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16.兄と妹と聖女と


 あれから2回夜を越えて。

 結局、私はどこにいるのかわからないまま、今度は木々に囲まれた別荘らしき建物の地下貯蔵庫に押し込められた。

 念のため武器があるかと漁ってみたものの、長期保存のきく食材くらいしか置いていなかった。あと何故か麺棒。殴るにしても、絵面が悪すぎるだろう、麺棒。


「いたた……。はあ、いつまでこんな移動が続くのかしら」


 さすがに不安と緊張の連続で滅入ってくる。相変わらず身体は幌馬車の揺れでガタガタのまま、そろそろ疲労もピークにきている。これでも一応商品なんだから、もう少し丁重に取り扱って欲しいと訴えたい。私は積みあがった木箱にぐったり身を預けた。馬車酔いしてないだけ、まだましかもしれない。

 この屋敷も拠点の一つなのだろうか。カモフラージュにしては随分と良い建物だが、森の中の立地はなかなかに辺鄙だと思う。

 馬車での移動、私が勘違いしていなければ早4日目。となると、国境を越えてはいないものの、だいぶ王都から離れたところまでやってきているはずだ。

 にわかに外が騒がしくなった。厚い木製の扉の外で、甲高い叫び声とどたどた階段を降りてくる足音が聞こえる。


「離せ!! 離せよ!!」

「きゃあ!」


 ばんと勢いよく扉が開いて、二人の子供が男の手で庫内に投げ入れられた。弾みのままに子供たちは石畳の上をごろごろと転がる。あまりにもぞんざいな仕打ちに、私は思わず口出ししてしまう。


「ちょ、ちょっと! 乱暴にしたら可哀想でしょ。もっと丁寧に扱いなさいよ!?」

「うるせえ! いいか、お前らそこで大人しくしてろ! 騒ぐんじゃねぇぞ!」


 男の怒声に、びくりと肩が震えた。今まで私と共にここまで来た顔ぶれじゃない。別動隊とでも合流したのだろうか。だとしたら、ただでさえ詰んでいるのに、更に逃走が難しくなる。私は打ちひしがれそうになるのを、必死で堪えた。何はなくとも、今は目の前の子供だ。


「ねえ、大丈夫?」

「……アンタは?」


 傍によって声をかけると、じろりと訝しげな視線で少年から睨まれる。彼の背後に守られるよう蹲っている少女は、大きな瞳に涙を貯めてスンスンと鼻を鳴らしていた。十歳に行くか行かないかくらいの二人は、顔立ちが少し似ている。兄妹なのかもしれない。

 ビクビクしている二人を少しでも安心させたくて、私は柔らかく微笑んだ。


「警戒しないでね。私も君たちと一緒で、見ての通りここに閉じ込められているの。王都から拉致られたのよ」

「王都から……」

「って、ちょっと待って。君、足擦ったでしょう。血が出ているじゃない」

「これくらい別に……」

「触ったら駄目よ。早く治さないと……」


 妹ちゃんを庇うようにして滑りこみ、一人衝撃を受け止めたせいか、膝からふくらはぎ辺りに擦り傷を負ってたいそう血まみれだ。おかげで、妹ちゃんはぐずぐず泣いているものの外傷は見受けられない。


「お兄ちゃん、ごめんね、ごめんね?」

「平気だって。アンタさあ、治すって言うけど治せるのか? あ、もしかしてここに何かあったりする? 貯蔵庫みたいだし……」

「残念ながら、ポーションみたいなのはないんだけどね。私にちょっと任せてみてくれるかな?」

「お姉ちゃん……お兄ちゃん、なおる?」

「泣かないでね、大丈夫だから。さあ、お兄ちゃんは膝を立ててもらえるかな」

「うん……」


 じくじく痛むだろうに、妹の手前お兄ちゃんは決して弱音を吐かない。強い子だ。

 ポケットから取り出したハンカチの角で、傷口に入り込んでいた小石を取り除く。とりあえず血を拭うのは後回しにして、私は掌を翳した。

 ポンコツな治癒魔法でもどうにかなる、はずだ! お願い! 王都で磨いた腕よ、うなれ!

 かつてないほどのテンションで、私は息を吸い、魔力を練り上げ、詠唱する。



「偉大なる女神ウィルキオラの恩寵のひとかけを彼の者に。《治癒(ヒール)》!」



 ほわん、と黄金の光が宿って、私はほっとした。光も効果も弱々しいけれども、どうにか治癒魔法は発動している。治癒師の面目躍如である。肝心なところで発動しなかったら、私もさすがに凹んでいたと思う。


「わあ! きれい!」

「魔法……?」


 妹ちゃんが目をぱちぱちさせた後、大口を開けてにっこりと笑った。こんなことで泣き止んで、喜んでもらえるのなら本望だ。お兄ちゃんはぽかんとしたまま、治癒魔法で徐々に塞がっていく傷口を物珍しそうに眺めている。

 一瞬で全快させられたら格好よかったのだろうけれども、進みは変わらずゆっくりと鈍い。でも、ほのかに煌めく光が兄妹の心を一瞬でも慰め、笑顔にできたのだから、喩え弱かろうがやっぱりこの魔法は私の誇りだ。


「君たちはどこから攫われてきたの? ここがどの辺りだかわかったりするかな?」

「俺と妹は、アグリアの町の孤児院にいたんだ……。兄妹一緒に養子にもらってくれるって人のお屋敷で出してもらったお茶を飲んだら眠くなって、気が付いたら馬車に転がされていた。どこを通ったのかよくわからなくて……」


 アグリアの町は、辺境伯領の西側に隣接するキルギス伯爵領にある。わざわざ辺境伯領傍にいた子供たちをここまで運んできたということは、やはり南に向かっているのだろうか。

 治療を受けている少年は、段々しょんぼりと項垂れた。妹の手前もあってか、泣くのを必死に我慢しているように見える。

 恐らく騙されたのだろう。養子自体の申し出が、そもそも嘘だった可能性は高い。一体何の目的で誘拐したのかまではわからないが、こんな幼気な子を弄ぼうだなんて絶対に許せない。

 犯人共に対する憤りが物凄く、魔法がブレそうになったものの、平常心と言い聞かせてどうにか治癒を終える。ハンカチで血を拭ってあげれば、傷跡一つない綺麗な肌が見えた。


「……ふう。よし、これでもう痛くないかな?」

「うん! わあ、すごいや……。あの、お姉さん、ありがとう!」

「お姉ちゃん、ありがとう!! お兄ちゃん、よかったねえ」

「君たちも心細かっただろうに、二人ともよく頑張ったね。えらいえらい」


 そっと彼らの頭を撫でてやる。二人は肩の力を抜いて、泣きそうになりながらも私に身を委ねてくれた。可愛い。

 周りを恐い大人たちに囲まれて、わけがわからないまま閉じ込められて、さぞかし恐かったことだろう。

 兄妹と私たちの間に、柔らかな空気が流れる。

 ――その時だ。




 ドン、と。

 大地が、揺れた。


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