女神の羽
「お亡くなりになったことは、わかりますか?」
「はい」
「ずいぶん穏やかな顔ですけど...、旦那さんは泣いてますね」
「もともと体が弱かったですし、やり残したことは...ないです」
一瞬の思案顔を見逃すような私ではない
穏やかそうな顔でも、微かな未練はありそうだが...
「貴女は、天国に行くか、地獄に行くか、記憶は消えますけど転生するか。どれにします?」
そう聞くと、頭上からはらりと一枚の紙が
それは彼女の判決である
もともと本人の意思など反映されることはそうそうない
「ふむ、あなたは地獄行きらしいじゃないですか。何したんです? って、知ってますけど」
天使だが、悪い顔の一つもするものだ
この世界は百五十年前のクーデター以降、戦という戦がない
が、この紙を見るに、戦争時代なみの人殺しだ
「くっ...!」
「あら」
こちらをにらみつけると、サバイバルナイフを出す
この空間は、私たち天使の住む世界と、彼女の世界の間なので、両者ともに考えたものが出てくる
いわゆる『夢』のことである
―――私を殺せると思っているのかしら
このまま地獄へと扉へと突っ込んでやろうと思った時だった
私たちが試合のフェード上にいるなら、審判が立つであろう位置が光る
サバイバルナイフを私に向けてきた彼女はまぶしさのあまり目を閉じる
その光がやめば、ゆっくりと存在が分かる
―――魂?
亡くなった人が来たのだろうが、実体がない
しかも、この空間に複数人来る事例は過去何回かあるが、その理由は大抵が...
「っと、とりあえず君は地獄行ってね」
指を鳴らして、彼女の下に穴をあけると、悲鳴を上げながら落下していった
「横暴だぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!」
「何度でもどうぞ~」
「クソ神がぁぁぁぁぁぁぁぁあああ!!!!!」
「訂正をお願いしますーーー!! 私は天使ですぅぅーーーーーー!!!」
「どっちでもいいぃぃぃぃぃぃぃぃいいいい!!!!!!」
落下距離はすごく長い、しかも声が反響するため、長く会話可能で、よく聞こえる
取り合えず、穴はふさぐ
―――この魂、女の人のか
顎に手をやり考え込むと、またまた、はらりと黄金色の発光すらしている羽が降ってくる
目が死んでいる自覚がある
女神さまからの、この空間内での更新合図だ
「《きれいな魂だ、伴侶候補か》」
「女の人ですよ? 無理でしょう」
「《そば使えもか?》」
「はい」
「《...確か、アリシアは『気まぐれの天使』だったか》」
「はい」
『《気まぐれの発動許可を出そう》』
―――あれ、この『気まぐれ』って許可いるっけ?
首を傾げたい衝動を抑えつつ、頭の中で思った
女神には心の声は漏れ聞こえるためだ
「《...ふふ、なるほど。面白くなりそうだ》」
「...」
女神でも未来を断定することはできない
が、それでも九割がた変わることのない未来が分かるわけで、それに対して『面白くなりそうだ』という感想を言った
いやな予感が漂う
「《あぁ、そうだ。人間界で計算して十年後に私のところに来なさい》」
「...はい」
いやそうな顔が出てきそうなのを抑えて、返事をすると、羽は真っ白に変わり、やがて光の因子として飛び交う
ちなみに十年後は、私たちの感覚では十分後といったところだ
「取り合えず、人型にしないと」
―――すごくきれいに『浄化』されている...。マオちゃんあたりか...
マオとは悪魔のうちの一人で、よく、本の貯蔵庫で会う
そこで、マオちゃんは魂の浄化の練習をしているのだ
といっても、完璧に浄化できるわけがないので、この人間の魂自体がきれいだったのだろう
―――悪魔は大抵、浄化は軽くしかやらないからな~。天使の仕事だのなんだのと言って...
この空間、はたまた天使の住む空間には、死んだ後の魂を多少、浄化しないと入ることができないので、悪魔も作業的に浄化はしているだけのこと
魂はそのままにしておくという形になる
―――しっかりときれいにする悪魔はそうそういないのよね...
悪魔と天使の苦労のほんの一部を思い出しながら、魂を人へと形成する
ゆっくりと人のような形ができていき、やがて金髪碧眼の美人さんが出てくる
魂としてこの空間に来た人は、人間の容姿にすると、絶対のこれだと親戚の人たちからよく聞いている
「あ、目が覚めました? お亡くなりになったことはわかりますか?」
「...はい」
笑顔を保ちながら、私の『気まぐれ』を提案する
彼女の願いは簡単なものだった
―――そう、残してきた息子へ宛てた手紙だ
*****
「で、一分ごとに行くわけか【※人間感覚では一年のことです】」
けらけらとお腹を抱えながら笑うのは、我が兄うちの一人で、もちろん天使である
「どうやって行くわけ?」
あんに、悪魔になるか否かの話をしている
天使には無適用、半適用、全適用の三種類のうちのどれかが、ある
遺伝とかではなくランダムに、だ
ちなみに私は全適だ
全適用は悪魔になれる存在で、人間と結婚でもすればその国は百年間の平和が約束されるといっても過言ではない
ちなみに、昔、全適用の天使を捕まえようとした国があったが、神の裁きによって、海の底に沈んでいった
現在は、多少、土がのるだろうから、大きな湖のようになっているだろう
半適用は悪魔は不可、人間と結婚すればその国はどうなるかが分からない、要はパンドラの箱に近い
無適用は悪魔不可、人間と結婚すれば、その世界は不幸の一途をたどるだろう
と、多少ひどい設定になっている
悪魔側の『適用』もほぼ同じだ
「全適の権限を使うわけないでしょう。夢使って、彼の部屋に置いてくるわ」
「ふーん、つまんないなぁ」
「文句、言わないでください」
―――気まぐれの天使だが、有言実行の天使なので、ね