兄と魂の適正者
「なぜ...、どうしてですか...」
「...」
「彼はあなたの で、私の ...」
「...」
「やっぱり、嘘をついていたんですね」
「...」
「君への忠義の塊の人ばかりでしたから、とあることをポロっと言えば、すぐに吐きましたよ」
「...」
やっぱりだんまりするんだね、という一言を皮切りに沈黙が広がる
しかしそれとは逆にほんの少し離れたところは騒がしく、酒を飲みまくり、つぶれている人も何人かいることが容易に予想できる
ここはとても広い広場で、国中の人々が来るような、とあるお祭りに対しての騒がしさなのだ
「ごめんなさい、アル...」
「...それは、何に対しての謝罪ですか?」
「 を黙っていたことも、あなたの件を理由があったと――っ」
まるで幽霊であるはずの、彼女を触れられることに気づいたのはいつだろうかと、そう思いながら、とても暖かく柔らかい感触を唇に感じる
男はそのことに嬉しいと思った
しかし、それは彼女との真の別れの時であることを意味している
そのため、悲しさで胸がいっぱいでもあった
やがて女の姿が薄れていけば、それを許さないとばかりに男が深く口付けをする
今まであったことが、二人はともに走馬灯のように思い出しながら、涙を流す
「はは、しょっぱくない」
「アル...、私も」
涙が頬を伝っていくが、満面の笑みを浮かべる彼女は、少し離れたお祭りの明かりも相まって幻想的に見えた
向こうからの明るさを背後に、頬がうっすらと赤くなっているのが目に見えてわかる
「じゃあ、お酒、飲みましょう!」
「明日、君は...」
「ほら!」
差し出された手
それを触れるのはこれが最後だろう
―――後悔まみれだ
「ああ」
差し出された手を握る
それは...今までで一番、力強い気がした
*****
「はぁぁぁああ」
「でっかいため息だな」
我が兄で、同じく天使の...、名前はあるが、ないこの男はケラケラと人の不幸をあざ笑うようにこちらおみる
天使と悪魔は前世が必ずあるため、そのまま名前が引き継がれているのが大半だ
だから名前は知っているが、覚えたくなかった
ちなみに、前世を覚えている者は今のところ五人程度だったはずだ
同じ世界でしかも、何度もあっていた者同士の二人は、初めて会った時の呆然とした顔を今でも思い出せる
ともかく、私の不幸が何なのかも知っているこの男は、たいへんイラつく男だ
「前は私の下僕だったくせに」
「ちっげーよ」
「ていうか、奥さんのところに行かないの?」
「まだ恋仲だ」
「あらあらあらあら、前世は私がおぜん立てしたおかげでくっついたんだったわね」
「いらないぞ、あいつが過去一、泣いた事件だったからな」
「両片思いの二人に、神が見限ったかのような仕打ちだったのかしら?」
「あぁ、そうだよ」
手助けは不要だと言って、目の前のレモネードをあおった
酒でも飲むような勢いだ
ちなみに、全適でない彼は前世の奥さんの魂と会って、そば仕えにしていた
「おっさんみたい...せっかくの美青年なのに」
「前世とはマッチしたそぶりだろ」
「うん」
「はっきり言うな!」
そういいながら、机を思いっきりたたく
それによって、私の飲んでいた強炭酸水が、酔っ払いによって机からこぼれる
が、光の粒となって消えていった
もともと、天使やら悪魔やらは、飲食など必要はない
が、食欲はわかないはずが、誰かが飲食しているものは自分も飲食したくなる
そのあたりは勝手にしている
「それ、味が全然ないじゃねえか」
「おっさん口調になってるわよ」
「もとはおっさんだからな」
「そうだったわね」
「で、ため息の理由は」
なんとなく確信めいたものでもあるのだろう
クエスチョンマークがない聴き方をしてくる
しかし、ニヤッと笑うとズバッと言ってくる
「ルーナベルク王国初代国王のアルベルト様に会ったんだろう、夢で」
「...あなたが私の兄になった原因の夢よ」
「正解ってわけか」
「...」
大抵は死んだ順当で兄やら姉やらができるわけで、目の前の男よりも私の方が実は早く死んでいた
が、どうしても会いたい人物がいたため霊体とはなったが、少しの間あっちの世界にいっていた
そのことも原因で私の魂の保存期間が延びたりして、彼が兄になった
「なぁ、なんで俺を嫌うわけ?」
「...前世と別人じゃない、外見」
「違うに決まってるだろ...。天使の外見が、その辺にいるおっさんとか想像してみろよ、怖いだろ。しかも、無駄に筋肉ありの天使」
「自分の外見にコンプレックスでもあったのね」
「あぁ、お前は妖艶の美女なんて呼ばれた母親をもったおかげで、ボンキュッボンの美人だったが」
「ありがとう。でもあなたも、一応、中の上くらいではあったと思うわよ。それで私が目をつけたもの」
「やっぱりか...。『なんでここなんだ』と思ったからな」
レモネードを話した勢いで飲もうとして、中身がなかったらしい
コップの上で手を軽くスライドして、また飲みだした
そして、ふと何かを思い出したかのようにこちらを見た
「おまえ...、魂の適正者と会ったらしいじゃないか」
「あぁ、殺人鬼を地獄に落とした時に突然現れた...。でも、女の人だったし」
そういうと目の前の男は突然、頭を抱えた
「何、どうしたの?」
「肉体は人間がつくるから、そこにきれいにした魂を入れるだけだ」
「うん」
「要は、性別は魂にない」
「知ってる」
「はぁ、魂の適正者、すでに三回目だろ。毎度その時の記憶を消してたけど、今は消してないし、二回分の記憶も戻っているはずだ」
「...」
前髪を軽くかきあげると、ため息を一つつき、ゆっくりと腕と足を組んでこちらを見る
「お前、一生独身かもしれないぞ」
「もともと、天使や悪魔には生は決まってない」
「まぁ、神がそうだから、その血筋である天使や悪魔に生はないが...」
「あんたは奥さんと会えたでしょ」
「...」
沈黙が広がると、それが気まずいというように、二人は一気に飲み物を飲み干す
そして、男は『奥さんの手作りクッキー』を、私は『目の前の男の奥さんの手作りのケーキ』を食べる
『私たちの恋の天使が天使に!』なんて、彼の奥さんに会った時に手作りマフィンをもらったのがきっかけで、現在も手作りおやつを貰っている
「本能的魂の適正者には会える確率が低いのは知ってるだろ」
「まどろっこしく言わないで、一目惚れといえばいいのよ」
「一目惚れとはまた違うが...まあ、そんな感じだな」
この人と一生を過ごしたいと互いが思う、しかも一目惚れが条件な本能的魂の適任者はこの世にある、いくつもの魂のうちのたった一つだ
目の前の男はものすごく偶然が重なったことでその『本能的魂の適任者』である奥さん...しかも前世の奥さんに会えた
―――まだ、恋人だったわね
「おまえ、今失礼なこと考えなかったか」
「べつに」
疑問符すらつけない、確定的な質問に適当な返事を返す
じっとこちらを見ていた男は、一息ついて口を開いた
「...アルベルト様と会える確率は低い...。前世持ちはそこがつらいよな」
「えぇ、前世に愛した人がいたら、その人に会えるまで魂の適正者を拒絶するから...」
「俺らのような前世持ちは五人程度で...そのうち前世に愛した人がいて、それに会えた人は......俺だけ」
「......英雄さんは羨ましいよ」
「...はっ、だったら絶世の悪女さんは大変だな」
「えぇ...」
一瞬の沈黙ののち、男は口を開く
「今回の記憶も消すんだろ」
「えぇ、期限が来たら」
記憶を消すと、それ以前の記憶が消えてしまうことがあるのだ
「はぁ、兄としてお前を心配するよ」
「ありがとう、共犯者のお兄ちゃん」
「あぁ、あと十一年ぶんだろ、例の手紙」
「えぇ、今のところは」
「...女神からの呼び出しか」
答えることなく、席を立つと仕事に向かう
ケーキは残すと怒られるからきちんと食べたし、問題ないと判断して、少し小走りで、自室へと向かった
天使と悪魔は、前世があったという事実はあるが、前世の記憶があるとは限らない