疑惑
「ウ、ウィリアム様」
「なんだい?」
「お、お顔が近いと思うんですが」
「あまりにも真っ赤だから、額を合わせて熱があるのか調べようと」
食い入るように見つめる彼の青い目に真っ赤に染まったルーシェが映っている。
「あのっ、熱はないですし、疲れは取れたので、下ろしてもらえますか!?」
ルーシェの慌てた声に彼は愉快そうに微笑む。
「じゃあ、休憩が終わったなら、一緒に食事にしようか」
膝から下ろされたと思ったら、流れるようにエスコートされて、食堂に向かっていく。その間、彼は漂ってくる匂いで昼食を推測してくるので、さっきの振る舞いの真意を尋ねる隙間もなかった。
気づいたら彼と食卓を囲んでいる。彼の話題に上がるのは、『新月の屋敷妖精』についてだった。
「彼女もあなたと同じ栗色の髪に緑色の瞳なんだよ。すごい偶然だね」
「まぁ、そうなんですね! でも、この色はよくある色ですから、珍しくはないですよ」
「そうだね。私も初めはそう思っていたんだ」
含みのある台詞を言われて、ルーシェは食事をしながら背中に冷や汗が流れ始める。
「彼女の周りでも、いつも不思議なことが起きるんだ。あなたがくれた飴みたいにね」
「そうなんですか。でも私は飴がなくなった件については本当に何も知らないんですよ」
「そう」
彼は意味深に微笑むだけで、それ以上は追求してこなかった。
(もしかして私、正体を怪しまれている?)
そう心配して、食事を味わうどころではなくなってきた。
飴を彼に手渡すことで、怪しまれるかもしれないとは思っていた。でも、事前に相談した妖精たちに言われたのだ。彼自身が飴を置かないと、妖精が彼から飴をもらったと絶対に思わないと。
彼を助けられたのは良かったが、まさか『新月の屋敷妖精』だと疑われるとは思ってなかった。
「私が彼女を追う理由は、仕事なのもあるけど、個人的にもっと話したいと願っていたからなんだ。彼女は通り名のとおり、妖精に関わっていると思うんだよ」
「妖精は、御伽噺の話なのでは?」
一般には妖精の存在は信じられていない。なにせ見えないからだ。ルーシェもある日いきなり妖精が見え始めて驚いたものだった。
「私は実際にいると信じている。実は私が夜に寝れなかったのは、妖精のせいだと思っていたんだ。だから、彼女の助力が欲しかったんだ」
「それでは、もう問題が解決したなら、会う必要は無くなりますね」
そう言いながら、もう彼に必死に追いかけられずに済むのかと思い、心の中で胸を撫で下ろしていた。
「いやでも、呪いの件はなくても、個人的に会いたいのは変わらないよ」
「そうですか……」
それはどういう意味なんだろうか。
でも、疑われている以上、屋敷妖精の話題は避けたかったので、深く質問はできなかった。
「今の季節は、庭の白い花が見事なんだ。一緒に散策はどうだろうか。うちの庭師の腕前を是非見ていってほしい」
「まぁ、それは楽しみですわ」
好意的な誘いは素直に嬉しかった。彼の疑いが薄まったみたいにも感じたからだ。追っている容疑者に好意を向ける人などいないだろう。
食事のあと、彼と広い庭を散歩して、お茶まで一緒に過ごした。
よく眠れているのか、彼の顔色はとても良く、溌剌としていた。
お互いに楽しく過ごせたと思ったが、ずっと彼から熱心に視線を向けられていた。
まだ疑いは晴れていないようだ。これ以上、ぼろを出さないように気を付けなくては。そう気を引き締めた。
彼と別れたあと、離れの個室で一人物思いに耽る。
(飴の件で彼に怪しまれたのは不味かったけど、彼の呪いは妖精が原因だったのは分かったわ。それじゃあ、ハイゼン家が呪われているのも妖精絡みなのかしら?)
そもそも指輪の話を妖精が教えてくれたことから、その線が一番濃厚に感じた。
先代の当主が指輪を失くしたせいで呪いが抑えられなくなったということは、祖父の代よりもっと前にハイゼン家が呪われていたと考えられる。
(一体、昔に何が起きたのかしら?)
「ねぇ、みんなに聞きたいんだけど」
『なぁに〜?』
三人の妖精たちが声に反応して登場してくれた。
「指輪が呪いを抑えるって、どうして知っていたの?」
妖精たちが顔を見合わせる。
『いってもいいのかしら?』
『だめとはいわれてないよね?』
『じょおう様からきいたんだよ。でも、他の妖精にはナイショなの』
「そうだったのね。大事なことを教えてくれてありがとう」
三人はとても言いにくそうで気まずそうだった。どうやらこれ以上尋ねたら悪いようだ。
この件は、他で手がかりを探す必要があるようだ。
そんな中、再び新月の夜が来たが、ルーシェはウィリアムに疑われたので、今回は様子見で動きを控えることにした。
彼はいつもどおり仕事で屋敷にいなかった。
特にルーシェに監視はついていなかったらしい。妖精がそれを教えてくれたので、来月こそは動こうと決意した。