決意
(でも、王宮に侵入できるの……? きっと今までで一番警備が厳しいはず)
指輪を取り戻さないと呪いは解けないままだが、王宮に無断で入って捕まれば、家族や婚約者にまで累を及ぼし、多大な迷惑をかける恐れがあった。
(どうすればいいの……?)
ルーシェの前に途方もない障壁が立ち塞がった。
でも、今は考え込んでいる場合ではなかった。陛下が話している最中だ。
「先代のハイゼン子爵からもらったのを最近ふと思い出したのだ。ちょうど子爵に年頃の娘がいると知り、サミエル卿に勧めたが、お似合いのようでなによりだ」
「陛下のお気遣い、大変感謝いたします。大変良いご縁に恵まれました」
無事に挨拶が終わり、ルーシェは初めてのパーティーを終えて王宮をあとにした。
ひとまず陛下の指輪は、あとで考えるしかなかった。
「なぜ王子殿下は、私が挨拶したときに驚いた顔をされたのでしょう」
帰りの馬車の中で、ルーシェは隣にいるウィリアムに先ほどの疑問を口にした。対面式の四人がけの室内なのに、なぜか彼が向かいの席に座らず隣に来て並んで座っている。
「あなたが殿下に媚を売らなかったからだよ」
「もしかして私は何か知らないうちに粗相をしたのでしょうか?」
ルーシェは知らなかった。婚約者や夫がいようと、権力者に取り入ろうとするのは、貴族の処世術として当然なことを。
場当たり的な社交辞令は当然だった。でも、王子に対して気を引くような誘い文句を口にしなかったので、意外に思われたのだ。
通常なら、「今度婚約者と一緒にお茶でもどうか」と台詞が来るのが定番となっている。
王子の目には、ルーシェが婚約者を一途に思っているように映る結果となり、逆に好意的に受け止められていた。
「いいえ、全く。陛下の口添えのあった婚約だったけど、相手があなたで本当に良かった。どうかこのまま変わらないでいて欲しい」
「ありがとうございます。私もウィリアム様とご縁ができて嬉しく存じます」
隣にいるウィリアムに微笑む。すると、彼は手を伸ばしてルーシェのものと重ねた。
彼の熱を帯びて潤んだ目に見つめられて、一瞬で体温が上がった気がする。
「今の暮らしで何か困っていることはないか? 些細なことでいいから教えてくれると嬉しい」
「いいえ、とても良くしていただけて、毎日が快適ですわ」
「そう? なら、何か足りないものはない? 何でも私に相談してほしい。あなたは大事な恩人だから、何を聞いても決して驚かないよ」
そう言われて脳裏を過ったのは、先ほど見た陛下の指輪のことだ。
陛下に欲しいと願えば、譲ってもらえるのだろうか。先代があげたものなのに返せだなんて、難しい話に思われた。しかも、断られたあとにルーシェが指輪を盗んだら、真っ先に犯人だと疑われてしまうだろう。
なにより、彼は犯罪者を許せる立場にいない。
彼を頼ることは無理だった。
「お気遣い、本当に感謝いたします。今は特に必要なものはございませんわ」
「……そう」
彼は納得したのか、手を離してくれた。でも、一瞬寂しそうな表情をされた気がした。今の自分の回答は本当に正しかったのか。そう不安になったとき、彼は自由になった手でルーシェの髪を一房優しく掴んだ。そのままゆっくりと持ち上げ、彼は自分の顔に寄せて口づける。
その情熱的な振る舞いを目の当たりにして、一気に顔が熱くなった。
「あの、ウィリアム様……?」
「今日は素敵だったよ。繰り返すけど、ドレスがとても似合っていた。付き合ってくれて感謝する」
「こ、婚約者の務めですから当然ですわ。それに私こそ感謝しております。全てウィリアム様に用意していただいたんですもの」
動揺して返事をするのも必死だった。
彼は機嫌良さそうに微笑み、こちらに熱い視線を送ってくる。まるで、彼に特別に想われているみたいに感じて、胸のドキドキが止まらなくなっていた。
(でも、私はお飾りの婚約者で、彼に疑われているだけなのに――)
そう思うと胸が痛み、視線に耐えられなくて彼から顔を背けた。
§
寝支度を終えたルーシェは、ベッドの上で転がりながら色々と悩んで考えていた。
陛下の指輪の件だ。
危険なのは百も承知だ。でも結局、腹を括ってやるしかないと決意していた。
現状では穏やかに過ごしているが、このまま呪いを放置すれば、みんな不幸になってしまう。
捕まっても不幸なら、結局どの選択をしても変わらない。
危険があっても、まだ明るい未来の可能性がある方法を選択したかった。
今までどの屋敷に侵入しても、心強い妖精たちの協力があれば、どんな困難も乗り越えられた。だから、王宮も大丈夫な気がしていた。
(ハイゼン家の先祖が王族だと聞いていたから、王家の紋章が刻まれた指輪を持っていたのは変ではないわ。たぶん、祖父はその経緯を知らずに指輪を屋敷で見つけて陛下に渡したのね。でも、あの指輪は陛下が中指にはめていたくらいだから、男性用の指輪だったはずよ。それなのに妖精はなぜあんなことを言ったのかしら?)
「ねぇ、みんな! 聞きたいことがあるから出てきてくれる?」
『なに〜?』
『よんだ?』
『やっほー』
三人は一斉に登場した。ふわふわとルーシェの目の前で空中に浮いている。
「陛下の指輪を見つけたときに、『姫様の気配がする』って言っていたわ。それってどういうことなのかしら? 姫様というのは誰なの?」
すると、三人は顔を見合わせて気まずそうな顔をする。
『いえないわ』
『じょおう様が悲しむもの』
『ごめんね〜』
そう答えると、三人は逃げるように再び姿を消した。
(詳しくは分からないけど、姫様は妖精の女王様に関係する人みたいね。女王様が悲しむなんて、何か辛いことがあったみたい……)




