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18.聖女の証明


 地魔法で屋敷の一部を倒壊させ、何事かとわらわら外に出てきた誘拐犯一味を広範囲風魔法で一網打尽。それが地震の真相だった。

 ルクス殿下の側近一同も、後から応援に駆け付けたキルギス伯爵と私設兵団もあんぐりと口を開けたそうだ。エマ様など、挽回の機会と意気込んでいたにもかかわらず、活躍の機会が与えられなかったとプンスコしていた。


 あれから、私が目覚めたのは、柔らかなベッドの上。カーテンの隙間から差し込む鈍い光が眩しく、小鳥の囀りすらも愛らしい。酷い環境で寝起きしていたから、地味に感動を覚えてしまった。身を起こし、うーんと背伸びする。まだ少し節々は痛いが、体調もよくなった。

 朝食を持って訪れたエマ様から話を聞くと、ここはキルギス伯爵のお屋敷を間借りしているとのことだ。


 犯人たちのアジトは、キルギス伯爵領とグラハム子爵領の間に広がる黒の森と呼ばれる樹海の中にひっそりとあったらしい。キルギス伯爵は自分の領地のすぐ傍に、人身売買組織が潜んでいたとはとたいそう憤慨されていた。あの屋敷の規模から貴族が手を貸しているのだろうなと思っていたけれど、案の定グラハム子爵がお縄についたという。

 そして、グラハム子爵の口から漏れた人身売買を秘密裏に主導していた貴族の名は、ターナー。側妃様のご実家の侯爵家だった。


 朝食後、誘われた茶の席で、ルクス殿下は私の身に起きた一連の事態を、懇切丁寧に説明し始めた。昨日、私への好意を口にした、やたら色気垂れ流しの姿は見る影もない。やっぱり夢だったか。うん。


「君の魔力は広がりに変化があるから、ブレスレットもネックレスもない中、中心を探すのに苦労した。治癒魔法を使ってくれて助かったよ。おかげで位置が特定できた」

「はあ……」


 元々私が攫われた大まかな方角は魔力の広がりからわかっていたそうで、最も近場のキルギス伯爵に協力を要請しつつ、ルクス殿下は針に糸を通すような探索を進め助けにきてくれた。

 ルクス殿下はさも簡単に言うけれども、たった一人の人間のあやふやな魔力を遠隔で捉えたという辺りがまずおかしい。それに、転移魔法だって、かつて訪れたことのある場所や、あらかじめ魔法陣を用意した方が負担が少ない。それを即興で座標を定め、不安定な中無理矢理飛んできたというのだから、人間業か?と疑いたくなる。ありがたさや感慨深さよりも、並外れた捜索手腕とのインパクトに驚きが込んでしまった。

 が、やはりかなり無茶に無茶を重ねたみたいで、あの後私をベッドに寝かせるとルクス殿下もとうとう膝をつき、側近たちに叱られ寝室に押し込まれたそうだ。

 私とルクス殿下は、お互いベッドでぐっすり寝て元気、側近一同は殿下が派手にやらかした後処理に追われ、ほぼ徹夜で駆けまわり些か憔悴気味である。


「……ところで、私の魔力って、そんなに不思議な状態になっているんですか? 広がる魔力とは一体……。あ、だから、殿下は常々面白いって言っていたんです?」

「うん。君、気づいていないけど、浄化の常時発動魔法スキルが、今もこの周辺を漂っているから。周囲の魔物はたまったものじゃないだろうね」


 今日の天気でも伝えるかのような気軽さで、ルクス殿下は度肝を抜く話を口ずさんだ。

 すぐに咀嚼できなかった私は、しばらく目をぱちりと瞬かせる。


「え、えええ!? 浄化スキルって何ですか!?」

「伝承にある『聖女』にだけ備わる聖魔法だねえ。君にはスキルとして現れたみたいだけど」

「聖魔法って、え、初耳なんですけど!? 聖女イコール治癒魔法じゃないんですか!?」

「残念ながら、治癒は聖女固有の魔法ではないからね。僕は最初から何度も言っているじゃないか。ユユア嬢、君が聖女だと」


 ルクス殿下は、ごく真面目な顔でそう口にする。だけど、そんな簡単に信じられるはずがない。


「……だって、殿下はグラマティク公爵令嬢と抱き合っていたじゃないですか。あれは、彼女が正しく聖女だからじゃないんですか?」

「いや、待って、どうしてそういう思考に? 香水臭いアレと抱き合うとかありえないんだ………………あああ、もしかして庭園!? あれ、見られていたのかい? 凄いタイミングだな……。言い訳させてもらうと、もの凄い勢いで僕に飛び込んできたグラマティク公爵令嬢を、仕方なく抱きとめてエスコートしただけだよ。一応王族に連なる身だから、避けて怪我でもされたらことだし、無碍にもできなくてね。それだけだ」

「ほんと、に……?」

「本当に本当。あの時の僕の表情、めちゃくちゃ無だったんだけど、そこは見てなかったのか……」


 真相がわかると、私が盛大に誤解していただけなのが明るみになった。ミレディ様に気持ちを持っていかれたわけではなかったのは嬉しいが、私はあまりの恥ずかしさに頭を抱えた。


「う、わ………私ったら……。範囲治癒魔法を使えるグラマティク公爵令嬢の魔力が珍しいから、てっきりもう私はお役御免なのかなって……」

「僕が君を手放すなんて、絶対にありえない。それに、グラマティク公爵令嬢の光魔法が効いたのは、ひとえに君の浄化の下地があったからだよ。え、もしかして嫉妬してくれていたの……? それは嬉しい誤算だ」

「ちっ、違います……! 違いますから! そういうんじゃなくて……」


 そういうんじゃないも何も、実際はまがりなりにも嫉妬なので、私はその後の言葉が続けられずにあうあうしてしまった。ルクス殿下は、によによと意地悪そうに、でもとても機嫌よさそうに唇を緩めている。



「役割だからでも冗談でもふかしでも偶像でもなく、紛れもなく君が、この国唯一、僕が見つけた聖女だよ」



 優しく諭すようなルクス殿下の口調が、じんわりと胸に染み渡った。

 聖女。我が家の祖と言われる、伝承の聖女。黒髪黒目の少女。

 そうか、ブルーマロウ家は、やはり聖女の力を受け継ぐ家系だったのか。家族と異なる私の容姿も、ちゃんと意味があったからなのか。

 ああ、ブルーマロウの領地に魔物がほとんど出没しないのも、馬車での強行軍の最中、一度も魔物に出会わなかったのも、私に浄化の力が備わっていたからか。普通、移動の時は一度くらい魔物に襲われるっていう話だったのに、未だかつてそんな目にあったことがないから、運がいいなーなんてのんきに思っていた。


「ユユア嬢の詠唱、祈りの先が創世神でしょ。光魔法なら、グラマティク公爵令嬢の詠唱のように、本来光の女神に捧げられるべきだしね」


 言われてみると確かに。治癒魔法は発動していたし、家に伝わる魔導書や父の教えに則っていたから、特段疑問に思わなかった。そもそも初代聖女は、創世の女神の手により招かれたと謳われているのだし、加護があってもおかしくない。

 聖女の治癒というのは浄化の力が強く働くので、光魔法の治癒とはまた効果が異なるらしい。魔物の穢れや瘴気を含んだ傷は一発で癒せるが、それ以外の傷には逆に効きにくい。

 スタンピードのせいで、瘴気が濃くなっていたのも、通常の回復の妨げになっていたのだとか。それで、魔物による負傷が多かった騎士様がたの傷は、覿面に治ったというわけだ。

 理由がわかってほっとした。別に私の魔法がポンコツなわけじゃなかったのだ。

 そもそも、私の魔力は、常時発動している浄化という聖女特有の聖魔法のスキルにほとんど持っていかれているらしい。それで、6分の1、4時間程度のささやかな魔力しか自力で行使できないのだ。訓練して魔力操作ができるようになれば、その辺も改善されると聞いて俄然やる気が出てきた。


「だ、騙された……。殿下ももっと早く教えてくれればよかったのに、人が悪いです……」

「人聞きの悪い。さすがに、ここまでの事態になるとは露とも思わなくてね。そこは僕の見通しが甘かった。まあ、奇しくも、攫われたことで君が聖女だと返って証明されてしまったわけだけど」

「それは、どういう…?」


 頬を膨らませた私が小首を傾げると、ルクス殿下はやっぱりのほほんと紅茶を飲みながら、とんでもない爆弾をけろっと叩き込んできた。


「うん、君が拉致された影響で、ちょうど昨日あたりから西側がスタンピードの真っ最中なんだ」

「ちょ、え? は? 待ってください、どうしてそんなに冷静でいられるんですか!?」

「冷静とはちょっと違うかな。元々、君が王都にきてくれていたおかげで、スタンピードに対応する準備が整えられたんだ。騎士団も魔法師団も、治癒で怪我は治り万全。いつでもスタンピードが起きてもいいよう、備えはできている。だから、これは予定調和でもある。想定外なのは、第二王子派が君を攫って遠ざけたから、浄化で弱められていたはずのスタンピードの規模が大きくなって、今頃オルヴィスたちが泣きを見ているっていうところかな」


 にっこりと黒い笑顔で殿下がのたまった。これはめちゃくちゃ怒っている。ぞぞぞと背筋に寒気が走った。

 よもや拉致を仕掛けた女が、魔物に対する抑止力になっていた張本人だったなんて、露とも思うまい。


「それは……自業自得すぎますね……」

「間抜けもいいところだろう?」


 ルクス殿下はくつくつと喉を鳴らす。わざわざ私が濁したのに、直球で愉しげに揶揄し直すとか、やっぱりルクス殿下ってばちょっと黒いのでは。よほど腹に据え変えているのかもしれない。


「報告によると、スタンピードは西側領土に無造作に広がっているのではなく、どうもターナー侯爵領を中心に襲撃されている。魔物の動きがおかしい。第二王子派が何をしでかしてそうなっているかまでは調べがついていないが、奴らには荷が重かろう。正直いい薬だよ」

「側妃様のご実家ですね。西に広がる大樹林と山岳地帯を有する大領地じゃないですか……」


 話を聞く限り、真の聖女を擁立したと豪語するオルヴィス殿下とミレディ様たち第二王子派が、スタンピード前線の陣頭指揮を執っている。確かに、ここで功績を上げれば、救国の英雄とも称えられるだろう。だけど、第二王子のアレさ加減を知っているだけに、不安が凄い。

 本来であれば、最前線で戦って辣腕を奮っていそうな御仁は、正反対の場所でのんびりと寛いで茶を啜っている。現実味がなさすぎる。

 国の判断に問題があっては困るが、最初に被害を受けるのはいつだって民衆たちで、王位継承問題に巻き込まれているのであれば可哀想だ。


「で、殿下、こんなところで油を売っていて大丈夫なんですか?」

「心外だなあ。僕にとって、君の救出が最優先だっただけで、仕事をしていないわけじゃないのだけどね。陛下にも許可をもらっているし、オルヴィスはともかく、マティアスが控えている。心配せずとも平気さ」

「そうですよね……」

「大体、僕や君といった一個人の強大な力に依存しすぎる国は、将来的にもよろしくない。人は、とかく楽な方へと向きやすいからね。また何か未曽有の事態が起きたときに、僕や君がいなかったから危機を乗り越えられませんでした、となっては困る」


 ソファに身を預け、居住まいを崩していたルクス殿下は、身を起こし膝元で手を組むと、真剣な瞳で私を射抜く。


「マティアスは、優秀な次代だ。だから、これは国にとっても良い機会なのかもと僕は思っているんだが……。僕と君が出向けば、多少の被害は免れないにせよ、スタンピードはより早く終息する」


 こちらの都合などお構いなしに、災害は牙を剥く。未曽有の天災に対して、被害を全く出さずに対処するのなんて、土台無理な話だ。

 だけど、私は知ってしまった。


「ユユア嬢はどうしたい?」


 今度は、私へと水を向けてくる。聖女として最初に勧誘を受けた、まだ無知だったあの時のように強引な手段とは違い、あくまでも己の力を知る者に対する問いだ。

 私は一度、ゆっくりと深呼吸する。瞳を開くと、柔らかく眦を下げるルクス殿下の端正な顔が見えた。


「……私が持てる力が有効だというのなら、それを惜しまず使って被害を最小限に食い止めたいです」


 ただただ善良に日々を暮らしている人たちが、突然の災禍で命も土地も仕事も食べ物も一瞬にして奪われる絶望を、涙を、私は身をもって知っているから。


「ありがとう。我が国のために君の力を貸してほしい、聖女殿」

「承りました。ノルンディード王国民の一人として、私にできる最善を尽くします、王弟殿下」


 ルクス殿下が差し出した掌に、しっかりと手を重ねる。

 そうして、私たちは王都に転移するための準備を急いだ。




「そうそう」

「どうされました? 殿下」


 王都へ戻るべく、応接室の扉を開きいざ廊下へと出る直前。ルクス殿下がぴたりと立ち止まり、私を覗き込む。忘れ物でもあったのだろうかと、背後を振り返ろうとした私の頬に片手を添えたルクス殿下は、にやりと意地悪そうに口角を持ち上げた。


「君を口説くって宣言だけど」

「!?」

「スタンピードを無事収束させたら、じっくりとね? 夢じゃないから、覚悟しておいてくれ」


 背を丸めた殿下が、私の耳元で甘く囁いた言葉は、不意打ちもいいところ。

 この、タイミングで、言うか普通!?

 羞恥に言葉をなくしていると、殿下はそのまま私のこめかみに唇を押し当てた。


「僕も頑張るから、先にご褒美ちょうだいね?」

「言う前にしないでください!?」


 ぎゃぎゃあと喚く私を軽くいなして、ルクス殿下はしゅっぱーつと気の抜ける合図で扉を開いた。

 緊張をほぐすために揶揄っているのだとわかってはいるものの、まんまと翻弄されてしまう。あーもう、頬が熱い! 人の気も知らないで。やっぱり、ルクス殿下はズルい人だ。


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