「私はお風呂は一日くらいなら我慢できるけど、ありがとう。無理はしないようにね」


「はい。その言葉、清掃担当にも伝えておきます。

 それと、明日の朝に迎えに来ますので、早朝の外出はなさらないようお願い致します」


「うん。わかっ―――」



「う………んん、ふぁ~………」



 背後から漏れ出る呻き声。

 ユキと会話を進めていた旅人は、背中から聞こえてきた声と身動みじろぐ気配に気が付いた。背中に押し付けられていた温もりが離れていく感覚を感じながら、背後から覗いているであろう視線に目を向ける。


「ぁ………ふぅ。ん………?んん?」


 眠たげな目をゴシゴシと擦りながら目を覚ました彼女はまだ状況が把握できていないらしい。


 冴え出した瞳を細めながら疑問符を浮かべる彼女は未だに情報処理が追い付いていないのか旅人と、ユキ、そして自分が乗る背中を数回見回して、


「わ―――わわっ!ちょっ、これ、どういう状況!?」


 頬に朱が差す。

 恥ずかしいやら困惑やら、様々な感情が入り乱れているようだが見知らぬ男に背負われている状況には羞恥心が勝った様子。


 あたふたと動き出した彼女に手を滑らせないように先程よりも強く捕まえる旅人。

 自身の脚を締め付ける力が増した事に気が付いた彼女は動くのを止めてじっとりとした視線をユキに投げ掛けた。


「オイ、ユキぃ………」


「元はと言えば貴女の所為でしょ。バイト先の爆破、今月で何回目なの?」


「十回目………。ってそれはいいんだよっ!なんでアタシが背負われてるんだって話しだよ!」


「それは貴女が気絶したからよ?」


「いやいや、でも………」


「それに、教導員さんは私や貴女を気遣って背負ってくれたのよ?純粋な好意を無下にするの?」


「うぅ~~………」


 そう小さく唸った彼女は、はたと気付いたように旅人を見た。

 その目は丸く、奇妙なモノを見る猫のような目だった。


「教導員って………新しく来るって言ってたアノ?アンタが先生?」


「多分そうだけど………先生ではないよ?」


「教導員って先生じゃないのか?」


「どうだろう?私としては違う認識だったけど………」


「ふーん。まぁ、いいか」


 彼女は会話の途中で力が抜けた私の腕からするりと抜け出して背中から降りる。少し無理矢理抜け出したように思えたものの、その着地音は軽く、トンっといった蹈鞴も踏む様子もなかった。


 トントン、とつま先を叩いて足を整える音が聞こえる。

 振り返り、旅人と目を合わせた彼女は手を差し出す。


「アタシは鴉間ミツリ。詳しい違いとか分からないし先生って呼んでいいか?」


「ん~、まぁ………呼び方は好きにしてくれていいよ」


「ん、了解。なら先生って呼ぶわ。よろしくな、先生せんせ?」


 不敵な笑みと共に名乗った彼女―――鴉間カラスマミツリは旅人と握手をすると、辺りを見回して言った。


「そういえば先生。荷物とかないのか?」


「―――え?」


 その言葉を聞いた瞬間、いやな汗が噴き出るのを感じた。

 そう、そうだ、私―――、


 ―――着換え、なくね………?


 問題ないとは言ったけど、一時凌ぎどころではないのかもしれない。


 油が切れたブリキの人形の如き挙動で旅人はユキを見た。


「あのぉ………ユキさん? この近くに服屋とかって………」


「はい? 服屋ですか………?あぁ!着換えの心配ですか?」


「………ハイ。お恥ずかしながら………」


「それならご安心を。幾つかのサイズの教導員用の制服を準備しているそうなので、宿直室のクローゼットを確認してみてください」


 ユキの言葉は正に九死に一生、鶴の一声、地獄における蜘蛛の糸が如し。


「ほんと? よかった~………」


 その声を聞いた旅人の瞳に光が戻る。

 それに、今思い返せば一日ぐらいなんて言ってられる状況じゃなかった。いや、一日くらい如何にかなるのではと思う人間もいるだろうが、今日は絶対に駄目だった。港のベンチで寝ていた所為で潮風も浴びていたし、何よりもユキとミツリの騒動を追いかけるために走ったのだ。汗だくになった訳ではないもののそれでも服の下が薄く湿る位には汗が流れたのだ。


 ―――汗臭さ、ダメ、絶対。


 年頃の少女たちがいるのだから特に。


 というか、そんな状態で彼女を背負っていたのか?と旅人の脳裏に過る。

 旅人は隣に立つミツリを見やる。


「………」


「………?」


 旅人の目線に気付いたのであろうミツリは、目を合わせたまま離さない旅人に首を傾げる。

 そして、次いでユキの視線にも気付いたのだろう。


「どうしたんだ?」


「いえ、アナタの罰則をどうしようかと考えていまして………」


 腕を組み伏し目がちで思考に耽るユキ。

 罰則と聞いてミツリは顔を顰めた。


「うげ、マジ?」


「マジですよ。今回、謹慎では罰にならないことが判明しましたので新しい罰を用意しなければと思いまして」


「うぇ~………、何やらせるつもり?」


「特に酷い罰ではありませんが………」


 そう言ってユキは顔を上げて旅人を見た。


「そうですね。アナタの罰は教導員さんのサポートとしましょう」


 ―――おっと??? あれ、あれれれれ、私って罰扱い???


 予想外の角度から来たボディーブローが突き刺さる。

 先程の着換えの件も相まってマイナス方向に思考が進んでしまう。

 まさかの体臭がキツかったのだろうか。そんな自分のニオイに無頓着なヤツの傍での仕事となればさぞかし肉体的というか鼻孔的、精神的に苦しい罰になるだろうとでも思ったのだろうか。

 そんな口に出せば自傷ダメージで会心の一撃が発生してしまう思考は回れど出口は無く、ドンドン過激になっていくが故にそんな言葉が脳内にあふれようとも口には出さない。


 ―――否定したくとも出来ない。これが地獄か………!!


 そんな旅人の内心とは裏腹に、ユキとミツリの会話はとんとん拍子に進んでいく。


「え?そんだけ??」


「意外と大変ですよ? 教室棟の掃除に外からきた教導員さんの案内役やそのお手伝い。やることは多岐にわたるんですから」


「やるやる!謹慎より全然いい!」


「それならよろしい」


 謹慎なし♪謹慎なし♪と喜んでいるミツリ。

 興奮気味なミツリから視線を旅人に戻したユキ。


「それでは旅人さん。長旅で疲れていらっしゃるでしょうし、本日はこれで解散といたしましょう」


 また視線をミツリに移して、


「ミツリも、先生に対して爆弾を使ったりしないように」


 と、しっかりと釘を刺す。

 その言葉に顔を赤らめたミツリは吼えるように叫んだ。


「それは分かってるよ!」


「それならよろしい。では教導員さん。明日、早朝に迎えに行きますので」


「ありがとう。よろしく頼むよ」


 ―――それじゃあ、おやすみなさい。


 そう言ったユキは旅人とミツリを残して教室棟を後にした。


「なぁなぁ、先生!」


 ユキを見送ったミツリは興奮冷めやらぬ様子で旅人の袖を引いている。


「どうしたの?」


「いや、なんでもない! 今日からよろしくな!」


「ああ、よろしく。これから頼りにさせてもらうよ」


 ニカッ、と笑うミツリ。

 その姿は足にじゃれつく仔犬のようで名残惜しいがまた明日会えるだろう。


「それじゃあ、ミツリもまた明日」


 旅人は泣く泣く背を向けて教導棟の奥に歩を進める。


「え?」


 だが、背後から聞こえてきた声に足を止めた。


「ん?」


 何かおかしなことを言っただろうか?

 そう思った旅人は振り返り、キョトンとしたミツリと目が合った。


「先生、アタシは帰らないぞ?」


「………え?」


 その言葉に思わず聞き返す。


「えっと………なんで?」


「ユキに先生のお世話を頼まれたからな。お世話し尽してやるよ!」


「スーーーッ………」


 ―――マジで?


 唐突に深く息を吸って天井を見上げた旅人。

 それを見たミツリは不安気に旅人を見上げる。


「どうしたんだ? 先生?」


 ―――サポート=お世話?どうしてそうなった!?


 未成年の少女と一夜を過ごす?あり得ないだろう。そんなこと、世が認めても法は許さないだろう。それよりもどうしてそうなった?なんで仕事のお手伝いから町の案内役といった仕事に慣れるまでの期間限定のサポート役から『朝から晩まで何時までも♡』な主従チックな関係性に進化してるんだろうか。分からない。本当に分からない。なんで期間が延びた?悲しいけどあくまでも罰則じゃなかったっけ??


 ―――私がおかしいのか………?


 脳内がエラーコードを吐き出し続ける。

 混乱し続ける思考を止めるように息を吐く。


 先程吸い込んだ息をすべて吐き出して排熱を完了させた旅人は視線を降ろす。


「いや………うん。大丈夫。これからヨロシクネ………」


「あぁ!はじめのうちはバンバン頼ってくれよっ!」

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