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12/21

12.女子二人は本日有給休暇です


 どれだけふさぎ込んだとて、明けない夜はないし、清々しい朝は誰にも等しく訪れる。

 カーテンから零れる眩しい光は凶悪で、私の心と世界はすべてが裏腹。ちくちく走る頭痛を堪えて、鈍る一方の思考を無理矢理叩き起こす。


「自覚した途端に破れるだなんて、不毛すぎでは……?」


 爽やかな早朝の空気とは不釣り合いに、身を起こした私は深々とベッドで嘆息する。寝起きはすこぶる最悪だ。

 不意に食らった衝撃に散々心を揺さぶられたくせに、最初の感想がそれなのは、いくら自分のこととはいえ可愛げがなさすぎる。しかし、自覚の際に食らわされたものが、甘さではなくたまらない苦さだったのだから、気持ちが多少拗ねてしまうのは当然だろう。

 それにしたって、身分とか、容姿とか、能力とか、一切合切釣り合いがとれないような無謀な方に、憧れ以上の気持ちを寄せる情緒が自分にあったとは驚きだ。生まれてこの方17年間、割と普通に、普遍に、現実的に世を生きてきた中で、超ド級の非現実的現実を味わい振り回されているから、そのせいかもなあと私の冷静な部分が分析をする。

 それでも、私は、身勝手で、自由奔放で、でもどこか子供みたいなあの方の『お気に入り』でいられるのが、嬉しかったんだ。きっと。

 せめて夢にでも溺れられたら、余計なことを考えずとも済んだのかもしれないのに。まんじりともせずうだうだと寝返りを打ちながら過ごす中、思い浮かぶのは昨日の光景だ。



 ――聖女は二人もいらないでしょう?



 いつぞやのミレディ様の言葉が、脳裏に何度もよみがえる。

 ルクス殿下が欲しかったのは『聖女』という存在で、それは決して私じゃない。

 そして、私が無理だと断じた身分も容姿も能力も、彼女ならばすべて釣り合うのだ。何もかも太刀打ちできなくて、私は打ちのめされるほかなかった。


「遠いなあ……」


 天井に向けて手を伸ばす。当たり前だが、掴めるものがなく、掌は空を切るだけだった。

 ベッドで怠惰に任せてぐんにゃりしていると、こんこんと扉をノックされる。ぼーっとしたまま応じると、身支度を整えたエマ様が入室してきた。


「おはようございます、ユユア様。……まあ、どうされました? 体調でも悪いのですか?」

「あれ、エマ様、おはようございます。うわ、すみません、うっかりしていていました……」


 起床時間は、とっくに過ぎていたらしい。

 普段と様子が異なる私を心配してか、ベッドまで寄ってきたエマ様は額を合わせたり、目を覗き込んできたりとかいがいしい。お姉さんがいたらこんな感じなのかなあと、私はちょっとだけくすぐったい気持ちになった。

 確かエマ様は24歳だったか。私よりも身分が上のご令嬢なのに、エマ様は特段気にした風もなく、いつだって私にとても優しくて甘えてしまう。


「熱はないようですね……。疲れでもたまりましたか? いえ、よく考えたら気疲れもしますよねえ。本当に殿下は気が利かないんだから……」

「体調は大丈夫です。少し眠れなかっただけで……」

「隈ができていますね。昨日も様子がどこかおかしかったと、ジャック様も仰っていましたし……。今日はお休みにしましょうか」

「……え、いいんですか?」

「いいんですよ! 大体、割を喰っているのはあのボンク……第二王子たちのせいなんですし! 私もお休みをいただきますから、相談に乗りますよ? 何か心に不安を抱えているのなら、吐き出してしまった方が楽になりますからね」


 エマ様が優しく微笑みかけてくれる。背中をゆっくりと撫でてくれる手の温かさに、ほっとする。私は一人じゃない。ちゃんと向き合って、支えてくれる人がいる。ありがたいことだ。


「エマ様、あのね……」


 それに、伝えられないまま一人で殺してしまうくらいなら、せめて他の誰かに知ってもらって、想いがあったのだと証にしたかったのかもしれない。

 私は深呼吸をしてから、意を決してエマ様を見つめた。


「……私、ルクス殿下が好きだって、気づいてしまったんです」


 唇に載せるのは、いささか恥ずかしかったけれども。きちんと言葉にしてみれば、すとんと感情が落ちてきた。ああ、私はルクス殿下が好きなんだ。胸に暖かな花が咲き誇った気がした。

 ぱちりと瞬いた後、エマ様の瞳が大きく見開かれた。清廉な美人のきょとん顔など滅多に拝めないから、新鮮で可愛い。

 すぐに表情を改め、にっこりと満面の笑みを浮かべたエマ様は、とても愉しげに、ともすれば食い気味に、私の両手を握りしめてきた。


「まあまあ、それはおめでたい! 私、殿下に殺されてしまいますわね!」

「えっ!? 何でですか!?」


 物凄く物騒なことを呟かれてぎょっとした私に、こほんと咳ばらいをしてエマ様は誤魔化した。


「失礼、こちらの話です。……なのに、そんな風にユユア様が顔を曇らせていては、もったいないですわ。そうだ、せっかくですし、よければ私と気晴らしにでかけませんか?」

「……っ! したいです! 私、まだ王都を良く見て回れていなくて……」

「殿下ったら本当に……。では、ユユア嬢、私にエスコートする栄誉をいただけますか?」

「ふふ、エマ様だったら喜んでお受けいたします」


 冗談交じりに気取ったやり取りをしてみて、たまらなくなり二人して顔を見合わせ吹き出してしまった。エマ様のおかげで、ほんの少し気分が上向いた。

 よく考えたら、王都に来て以来、仕事だ祈りだ勉強だとさほど外にも出られていないし、気持ちが鬱屈とするのは当たり前だ。

 期待に胸を膨らませた私が、私が一も二もなく頷くと、エマ様はいそいそと外出の準備を始めた。





 化粧は品を出しつつも控えめに。着心地の良いシンプルな若草色のワンピースに、歩きやすいブーツを着用。髪は一つに編み込んでもらい、先端をリボンで結わえている。眼鏡と髪色の偽装はいつもの通りだが、くるりと鏡の前で一回転してみると、見事なまでに羽振りの良さげな商会のお嬢さんといった体だ。エマ様の手腕が、遺憾なく発揮されている。

 エマ様も仕上がりに満足したらしく、ぱちぱちと手を叩いた。


「ユユア様、可愛らしいですわ」

「ありがとうございます。エマ様もとってもとっても素敵です」


 エマ様も、侍女姿から上品なシャツとパンツスタイルに着替え、準備万端だ。まさかの男装である。綺麗な女性だと頭ではわかっていても、エマ様の毅然としたシャープさが男物にマッチし、中性的な魅力を引き出している。

 傍からだと、お嬢様と従者のコンビに見えなくもない。


「私と結婚してください!」

「ふふ、婚約者が妬いてしまいますので」

「ああん……。でもまたどうして男装を?」

「ユユア様の警護もありますからね。スカートだと、さすがに忍びないので……」


 偽装しているから大丈夫だと思うのに、エマ様は心配性だ。

 エマ様は、袖口だの裾裏だのポケットだのに仕込んだ隠しナイフを始めとした諸々装備を、涼しい顔で確認している。ちなみに、普段着用している侍女服は、戦闘用に特化された特別性らしい。

 服装は質素なものの、立ち居振る舞いから隠しきれない気品が漂っている。貴族のお忍びだとバレバレな気がするけれども、その辺は城下の平民たちも慣れっこだろう。


「結局、リボンはいつものですね。他にもお似合いの色はあるのに」

「お、お気に入りなので……」

「殿下が下さったものですからね」

「もう、エマ様!」


 にまにまと生温かい視線で見られると、恥ずかしさしかない。私はぷいとそっぽを向いた。今日のエマ様は、ちょっと意地悪だ。


「では、まいりましょう」


 差し出された掌に己の指先を添えて、私たちは馬車で城下へと向かうのだった。


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