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舞踏会

 それから数日が経ち、ウィリアムが招待されている舞踏会に出席する日になった。


 その前に母屋に住んでいる彼の両親と顔を合わせることになった。

 散々マナーをおさらいして身支度も上流階級の令嬢のように上品なドレスを着ている。

 腰が細くくびれたデザインで、スカートは長くふんわり裾が広がっている。

 一番目を引くのは、美しい光沢のある落ち着いた青色の生地。首元の下や袖の境目には手間のかかる刺繍や高級な白いレースの装飾がされている。さらに、小さな宝石までアクセントで散りばめられて、大変豪勢だ。

 サミエル家の豊かな財力を十分に感じる。


 ウィリアムにエスコートされて両親のいる部屋に伺い、挨拶だけをして短時間で終わった。


「婚約のことはウィリアムから聞いている」

「何かあったらウィリアムに相談なさい」


 淡々としたやり取りだった。

 ルーシェに向ける視線も無関心で、全然興味がないといった感じだった。


 歓迎されていなくても仕方がない。これは陛下による政略結婚だから。

 離れに戻る最中、そう考えて納得しようとしていた。


「両親のことは気にする必要はないよ。いつもああいう感じなんだ」

「……そうなのですか?」

「ああ。上の貴族ほど気安く笑みを向けない。下の人間におもねる必要はないからね」

「そうだったんですね。教えてくださり感謝いたします」


 ルーシェが気に病んでいたと気づいてくれて、優しく声を掛けてくれた。

 彼の気遣いに胸が温かくなる。





 それから午後になり、舞踏会の会場に向かった。綺麗に身だしなみを整えた貴族たちが、たくさん集まっている。


 宮殿の優雅さと、人の多さにルーシェは圧倒されるばかりだった。


 天井には貴重なクリスタルを贅沢に使ったシャンデリアがいくつも吊るされて煌びやかだ。壁には草花や神話の世界をモチーフにした彫刻で装飾され、天井には細部に渡って名画が描かれ、非常に贅を尽くしたものだ。


「舞踏会と聞いていましたが、陛下主催のものだったんですね」

「さすがに陛下からのお誘いは断れないからね。今は社交の時期でもあるから、毎年開催するんだ」

「そうだったんですね」


 エスコートされながらウィリアムと広間の奥へ進んでいく。

 陛下主催なら貴族社会では常識的なことだったのかもしれない。

 ルーシェが世間知らずなだけだったと気づいたが、それを彼は非難しなかった。それも嬉しく感じる。


「申し訳ないことに舞踏会に参加するのも初めてなんです。ご面倒をおかけしますが、色々と教えてくださるとうれしいです」

「もちろんだとも」


 安心させるように微笑む彼の表情は、目元の隈がなくなったせいか、ますます美男子に磨きがかかり素敵で、思わず見惚れてしまった。


 知り合いが多いのか、やたらウィリアムは声を掛けられていた。そのたびに連れのルーシェを婚約者だと紹介してくれる。


「こんな美人な令嬢と出会えるなんて羨ましい」

「素敵な令嬢といつお知り合いに?」

「ハイゼン卿のご令嬢か! たしかによく似ている」


 みんな社交辞令が上手なのか、気分良く褒めてくれる。

 その度に彼がうなずいて同意するので、すごく面映かった。


「あら、ルーシェ! 会えてうれしいわ!」

「エルシー! 元気だった?」


 母方の従姉エルシーが夫とともに参加していた。いつもルーシェに情報を教えてくれ、食べ物の差し入れをして助けてくれていた。


「サミエル卿との婚約おめでとう。亡くなったおば様もきっと喜んでいるわ」

「ありがとう」


 エルシーは母に可愛がってもらっていたらしく、母が亡くなったあとも気にかけてくれる恩人だ。


「陛下がいらっしゃったわ」


 会話をしていたら、主催者の登場となり、皆が広間の一点に注目する。


 陛下と王妃の二人だ。スロープ状の階段をゆっくりと降りてくる姿はとても気品があった。陛下たちの年はルーシェの父よりも少し上に見え、落ち着いて堂々とした様子には年月で培われた深い貫禄を感じた。


 家臣たちは一斉に膝を折り、陛下に礼をとる。ルーシェもみんなに倣った。

 陛下の許しを得て頭を上げる。それから挨拶があり、最後に「楽しんでくれ」という締めの言葉と合図とともに、脇に控えていた宮廷音楽家たちの演奏が始まった。


 まずファーストダンスとして、身分が高い王子たちが令嬢と踊っていた。終わったあと、参加者から拍手を贈られている。


「さぁ、次は私たちの番だ。ルーシェ嬢、一緒に踊っていただけますか?」


 ウィリアムがルーシェの前で膝を折って手を差し出し、まるで物語に登場する王子様のように素敵な誘い方を披露してくれた。彼の洗練された動きもあって思わず目を奪われる。


「ウィリアム様、喜んで」


 笑顔で彼の手を取ると、二人は軽やかな足取りで広間の中央に進んでいく。楽師たちの演奏に乗り、流れるような動作で華やかに踊る。


 最後に相手に礼をして、一曲目の踊りはあっという間に終わった。


「とても上手だったよ」

「ウィリアム様こそ、とても素敵でした」


 離れで何度も練習した甲斐があったと、晴々しい気持ちだった。


「挨拶だけしたら、今日は早く帰ろう。こういう場には、少しずつ慣れていったほうがいい」

「はい、お気遣い感謝します」


 来たばかりで少し早い気がしたが、詳しくないのでウィリアムの言葉に従うだけだ。

 すると、彼がバツの悪そうな顔をした。


「すまないね。みんながあなたに興味を持って見ているんだ。おかげで、私の心中が落ち着かない」

「まぁ、そんなことございませんわ」


 こんなに大勢の令嬢がいる中で、ルーシェが注目されるわけがない。

 だから、すぐに彼の気遣いに気づいた。こうして自分のせいにすることで、ルーシェの負い目を軽くしてくれたのだと。


 ところが、実際は彼の言葉どおりで、騎士団の副団長ではあるが実務の実権を事実上握るウィリアムが目を引くほど美しい見知らぬ女性を連れているので、興味津々な貴族たちから注目を集め、普段とは比べ物にならないくらい彼は話しかけられていた。


 ウィリアムが進んだ先には王子がいた。顔を合わせると、すぐに気さくに話が始まる。

 ルーシェは微笑みながら二人の会話を見守る。どうやら騎士団の上司が王子のようだ。年はウィリアムとそう変わらないように見えた。


「彼女が婚約者か」


 王子に視線を向けられる。


「殿下にお目にかかり嬉しく存じます。ハイゼン子爵の娘ルーシェと申します」

「ああ、彼のことをよろしく頼むよ」

「はい、ウィリアム様は私には勿体ないお方です。末長く彼のお側にありたいと存じます」


 ルーシェは謙遜しつつ彼を立てた返事をすると、王子に意外な顔をされた。


(あら? 私、なにか変なことをしたのかしら?)


 ところが、すぐに王子は嬉しそうに人好きのする笑みを浮かべる。


「仲良くされているようで、なによりだ」


 王子との挨拶はすぐに済んだ。


「ルーシェ嬢をご紹介してくださった陛下にもご挨拶できれば良かったが……」


 陛下の側まで来てみたが、同じように挨拶したい多くの貴族たちに囲まれていた。

 身分の低い者から話しかけられないので、遠巻きに見るだけだ。いつ声が掛かるのか、掛けてもらえるのかは不明だった。


「陛下にお声がけしていただけると嬉しいですわね」


 すると、近くにいた妖精が、ルーシェの呟きを拾ったのか、「任せて!」と張り切り出した。


『ルーシェが目立ちますように!』


 妖精がルーシェの頭上で手を叩きながらクルクルと飛んでいた。


 すると、周囲にいる人々の視線が一斉にルーシェに向けられた。

 その中に陛下もいて、彼はルーシェを見つめると、驚いた様子を見せる。その隣にいるウィリアムにも目を留め、一直線に近づいてきた。


「サミエル卿ではないか。隣にいるのは婚約者か」

「陛下にお目に掛かれて光栄でございます。陛下の仰るとおり、彼女が婚約者の、ハイゼン子爵の子女ルーシェ嬢です」

「そうか。無事に婚約できてなによりだ。この指輪だが」


 陛下は話しながら、急に自分の左手を相手に見えるように持ち上げる。中指にはめられた指輪には、王家の紋章である鷹が翼を広げた姿が小さく刻まれている。


 そのときだ。妖精たちが急に興奮気味に現れた。


『ルーシェたいへん!』

『指輪よ! あの男がしている指輪がそうよ!』

『ひめ様の気配がする! みつけた~!』


(姫様?)


 いきなり妖精から知らない名前が出てきて耳に留まる。

 でも、妖精たちが指差している方が気になり、そちらに注意が向く。

 なんと目の前にいる国王陛下だ。


(陛下が探していた指輪を持っていたなんて!)


 どうりで貴族たちの屋敷をいくら探しても全然見つからないはずである。


このあとは完結まで一時間ごとに更新予定です。

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